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部屋の外ではヘルムートが待っていた。
「ずっといたのか」
「ええ、きっと話したいことがあるだろうなと思いまして。話は終わりましたか?」
「終わったよクソ野郎」
「では行きましょう。これから説明会と継承の儀式があります」
「ついてきてください」というヘルムートの背中を追って、寮の端にある部屋に案内された。応答室と上に書かれたその部屋には今まで入ったことがなかった。
室内は他の部屋とほぼ同じであったが、ベッドや勉強机がなく、部屋の中央に四角いテーブルと、テーブルを挟むようにして大きめのソファーが向かい合わせになって置かれていた。
「掛けてください」
言われるがままにソファーに座ると、ヘルムートが反対側のソファーに腰掛けた。
「いろいろと言いたいことはあるでしょうが、まずはおめでとうと言っておきましょう」
柔和に微笑むヘルムートとは相対するように、イルザは暗く沈んだ顔を崩さなかった。
「お前ら、グルだったのか?」
「私とエルネスタがですか? それはありません。私とエルネスタの考えが一致したのは偶然です」
「つまりお前も私を蘇生の魔法使いにするつもりはなかったってことか」
「それに関しては申し訳なく思っています。ですが魔法使いになる才能があることはわかっていました。貴女ならばきっといい魔法使いになるだろうな、と」
「ははっ」と無表情のまま乾いた笑い声が出た。
「さぞ面白かっただろうな。私が蘇生の魔法使いになりたがっているのを知ってたんだろ? 私がなにをしたいのか、なにを願っていたのかをわかってて、それでも私に飯を食わせて勉強させてたわけだ」
「面白くはありませんでしたよ」
「バカ言うなよ。死体がないと蘇生できないことをお前は知ってた。私がなんで魔法使いを目指したのかも知ってた。私が勉強して、剣術を覚えて、走り回って、礼儀を学んで、必死になにかをなそうとしてる姿をあざ笑ってたんだろうがよ」
「そう見えても仕方がないかもしれません。ですが私もエルネスタも貴女という存在を軽視したことなど一度もありません」
正直なところ腹は立つ。けれどそれを体外に放出するだけの気力がなかった。魔法使いの任命は拒否することが許されていない。逃げ出すことはできるかもしれないが、国が総出を上げて探し出し断罪する。アカデミーに入る際に口酸っぱく言われていることだからこそ諦めるしかなかった。
「ああそうか、もうどうでもいい。さっさと話を進めろ」
ヘルムートは強く頷いてから書類を取り出した。
彼の話は治癒の魔法使いについての簡単な説明と、これからどうするのかというものだった。
治癒の魔法は傷を癒やし病気を治すが体力までは回復できない。そして魔力の強さに大きく左右され、魔力が強ければ強いほど治癒の速度が早く、より深い傷を治療できる。病気も同じく、難病と呼ばれる病気を治すのには強い魔力が必要なのだと教えられた。
治癒の魔法は生物にしか作用しない。壊れてしまった物は元に戻せず、死んだ人間を治癒することもできない。そして最後に治癒の魔法使いは魔法で他人の身体強化ができる。心肺機能や腕力や脚力を二倍程度に上昇させる効果がある。いくら病気や怪我を治せても、体力や筋力がなければ治療後に生き残れないからだ。
それから秘匿事項の説明があった。秘匿事項はエルネスタが話していた内容そのものだった。
「このあとアカデミーの地下室で継承の儀式が行われます。このままの服装で構いませんし、特にやることもありません。魔法石で作られたといわれる魔法使いの石像の前で手を合わせて目をつむっていれば終わります。明日には王宮で食事会があり、その後で拠点となる場所へと散っていく、というのが全体の流れになります」
「王都に残るのか?」
「いいえ、王都から少し離れたところにある邸宅が割り当てられました。見取り図を見た限りでは、私が魔法使いだった頃に住んでいた屋敷より少し大きめだったかと思います。二代前の治癒の魔法使いが住んでいたお屋敷だとか。侍女が四人、執事が二人、騎士が十数人と共同生活になります。騎士たちは寄宿舎に住むので狭くはなりません」
「食事会は出なきゃダメか?」
「王家主催の食事会なので最低でも一時間は居てくだい。それが終われば好きにしていただいて構いません」
イルザは長く細いため息を吐いた。
「頼みがある」
「なんですか、あらたまって」
「もうこれ以上は無理だ。お前ともエルネスタとも関わり合いになりたくない。この関係も、終わりにしてほしい」
「気持ちはお察しします」
「そう思うなら最後にお願いくらいきいてくれ」
「最後、ですか」
「私は誰かのためにここまできたんじゃない。自分のためにやってきたんだ。それを壊したヤツらと仲良くするなんてできるわけない。正直キツいんだよ」
ヘルムートは額に手を当てて鼻で深く息を吐き出す。
「わかりました、尽力しましょう」
「ああ、頼むよ」
そう言いながら力なく笑った。
生きる気力はない。なにもしたくない。考えるのも億劫だ。しかし魔法使いになってしまった。面倒だとは思ったが、その点に関してはなぜか悪い気はしなかった。
ベルノルトのことは一生心残りになるだろう。蘇生の魔法使いになることはもうできない。人生最大の機会は元魔法使いと元友人によって阻まれた。とてつもない虚無感に苛まれながら、魔法使いになったという達成感も存在している。そんな不思議な感覚に包まれながら、イルザは薄く笑い続けていた。




