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第四十六話

『ぐ、あぁ……』

「そぅ、れっ!」


 一発目の捻りを活かし、もう一発拳を叩き込む。さらにそこから回し蹴で吹き飛ばす。

 流石は元次世代型高性能魔動機士(マギウス)。無茶苦茶な格闘にも難なくついてくる。まあ、俺の改良が素晴らしいというのも要因の一つなんだけどさ。


 追撃はせずに一旦距離を取る。

 すると、相手は当然躍起になって体勢を整え、反撃しようとするワケでして――


「――焦りすぎて、見え見えですよ」


 反撃を利用し、逃れられない一撃を深く突き立てる。


『がは――っ!』


 よろめき、倒れそうになるホワイトさん。

 しかし、ここで休まれては元も子もないので追撃。

 頭部を狙う――と見せかけて胴体に膝蹴りを一発。動揺して隙だらけになったところで今度こそ頭部に一発。そのまま首を締め上げる。


『ぎ、ぐ、ぐぐ……ぁ』

「まったく……見苦しい」


 静かに溜め息を吐く。

 そう、彼女は――正確にはこの現象は、ひどく見苦しい。

 けれど、今の俺はこの見苦しさを完全には否定できないのだろう。どれだけ躊躇なく彼女を消し飛ばそうと、大切なものを蔑ろにする事はできないのだろう。

 ……きっと彼女にも、それは確かにあっただろうに。


「――さようなら、ホワイトさん。願うなら次はもっと幸福に出会いましょう」


 全権行使。

 放たれた蒼炎は、彼女の身体を灰の一欠片も残さずに焼き尽くした。

 同時に学園に展開されていた魔法陣も砕け散り、魔法の効果も消える。

 睡眠魔法は解除されたが、眠っているという事実は消滅しないので、もう暫くは皆眠ったままだろう。


「……終わったのか?」

「ええ、これであの時代からの厄介ごとは全部終わりでしょう。生き残りの面子はもう放って置いて問題ありませんし」

「そうか……。まあ、なんにせよ、うちの生徒に被害が無くてよかったよ」


 やれやれと首を振るレイン君を尻目に、シエルさんに声をかける。


『たわけ。まだ最後の一仕事が残っているだろうが』

「ああ、そうですね。早速フェリンを眠姦しなければ……」

『ふざけるな、この色ボケエロ触手。まだ全権の移行を確認していない』


 いらいらした調子のレッドさんの言葉に、レイン君が首を傾げる。


「……全権の移行?」

「ええ、シエルさんは自身の前世から大きな干渉を受けました。それは彼女の魔力も同じこと。そもそも、転生とは魔力の移行でもあります。まったく同じ魔力形質が受け継がれることにより魂という計測不能概念に相似点が誕生し、情報がアカシックレコードから流入するんですから。まあ、今回の場合は残留魔力が情報によって擬似的な人格を持って、シエルさんに自身の前世を意識させるきっかけになりました。人間でいうところの、プラシーボ効果に近いですね。ご存知のとおり、魔力などに関連する事柄において、認識――特に自覚は重要なものですから」

「大分意味不明だったが……つまりあれか? 魔法に関してはシエルはホワイトドラゴンと同じ物を使用できると?」

「大雑把に言えば、ですけどね。言うまでもありませんが、本来は無理ですよ? いくら魔力自体がそっくりそのまま同じだと言っても、それを魔術によって引き出し魔法に昇華させるのは本人なのですから、前世を自覚し前世の能力をある程度理解しなければ、とても再現なんてできたものじゃありませんから」

「ま、そりゃそうか。幾ら便利な道具持ってても、それの使い方をよくよく理解していないなら使えないもんな」

「そーいうことです」


 と、いうワケで、


「早速実戦といきましょう、シエルさん」

「へ?」

「折角の力なんですから、それを有効活用できるようにしっかり使いなさい」

「いや、待っ「待ちませんよ。あ、あと次の一撃を防げなかったら、蘇生も治療もしませんし、生き残っても絶対にアンリからは離れてもらいますから」そんな横暴なあっ!?」

「世界とは、基本的に横暴なものですよ。たとえばニートでいたい触手を勇者にしたり、ニートでいたい触手を竜王にしたり、まあとにかくロクでもない」

「それってひょっとしなくても先生の体験談ですよねぇ!?」

「まあ実際にこういう事例だってあるのですから、観念して構えなさい。……この程度で死ぬのなら、俺の娘の隣に立つ資格なんてありませんよ」


 ずるりと、収納用の亜空間からベリアルハンマーを抜き出す。


「さぁ――行きますよ?」


 ……


「さぁ――行きますよ?」


 にこにこ笑顔で先生は黒くて硬くて大きいヤツを構えている。

 今までの経験から察するに、アレ自体には特に特殊な効果はない。ただ単純に、重く頑丈な鈍器なのだ。

 問題はその使い手――先生である。

 通常、あの手の武器は前衛の中でも、身軽な仲間が作った相手の隙をつく時に高い効果を発揮する。一人で運用するのなら、それこそ奇襲か、罠でも使って動きを止めるくらいしか方法がない。

 それをあの人は軽々と片手で、教鞭でも振るうようにぶん回すのだから厄介この上ない。

 フットワークは普段の先生となんら変わらないように見えるし、実際避けることはまず不可能だった。威力についても、食らった体のパーツがミンチになって吹き飛ぶ時点でお察しだ。

 今のボクでは、物理的な手段であの一撃を防御、もしくは回避することは不可能。つまりは魔法的な手段に頼らざるをえない。


 一方のボクといえば、装備はありきたりな小型の盾に片手剣。魔法は平凡で戦闘技能も大した成績ではないという始末だ。正直な話し、先生に相手してもらうのには、役不足もいいところだろう。

 だが――


(だからと言って、お嬢様の隣に立つことを諦めたくないよ)


 先生は防げと言っていた。つまりは避けるのではなく、受け止めるのが前提。これで命を落とすことも論外。まったく無茶な話だけれど、やるしかない。


(きっと、さっき先生の話していた全権。なんなのかよく分からないけれど、あれが何かのキーワードなんだ)


 全権。話の内容から察するに、おそらくは魔法関連。

 ボクの実力的に魔法で先生の攻撃を防ぐしかないわけだから、この全権を使いこなせというのもさっきの言葉に含まれているのだろう。


(――全権の、移行。先生達は確かにそう言っていた)


 きっと、ボクの前世であるホワイトドラゴンから、全権とやらは移行されるのだろう。

 なら、それはホワイトドラゴンの持つ能力の一端に違いないハズ――


(思い出して。彼女の能力を、彼女の戦いを!)


 繋げるんじゃない。

 見つけ出すだけ。

 彼女の歩んだ足跡を。彼女がボクになる前の軌跡を――


(――手繰るっ!)


 先生の立っていた地面が爆発――否、蹴り飛ばされた。ボクなんかには到底真似できない豪速の踏み込みを前に、ボクは必死に脳を回転させる。

 何が出来た。

 今の僕じゃない。

 過去のわたしに、生前のわたしに、いったい何が出来た。


 停止、固定。

 違う。

 似ているけれど、もっと別のもの。

 なんだ、なんだ、なんだ。これはそんなに難しいものじゃない、とても単純なモノ。

 そうだ! これはきっと――


「さようなら、シエルさん」


 ボクの頭上に、回避不能、防御不能の鉄塊が振り下ろされる。

 今までのボクなら、きっとこれを防げない。成す術もなく殺されるだけ。


 でも、先生。ボクはもう、今までのボクじゃない。

 だから、信じて――叫ぶ!


凍結ゼロッ!」


 ……


凍結ゼロッ!」


 その叫びと同時に、彼女の掲げた盾は白く凍てつき、俺の一撃を受け止めた。

 否――受け止めたのではない。


「……っ!」


 ベリアルハンマーは、純白の薄氷に包まれていた。

 まるで花の蕾が開くように、繊細な結晶に重量級の凶器が包みこまれている。

 受け止められたのではない。

 俺の攻撃は、この氷華の中で凍りつき、その威力を失ってしまったのだ。


「――凍結の全権ですか」

「はい。これが、ボクの受け継いだ彼女の魔法です」


 凍結の全権。

 エネルギーを奪い取ることにより、全ての存在を固体に変化させる魔法。

 彼女を打ち砕かんと振り下ろされた勢いは全て奪いとめられ、周囲の大気と何の区別もされぬままに凍りついてしまったのだ。


「……できましたか」

「はいっ!」


 きらきらとした自身に満ちる瞳が、まっすぐに俺を見ている。


「これでボクも、お嬢様のために戦えます!」

「いえ、まだ無理ですよ」

「え――」


 何故かと言いたげな表情でシエルさんはこちらを見て――そのまま倒れた。


「わ、わわっ!」

「全権は基本的に魔法の大原則に従いますから、とんでもないことをすればとんでもない魔力を食ってしまいます。全権を十全に振るうなら、使い方を考えなければなりませんよ。それに、あなたは全権使いとしてはまだまだ魔力が足りません。一層の精進が大事ですよ」

「はぁい……」

「まあ、そこら辺はおいおい学んでいけばいいでしょう。あなたはまだ学生ですからね」


 とにもかくにも、


『一件落着、か』

「ですね」

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