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 空には蒼いカーテンがかかっていた。星の柄の、深い色をした蒼いカーテンだった。


 夜空を見上げ、手を尻の後ろで組んで川沿いを歩いた。川の上を吹き抜ける涼やかな風と水の音を聞いていると胸がすく思いだった。


 しかし寮が近づけば近づくほどに気持ちが沈み込んでいくのがわかる。アカデミーでの授業が原因ではない。エルネスタと顔を合わせることに関して、時間が経つにつれて苦しくなってきているのだ。


 ため息を吐くと、ほんの僅かだが肩にかかっている重りが減っているような気がした。


 どうにかしてこの状況から脱しなければいけない。最低でも一年ちょっと、もしかしたらそれ以上の時間をあの寮でエルネスタと過ごすことになる。ぎこちない空気のままではお互いにとってよくないことは火を見るより明らかだった。精神的にもよくなく、そのせいで体調を崩す可能性もある。そうなると勉強をする時間も減少し、魔法使いになるという野望が遠のいてしまう。


「どうしたもんかな……」


 体は強い方だという自覚はある。精神面もそれなりに強いはずだ。ベルノルトとともに歩んできた道は生半可な覚悟では前に進めなかったからだ。だが今は他人とともに生活している。その環境の中でちゃんと生きていかれるかどうかはまだわからない。


 考えながら歩いていると、今日歩いてきた道から外れていることに気がついた。辺りは暗く、家屋の質が落ちてきているのがわかった。壁に使われている木材は黒ずんでいて、穴が空いている家も少なくはない。


 ここが普通の場所でないことくらいは嫌でも気がつく。


 イルザはため息を吐きながら踵を返した。


「行かせるわけにはいかねーな」


 そこに誰かが立ちふさがった。三人組で、言葉遣いからも横柄さがにじみ出ていた。


「なんでお前らが……」


 食堂でイルザに絡んできた三人だった。中央の男は酒瓶を持ち、顔色はわからないが目は座っている。暗闇の中で、六つの目がギラリと光っていた。


「お前が一人になるのをずっと待ってたんだよ」

「待ってたって、私についてきたのか?」

「アカデミーの中にも外にも知り合いはいるんだ。そいつらにお前らの監視をさせてたんだよ。ずっとだ」

「なんで私なんか」

「決まってるだろ。お前のせいでアカデミーを追い出されたんだ。憂さ晴らしくらいさせてもらわねえとな」

「私のせい? お前らが悪いんだろ」

「黙れ。お前みたいなのは俺たちに従ってりゃいいんだよ」


 男たちの顔がいやらしく歪んだ。そうして、一斉に掴みかかってくるようにして迫ってきた。


 エックハルト家でもアカデミーでも体術の訓練は受けた。実戦形式の授業も何度かあった。運動をし、鍛錬をして筋力もついた。なのに、咄嗟には体が反応してくれなかった。やったことと言えば、後退しようとして躓いて転ぶ。ただそれだけのことだった。


 男たちが迫ってくるのを傍観しながら尻もちをつく。恐怖を恐怖と感じる暇もなく男の手が伸びてきた。


「捕まえた」


 男が一層笑ってみせた。


 しかし次の瞬間、男はイルザの視界から消えていた。正確には横に吹き飛んだのだ。リーダー格の男だけではない、他の二人も地面にうつ伏せになっていた。


「間に合ったな」


 男たちが今までいた場所に別の大柄な男が立っていた。


「ど、ドミニク……?」

「覚えてたのか」


 ヘルムートの護衛を努めていた護衛騎士、ドミニク=ベッケラートだった。今まで見たことがないような庶民的な格好をしていたので本当に彼なのかどうか、言葉を交わすまでわからなかった。


「忘れるわけないだろ。服のせいでちょっとわかりづらいけど」

「非番なのに制服なんて着てられるか」


 差し出された手を取って立ち上がる。こうして見ると本当に身長が高く、けれど怖いと感じることはなかった。


「あり、がとう?」

「礼はヘルムートとルームメイトにもするんだな」

「なんでその二人が出てくるんだ?」

「お前の身が危険かもしれないとヘルムートに進言したのがお前の友人。で、俺にそのことを相談して来たのがヘルムートだ。それからアイツは俺や俺の友人たちに金を払ってお前を護衛させてたんだよ」

「なんでそこまで……」

「お前にそれだけの価値があるって思ってるんだろ。まあ気にするな。金を受けとったと言ってもはした金だからな。仕事の合間や、今日みたいに非番のときに交代で見張りをしてただけだしな」

「なにも知らなかったのは私だけだったってことか」


 顔を伏せて笑った。乾いた笑い声は弱々しく、空気に溶けて消えていった。


「知らせないようにしてたんだから知らなくて当たり前だろ。なにもなければいい、なにかあったら行動する、それだけの話だからな。ただ、お前の友人は本気でお前を心配してたから、縁あるヘルムートに相談したんだと思うぞ」


 そのうちに何人かの制服警官がやってきた。制服警官はドミニクに敬礼をし、のびている男たちをズルズルと引きずっていった。


「安心しな。何年もとはいかないがしばらくは檻の中でおとなしくしてるはずだ」

「そうか、そりゃよかった」


 惨めでならなかった。勉強をして、体力をつけて、体術や剣術を習った。けれどそれらは何一つとして約に立たず、結局誰かに寄り掛かることでしか身を守れない。そんな自分を嫌悪して、けれどその感情を解消する方法が見つからないが故に奥歯を噛むことしかできなかった。


「これでわかったろ。勉強も大事だが体術に剣術、弓術に槍術にと身を守る手段は覚えた方がいいって」

「ああ、よくわかった」

「それならいい、精進しろよ。あとお前がどう思うかは別として、友人とヘルムートは恨むなよ。その考えはよくない」


 ドミニクはため息をついて、その後でどこかに行ってしまった。頭をボリボリと掻いているところからも、助言をしたり説教をするガラではないと自分でもわかっているのだろう。


「そうだよな」


 空を見上げると満天の星空が広がっていた。ため息を吐き、その後で頬を思い切り叩いた。それからゆっくりと帰路についた。歩きながらエルネスタと仲直りする方法を考えた。仲違いをしたわけではないが、かけちがえたボタンのような行き違いの関係を続けるのは嫌だった。エルネスタが身を案じてくれたように、自分もエルネスタのためにできることをしよう。その際に一番最初に思いついたのが仲直りだった。


 寮に戻って風呂に入り、勉強をし、時間になったら床に就く。薄れゆく意識の中でエルネスタの笑顔を思い出していた。彼女の笑顔が戻ればいい。そう思いながら、イルザは久しぶりに心地よい眠りの中へと落ちていった。

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