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第三十八話

 ライルメア学園は世界の融合以前より存在する由緒正しき学び舎である。


 高い志を持つ生徒たちが集まり、その能力を磨くために最高の教員が集められる。生徒たちが切磋琢磨し、教員が的確な指導で目標を達成するための力を身につけさせる。正に理想の学習の場なのである。


 そういう触れ込みなものだから、当然通う生徒、教員の意識も高い。つまり何が言いたいのかというと、


「アレン先生。あなたは何のために教員になったのですか? 大抵授業はフェリン先生に投げっぱなし。その間は実りのない調査と意味の分からない対策準備ばかりを続け、挙句の果てには娘に近づく生徒にだけ個別の指導をするなど……教員として、自覚は足りているのですか?」


 こういうことに非常に五月蝿いのである。


「学園内の調査はほとんど終了しています。ただ現時点ではロクに手を出せない状況なので、静観しつつ因果関係を確かめている状態です」

「……学園長のおっしゃる不審者を見つけたのですか?」

「不審者、ではありませんね。どちらかと言えば現象です。……今の時点ではこれ以上のことはお答えできません」

「本当に終了したのですか? 解決策は?」

「そのための下準備を今平行して行っています」

「……お言葉ですが、とてもその下準備が、不審者ないし現象に対して有効だとは思えないのですが」

「睡眠魔法陣の構築に関しては、学園長から直接許可を得てますので、お気になさらず」


 詰め寄ってきた青髪ショートの教員――リーゼリット先生への受け答えをしつつ、心の中では大きくため息ひとつ。微妙に煮え切らない態度に、彼女は少々眉を顰めている。……どう見ても俺のことを良く思ってはいなさそうだな。まあ、ずるして教員になったようなものだし、しょうがないと言ったらそこまでなんだけど。

 しかし、本当に話せないことが多すぎる。史実に基づく常識を大きく覆しかねない情報が今回の件には絡んでいる。それをいくらこの大層立派な学園でそれなりの地位に居る人物だろうと、おいそれと漏らせる物ではない。絶対に面倒ごとにしか繋がらないのだ。


 ……やっぱりストレスがかかるな。部屋に戻ったらおもいっきりフェリンさんとイチャイチャしよう。

 まだ結婚一年目なのだから、スキンシップは積極的にとって行かなければ。


「それでは失礼します」


 リーゼ先生に頭を下げ、俺は職員室を出て行った。


 ……


 そして今度は生徒に捕まった。

 豪奢な金髪をストレートにした美少女――ナタリア・フォン・アルスレイフだ。


「先生。戦闘は先生の受け持つ授業ですわよね?」

「ええ」

「ですけれど、わたくしは一度も先生が教鞭をお取りになった所を見ておりませんわ」

「そうですね」


 実際、一度も俺は生徒に授業をしていない。


「……先生、貴方は生徒を馬鹿にしているのですか? ここに居る皆は、相応の努力をしてここに通っているのですわ。先生はその努力に報いる義務がある。そうではありませんこと?」

「確かに、俺の学園での活動は、そういった類のものから外れていますね」

「その口ぶりですと、改善する気がないように聞こえますわよ」

「必要なことですので」


 そもそも俺がこの学園に来た目的は危険の排除である。

 先生といっても半分はそのために必要な権限を与えるための方便だ。教員免許だって持ってないが、レイン君があっさりと都合をつけてくれた。権力ってコワイ。


「……そうですか。では、放課後の一時間、シエルさんにだけ個別指導をしているのはどういうことですか? 身内びいきは、あまり褒められたことではありませんわ」

「それも必要なことですので」


 最初は確かにアンリのためだった。

 しかし、最近この言葉は嘘ではなくなってしまった。

 よりにもよってシエルは今回の面倒ごとには無関係ではなかったのだ。

 当然そんな事情は生徒に漏らせない。おかげさまで、どう見てもナタリアは俺の言葉をただの方便としか受け取っていない。

 不満げ、かつ不愉快そうな視線が非常に痛い。


「…………もう結構ですわ。先生、最後にひとつだけ言わせて貰います。貴方には、この学園の教師の椅子は相応しくありませんわ」


 とっても鋭い巨大な針を、ぶっすりと先生のガラスのハートに突き刺して、ナタリアは去っていった。

 先生面したいワケではなかったのだけれど……割りと精神的にクる一言だった。

 ……アンリが生まれてから、随分繊細になったものだと思う。昔はもっと図々しかった。今でも図々しいが、誰に対してもそうでは居れなくなった。

 純粋な子供の言葉ほど、よく心に響くようになってしまった。ただのストレスで片付けられなくなった。


「……本当に早く解決しないかな」


 ちくちく嫌味を言われるのは苦手なのだ。

 ……というか、多分聞かれちゃったよな、これ。


 ……


「はぁ……」


 大きくため息をひとつ。


(……嫌な女ですわね、わたくし)


 わたくし、ナタリア・フォン・アルスレイフは、人を見下すことも、人に見下されることも、人を見下す人も、人に見下される人も大嫌いである。


 そんなわたくしには最近気になる人が居る。そう、先程話していた、アルドレイン先生だ。


 ……彼は教師であるはずなのに、ちっとも授業をしようとしない。

 いつも始業の挨拶だけをして、直ぐに調査という名目で教室を出て行ってしまう。

 授業は助手のフェリン先生に任せっぱなしだ。


「……事象があるとは、なんとなく察していますのに」


 問い詰めてみても、要領を得ない答えしか先生からは帰ってこない。

 それでも、彼の目からは嘘は感じなかった。

 何か事情があってこんな変則的な行動をしているとは理解できる。でも、頭の部分では理解出来ていても、感情の根っこが納得できていないと不満を呟き続けている。


 シエルさんだけを放課後に鍛えていることもそうだ。必要だというのも、あの様子を見るに嘘ではないだろう。

 ただ、それでも特別扱いという風には思えてしまうし、実際そう捉えている人も多い。

 それでも先生の子供であるアンリさんや、贔屓されているように見えるシエルさんが特にイジメなどを受けないのは、二人の人柄の良さが理由だ。

 二人とも話してみるととてもいい子だし同性から見ても魅力的な女の子だ。そもそも先生だって必要に駆られて今の状況を続けているだけであって、彼女たちにその不満を告げるのもお門違いだろう。


 けれど、


(強い人がそういう行動にでてしまうと、蔑ろにされていると強く感じてしまいますわね……)


 それが、先生に強く当たってしまう理由の大本だ。

 結局のところ、わたくしには余り面白くないという、酷く身勝手な理由なのだ。


(やはり、わたくしは嫌な女ですわね)

「……どうしたの?」


 またため息をついていると、女生徒に声をかけられた。

 顔を上げてみれば、件の先生の娘、アンリさんが心配そうな雰囲気でわたくしの顔を覗き込んでいた。


「ひゃっ!?」

「あ……ごめん……。驚かせた……」

「い、いえ、大丈夫ですわ! 大丈夫ですから、そんなに落ち込んだ雰囲気にならないでくださいませ!」

「ん……」


 ちょっとシュンとしたアンリさん。

 この子はとにかく無表情なのだけれど、落ち込んだりするとすぐ分るのだ。

 表情豊かな無表情、というのも変な話だけれど。


「ごめん」

「どうしたんですの? あなたがわたしに謝る必要なんて……」

「さっきの先生との話、聞いてて……多分、先生も考えなしに動いているわけじゃないと思うから、あんまり悪く思わないであげて欲しい……」

「…………ええ、それは理解していますわ。ごめんなさい、わたくしの方があなたに不快な思いをさせてしまいましたね」

「ん……」

「悪意を持って先生があんな行動をしているとは、わたくしは考えていませんわ。ただ、それでもわたくしが言いたかったことを、八つ当たり気味に言っただけですわ……褒められたことではありませんわね」

「でも、不満を覚えさせるようなことを先生――パパがしているから」

「そうだとしても、あなたが謝ることではありませんわよ」

「……でも」


 まだ謝りますか、この子は……


「デモもストもありませんわ! アンリさん!」

「ひぅっ!?」

「あなたのお父様は、ただ純粋にわたくし達が嫌いでこんなことをしているのですか!?」

「ち、違う」

「では、あなたがそうするようにお父様に命じてさせているのですか!?」

「そんなこと、しない」

「なら、あなたが謝る必要はありませんでしょう? あまり卑屈にならないで、自分に自信を持ったほうがいいですわよ?」

「ん……ありがと」

「礼を言われるようなことは何もありませんわ」


 まったく……。アンリさんは優秀だし性格もいいのだから、もっと自分に自信を持てばいいのに。謙虚さは大事だけど、それも度が過ぎるのはさすがによくない。

 いえ、この謙虚さも、アンリさんの美徳ではあると思うのだけれど。

 というか、そもそもこの子は人を信用しすぎている。まるで害意にさらされたことのない幼子のように。

 だから皆のことも純粋に評価している。その努力を、才能を、正しく理解し、それを為せたことを認めている。まるで自分にそれができていないように。


「……将来、ちょっと心配ですわね」

「?」


 首を傾げる彼女を見て、わたくしは心の中でため息をついた。


(……好きなら、ちゃんと支えてあげてくださるわよね。シエルさん――)

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