25
気がつくと絵本を持っていた。ベッドの中でベルノルトに絵本を読もうとするところだ。
「おねえちゃんはやく!」
「わかったわかった、すぐ読んでやるから」
そう言った後でゆっくりと表紙をめくった。
【青い毛並みは王様のあかし。大人になったら狼たちの王様になると言われていました。
青い毛並みのレンは、毎日おいしいものを食べ、毎日好きなように遊び、毎日お昼まで眠ります。
でも、妹のランは赤いしっぽをしています。全身の毛は白いのにしっぽは赤いのです。赤いしっぽは悪魔のしるし、レンは毎日他の狼にいじめられていました。
「ねえラン、いっしょにあそぼうよ」
ある日、レンが果物を差し出して言いました。
「それはできないよ」
ランは悲しそうに言います。
「あそぼうよ。だってランはボクのいもうとじゃないか」
「それでもできないよ。だってレンはけなみがあおいから」
「でもボクはランのおにいちゃんだよ」
「それでもできないよ。だってわたしはしっぽがあかいから」
ランは走ってどこかに行ってしまいました。
レンはどうしてランがあそんでくれないのかわかりません。
レンはおかあさんにききました。
「おかあさん、どうしてランはボクとあそんでくれないの?」
おかあさんはレンの前足を撫でながら言いました。
「ランはレンとは違うからよ」
「でもランはボクのいもうとだよ?」
「それでもダメなのよ。アナタは選ばれた狼だから」
おかあさんはいつもそう言います。
今度はおとうさんにきいてみました。
「おとうさん、どうしてランはボクとあそんでくれないの?」
おとうさんは頭をなでながら言いました。
「ランは私たちとは違うからだよ」
「でもランはボクのいもうとだよ?」
「それでもダメなんだよ。ランは悪魔の子供だから」
おとうさんは悲しそうに言いました。
それでもレンはランが好きでした。小さくてかわいい、自慢の妹だからです。いつも下を向いて悲しい顔をするランのことを見ていたくなかったのです。
大人も子供も、みんなランのことが嫌いです。でもランはなにもしていません。どうしてみんながランのことをいじめるのか気になって仕方がないのです。
「そうだ、おうさまにおねがいしよう」
レンは一人で森の中へと入っていきます。森の奥のずっと奥にいる王様にランを守ってもらおうと思ったのです。
レンが森の中を歩いていると「ザワザワ、ザワザワ」と木が騒ぎ始めます。
「おやおやそこの坊っちゃん、一人でどこに行くんだい?」
木のおじいさんが話しかけてきました。
「これからおうさまのところにいくんだ」
「でも狼の王様はとても怖いんだよ? 坊っちゃん一人で大丈夫かい?」
「だいじょうぶ、ボクひとりでもちゃんといかれるよ」
「そうかい、じゃあ気をつけていくんだよ。もしも困ったら大きな声で助けを呼ぶんだよ。きっと誰かが助けてくれるからね」
「うん、そうするよ」
木のおじいさんと別れてから、森の奥へと入っていきます
空が少しだけオレンジ色になってきました。
森を歩いているとウサギのおねえさんが飛び出してきました。
「ねえ、青い毛並みの坊っちゃん。これからどこに行くんだい?」
「これからおうさまのところにいくんだ」
「でも狼の王様はとても怒りっぽいんだよ? 坊っちゃん一人で大丈夫かい?」
「だいじょうぶ、こまったらおおきなこえでたすけをよぶんだ」
「そうかい、じゃあ気をつけていくんだよ。もしも困ったら全速力で木を避けながら走るんだよ。キミは小さいから、きっと大人は追いつけないよ」
「うん、そうするよ」
そうして日が落ちたころ、レンはようやく王様のところにつきました。王様は大きな岩の上で寝転がりたくさんの木の実を食べていました。
「お前はたしかレンだったな。次の王になる狼だ」
「そうです、レンです。おうさまにおねがいがあってきたんです」
「そのためにここまで一人で来たのか。それはすごいな。それでお願いとはなんだ」
王様は笑いながら言いました。レンは思いました。王様は森のみんなが言うような怖い狼ではないんじゃないか、と。
「ランをたすけてほしいんです。ランはしっぽがあかいんだけど、ボクのだいじないもうとなんです。だからおねがいします、ランをたすけてください」
レンがそう言うと、王様は急に立ち上がってレンを睨みつけました。
「ランとは悪魔の子だな」
「そうです。ボクのいもうとです」
「悪いがランは助けられない。なぜなら悪魔の子だからだ。それが狼の宿命だからだ。宿命は受け入れなければいけない」
「でもボクはランをたすけたいんです」
「ダメだ。ランは助けられない」
「どうしてですか?」
「そうでなくてはならないからだ」
「ボクにはなんでそうでならなくてはいけないかがわかりません」
「黙れ! お前はそのうち王様になるんだ! わからないならわかるようにするまでだ!」
王様が言うと、物陰から何匹もの狼が出てきました。レンよりもずっと大きな大人の狼です。
「行け! そいつを捕まえろ!」
レンはすぐに逃げ出しました。捕まったらなにをされるかわかりません。
夜の森の中を全速力で走っていきます。右に左にと木を避けながら走っていきます。
「たすけて! たすけてよ!」
レンは大声を出しながら走り続けました。
後ろからはたくさんの狼が走ってきています。
「たすけて! たすけてよ!」
大声を出して助けを呼ぶけれど誰も助けてはくれません。森の中では動物たちがこそこそと見ているだけです。
そのとき、目の前に大人の狼が現れました。一匹、二匹、三匹。
レンが走るのをやめると、後ろからきた大人の狼においつかれてしまいました。その中には王様もいました。
「今すぐにランのところにいくぞ」
レンは大人の狼に捕まって、そのままランのところに行くことになりました。
森を抜けて家に帰ると、ランが外で前足の傷をなめているところでした。
「ラン」
レンがそう言うとランが顔をあげます。
「どうしたのレン。その狼たちは?」
「お前がランだな」
王様が前に出て言いました。
「はい、わたしがランです」
「そうかそれではレン、ランの前足を強く噛め」
大人の狼たちがレンをランの前に押し出します。
「そんなことできません。ボクのいもうとなんです」
「関係ない。早く噛むんだ。次の王様になるためには悪魔の子を許してはいけない」
レンは悲しそうな目でランを見ました。
「レン」
ランはレンに向かって傷だらけの前足を差し出します。
「レンはおうさまになるんでしょ? わたしのことはきにしないで」
ランはそう言って笑いました。
「早く噛め!」
大人の狼たちが遠吠えを上げます。そして、王様はより一層大きな声で遠吠えを上げました。
ランの前足に口を近づけ、涙を流しました。
「さあ、はやく」
レンは泣きながらランの前足を噛みました。
「強く噛むんだ!」
下のアゴに力を入れるとランが声を出さないように泣き始めます。それでもレンの鼻の上に反対側の前足を置いて、レンが噛み続けるようにしていました。
腕に血が滲んだころ、レンが噛むのをやめました。
「いいだろう。帰るぞ」
王様は「ふんっ」と鼻を鳴らして、大人の狼と一緒に森の中に帰っていきました。
「ごめんねラン」
レンは泣きながらランの前足をなめ始めます。
「だいじょうぶだよ。わたしはだいじょうぶだから」
「でもこのままだとランがしんじゃうよ」
ここでレンは思いつきました。
「そうだ。ここからにげよう」
「レンはおうさまになるんでしょう? にげちゃだめだよ」
「だいじょうぶだよ。おとなになったらちゃんともどってくるから」
「にげたらおうさまになれなかもしれないよ?」
「だれよりもつよかったらおうさまになれるよ。だからいこうよ」
「おとうさんとおかあさんはどうするの?」
「きっとわかってくれるよ。おとうさんとおかあさんはふたりでいきていかれるけど、ランはひとりじゃいきていかれないから」
「ほんとうにいいの?」
「ボクをしんじて」
レンは笑顔で言いました。その笑顔を見ていると、思わずランも笑顔になってしまいます。
「おねがい、おにいちゃん。わたしをたすけて」
「うん、いっしょにいこう」
レンはランと一緒に森の中を歩いて行きます。痛そうにして歩いているランの速度に合わせて、レンはゆっくりと歩きました。
こうしてレンとランは森を出ていきました。レンはランのために、ランはレンのために。
そうしてレンの体が大きくなったころ、二人は森に戻ってきました。
レンは約束通り、年老いた王様や大人の狼を倒して王様になりました。
傷だらけになって、レンがランに言いました。
「もう大丈夫。ランはもう自由なんだ」と。
ランは笑いながら言います。
「ずっと信じてたよ。レン、ありがとう」と。
レンは王様になると赤い尻尾の狼をイジメないように他の狼に言いました。
こうして狼の中でイジメがなくなって、家族一緒に笑顔で暮らせるようになりました。
おしまい】
絵本を布団の脇に置くと、ベルノルトが不思議そうな顔をして天井を見上げていた。
「どうかしたか?」
「なんでレンのことは誰も助けてくれなかったの?」
「たぶんだけど追いかけてたのが王様だから誰も助けられなかったんじゃないかな」
「あとウサギが言う通りに走っても追いつかれちゃったよ?」
「大人の狼が飛び出してきちゃったから仕方ないんだよ」
「王様、ひどいね」
悲しそうに鼻のあたりまで布団を被ったベルノルト。イルザはそんな彼の頭を撫でた。
「でもレンはランをちゃんと守ったぞ」
「そうだね。だからボク、王様は嫌いだけどこの絵本は好きだよ」
「前から好きだって言ってたよな」
「だってレンもランも大事なものを守ったんだもん。ボクがランでも同じことをしたよ」
「ホントに?」
「ホントだよ。ボクがおにいちゃんでも同じことしたと思う」
「ベルが私のお兄ちゃんになるって? ちゃんとお兄ちゃんできるかなー?」
「できるよ。ボクもおねえちゃんみたいに、おねえちゃんを守るんだ」
布団から顔を出して満面の笑みを浮かべた。少しだけ頬が紅潮しているのは、布団に潜っていたからなのか、照れているからなのかはわからなかった。
それでも、嬉しかった。
「じゃあそのときは守ってくれよ」
「あとねあとね、大きくなって、いっぱいお金をかせいで、おねえちゃんがほしいものいっぱい買ってあげるんだ」
胸が熱くなってくる。思わず額にキスし、その次に右頬にキスをした。強く唇を押し付けると「くすぐったいよ」とベルノルトはケラケラと笑っていた。
「そりゃ楽しみだ。ちゃんと大きくなれよ」
「おねえちゃんより大きくなるよ!」
「大きくなるためにたくさん寝ないとな。それじゃあおやすみ、明日も元気でありますように」
「うん、おねえちゃんもね」
もう一度額にキスをした。それからロウソクの火を消して体を横たえた。
「おやすみ、おねえちゃん」
「おやすみ、ベル」
そうして夢の中で、夢へと落ちていく。




