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12.アナザーサイト 〜 ベアトリスの場合 〜

 


 私の名前はベアトリス。

 栄誉あるハインツ王家に侍女としてお仕えしてもう3年になる。


 ハインツ公国を治めるクルード王のお子様であるミア様のお世話が、私の主な仕事だ。

 だけど、私はこれを仕事だとは思ってない。

 むしろ天から与えられた使命だと思っている。

 心の底から敬愛できるミア様のお側に居れることはこの上ない幸せであり、私は命を賭してミア様のお役に立ちたいと思っている。


 あと一応、ミア様の弟であるカレン様のお世話も…若干ではあるが私の業務のうちに含まれていることも付け加えておく。




 ハインツ王家の侍女は、大変人気のある就職先だ。

 ハインツ公国には王族を除いて貴族はいないため、侍女であっても誰もがなることができるし、公平にチャンスは与えられる。

 しかも給料は高く、王家ともお近づきになれ、なにより王城近辺で働くエリートの男性たちと仲良くなれることから、若い女性の憧れの就職先となっていた。

 そのため、侍女となるための試験は大変厳しいものとなっており、高いレベルの学力と体力、さらには深い教養とマナーが求められた。


 普通の商家の娘ながら、幼い頃から無口だけど勉強は良く出来た私は、周りから『神童』ともてはやされて、かなり甘やかされて育った。

 その結果、勉強や運動は得意だけれど、無愛想でプライドが高い…生意気な小娘が出来上がった。

 そんな私が、お高く止まった自尊心を満たすために王城の侍女を目指したのも、ごく自然な流れだった。



 どうせなら王子様でも落として、この国の影の支配者にでもなってやろうかな。

 …世間知らずだったその頃の私は、そんな大それたことを考えていた。



 とはいえ、私が王城で侍女として働けるようになったのは、たゆまぬ努力の賜物だ。

 実際、侍女の試験は相当厳しいものだった。

 勉強に運動にマナーにと、本当にいろいろと死に物狂いで努力した。

 何度も心折れそうになったけど、プライドが異常に高い私は「この私が試験に落ちることなど、絶対に受け入れることはできない!」と、自分自身にはっぱをかけて乗り越えてきた。


 だから、侍女の試験に合格したときは、本当に嬉しかった。

 当時まだ15歳の子供だった私のちっぽけなプライドが、この結果にものすごく満たされるのを強く実感したものだ。






 こうして始まった私の侍女としての生活は、初めの頃は期待外れの連続だった。


 極めて高度な試験や過酷な面接を突破して得られた『侍女』としての仕事は、掃除や洗濯などのいわゆる雑用ばかりだった。

 しかも、落としてやろうと思っていた王子様は…当時の私には幼すぎて、恋愛の対象とは考えられなかった。

 初めてミア様を見たときは、「確かにすごい美少年だなぁ」とは思ったものの、「でも所詮13歳の…年下の男の子だよなぁ」としか思えなかったのだ。


 …実はこのとき、王子様だと思っていたミア様が実は女性だったというオチが付く。

 翌年にミア様の担当侍女となり実は女性だと知ったときには、死ぬほど驚いたものだ。

 いずれにせよ、その頃の世間知らずだった私は…ミア様の本当の魅力に気付くことはなかった。






 そんなわけで、色々と不満は持ちながらも、最初の一年間はおとなしく雑用をして過ごした。

 暇つぶしに合コンなどにも何度か参加した。

 正直私はかなりもてたものの、その中に私の要求を満たすような高いレベルの男性はまったく見当たらなかった。


「あぁ、やっぱり世の中はバカや低脳ばっかりなんだな」


 そんなことを思いながら、つまらない日々を過ごしていた。







 大きな変化があったのは、二年目のことだった。

 私が、ミア様とカレン様のお世話を仰せつかってすぐのことだ。




 その年、私の生まれ故郷であるファーレンハイトの街が『魔獣』に襲われるという『魔災害』が発生した。

 その大事件は、世間知らずだった私に強烈なインパクトを与えた。


 いくら頭が良くてエリートであったとしても、『魔災害』という人智を超えた出来事の前に、私には何もなすすべが無かった。

 『魔災害』という出来事に、私はただの小娘でしかないということを痛感させられたのだ。


 田舎だとバカにして飛び出した故郷が破壊され、凡夫だと軽く見下していた両親が一時的に行方不明になったと聞いた時、私は自分が思っていた以上に強い衝撃を受けていた。

 あんなにも軽んじていたものが、実は自分にとってのかけがえのない心の支えだったという事実に、このとき初めて気付いたのだ。


 それと同時に、『魔災害』という大事の前では、私なんかにできることは何ひとつないのだということを思い知らされ、私のちっぽけなプライドはズタズタに切り裂かれた。



 両親の無事が確認されたあともそれは変わらなかった。

 私はあらゆることに打ちのめされ、ショックで仕事も手に付かなくなり、しまいには陰でしくしくと泣くような日々を過ごしたのだった。






 そんな私を救ってくれたのが、ミア様だった。


 ミア様は、ただ泣くことしかできない私に優しく声をかけてくれた。

 どうしていいかわからなくて…途方にくれていた私の不安や愚痴を、黙って聞いてくれた。

 そのときの私にとって、それは本当に嬉しくて心強かった。


 さらにミア様は、落ち込んでいた私にこう言ってくれた。


「よーし、わかった!

 ベアトリスの故郷のために、あたしに出来ることをやるよ!」


 と。



 正直その言葉だけでも嬉しかったのに、ミア様は本当に…故郷のファーレンハイトのために全力を尽くしてくれた。


 私は『自分には何も出来ることはない』と思っていたのに、ミア様は自分に出来ることを考えて、そして本当に実行したのだ。


 それが、例の『写真集』だった。




 ミア様は、私を慰めるために…その高貴なお姿を売りに出された。

 …たかが私なんかのために、だ。



 私はそのとき、格の違いというものを思い知らされた。

 私にとってそれは人生の価値観を変えてしまうほどの出来事だった。

 生まれ持った資質が違いすぎると痛感させられた。


 それと同時に、このとき初めて私はミア様の…年齢や性別を超越した凄さを認識し、ミア様に尊敬と憧憬を抱くようになった。

 この方のためなら命を捧げても良いと、そう思った。

 私の氷のように冷たく冷め切っていた心は、ミア様という太陽の出現によって、ついに春の雪解けのように溶かされたのだ。





 ちなみに写真集は、もちろん買った。

 しかも三冊だ。

 一冊が観賞用で、一冊が展示用。そして最後の一冊は永久保存用。

 …当然、全部初回限定版だ。

 初回限定版には生写真が入っていたから、死ぬ気で入手した。

 写真はすべて、私の部屋に飾ってある。









 私にとってミア様は、姫でも王子でもない。

 なのに、多くの人はミア様のことを「王子様」として見るか…あるいは「女なのにガサツな」という感じて見ている。

 だけど、私はそれは間違いだと思う。


 ミア様はミア様だ。


 その辺りを分かっていない人が多過ぎると思う。


 ミア様に年齢や性別は関係ない。

 そんなものとは無関係な、高貴さと高尚さを兼ね備えていると思う。


 とは言いつつ、確かに私も時々「ミア様か男だったらなぁ…」と思うことがある。

 もし仮にミア様が男だったら、私は…あの方の望むすべてを喜んで捧げていたであろう。

 いや、正直男でも女でも関係ない。

 今でもミア様が望むのであれば…その気は満々だ。

 …極めて残念なことに、ミア様は決してそんなことを望まれはしなかったけれども。










 そんなミア様には弟がいる。

 ミア様と双子でお顔の造りは比較的似てるのに、持っている資質は似ても似つかない…あのカレン様だ。


 大変残念ながら女装が趣味のようで、本当にミア様と逆の性別で生まれてくれれば…と、何度も歯がゆい思いをしたものだ。

 それは他の方も同じ思いのようで、私たちのボスであるマダム=マドーラがため息交じりに「あぁ、あの二人が逆だったら本当に理想的な王子と姫だったざますのに…」と、呟いているのを一度聞いたことがある。





 カレン様は他人を近づけようとしない人なので、私がお世話をすることはほとんどない。

 もっとも、そのおかげで私はミア様のお世話に集中することが出来たのだが…

 それもまた、ある日を境に大きく変化することとなった。




 それが、『あの女』の登場だ。








 あの女…エリスという小娘は、畏れ多くもミア様の家庭教師としてやってきた。

 しかも、こともあろうかミア様の白馬に相乗りしてやってきたのだ!


 まだ私ですら相乗りさせてもらったことがないというのに!!

 もし私が後ろから抱きかかえられるように、ミア様の操る馬に乗せられたりしたら…

 あぁ、そんなこと想像しただけで鼻血が出そうになる。


 そんな羨ましいシチュエーションだったというのに、あの小娘はありがたみが全く分かっていないようだった。

 それだけで、私としては万死に値する。




 私はミア様を、同年代では並ぶべきものもいない…完璧な存在だと思っている。

 そんなミア様に対して『教える』とは何事か!と、最初聞いたとき私はひどく腹を立てた。

 それに、あの小娘はミア様の優しさに甘えているようにみえた。

 ミア様の名前を…いくら本人が良いと言ったからといって、呼び捨てにするなんて言語道断だっ!と強く思った。

 だから、正直あの小娘については、最初からその存在自体が気に食わなかった。


 だけど、よくよく聞いてみると…彼女が教えるのは『魔法学』だということだった。


 …まぁ、それであれば仕方ない。

 その話を聞いて、私は渋々納得することにした。

 万事において素晴らしいミア様も、魔法に関してはこれまで縁が無かった。

 だから、もしミア様が魔法を覚えたならば、今まで以上に至高の存在と成られるだろう。



 そんな訳で、私は仕方なくあの小娘を受け入れることにした。

 ミア様が受け入れている以上、私も受け入れざるを得なかった。



 だけど、ミア様の一番お側に居るのはこの私だ。

 それだけは、何があっても譲れない。





 そんなミア様は、本音を隠して色々と行動されることが多い。

 なので、周りの人から誤解を招きやすいと思う。

 だけど、その裏には底知れぬ優しさと心使いがある。


 他の人が気付いて無かったとしても、私だけはちゃんと…ミア様の本当の心を理解している。

 私こそがミア様の一番の理解者だ…という自負もある。



 だから…私の役割は、そんなミア様のサポートをすることだと考えている。

 陰ながらミア様を支えることで、あのお方が自由に力を発揮できる場をお作りしたいのだ。


 そのためであれば、私自身はどうなっても良い。






 ミア様こそ、私が仕えるに足る、素晴らしいお方なのだから。


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