第三十七話
豪速で鋼鉄が振りぬかれる。
「先ず右腕」
息を呑む。
瞬間に爆ぜる右腕。握っていた片手剣こそ無事だが、それ以外はまるまる吹っ飛び、食事中にはお見せできない状態になっている。
とりあえず、ボクの右腕は完全に吹き飛ばされてしまった。
激痛が肩の辺りから噛み付いて来る。酷い熱さと異様な冷たさが傷口でせめぎあっている。
涙で視界が曇る。痛みで思考が真っ白になる。
でも、そうこうしている内に――
「遅いですよ――左腕」
左腕が爆ぜた。
粉々に粉砕された骨。破裂する筋肉。飛び散る血液。左肩から綺麗に吹き飛ばされた。
また加わった強烈な痛み。
下段からの振り上げ。ただそれだけは認識できた。
避けないと。またあの鉄の塊で体の何処かを吹き飛ばされる。
しかし痛みで鈍る身体は、思うようになんて動くわけがなくて、
「右足」
今度は膝の下から右足が掻き消えた。
なんとかバランスを保つ、なんて器用なことができる余裕はなく、ボクはあえなく地面に後頭部を叩き付けた。
「ぐぅっ!」
「だらしがないですよ、シエル」
アレン先生が静かにこちらを見下ろしている。
その顔には、良心の呵責なんて感じていそうにない笑顔が浮かんでいた。
「左足」
残る左足も、太ももを残して後は無残な血肉の塊に変わってしまった。
「最後に心臓」
ズン、と重い一撃が胸を貫き、ボクの心臓を潰した。
体が冷えていく。息ができない。四肢を動かすことは、そもそも存在していないのだから不可能だ。
ダメ、だ……ボク…………この、まま……死…………――――
「ほらほら、起きてください。修行はまだ始まったばかりですよ」
……両手両足を吹き飛ばされ、背中の脊髄ごと心臓を潰されたボクの身体は、一瞬で元通りになっていた。
ボロボロになったメイド服まで元通りだ。……どれだけの魔法を使ったのだろう。
そんなものを余裕で使えるこの人は、いったいどれだけの化け物なのだろう。
そんな彼を殺すレベルまで、ボクは本当になれるのだろうか?
……
『とりあえず、アンリとの結婚を認めて欲しければ、俺を殺せるくらいにはなりましょうね?』
笑いながらそんな提案をされた。
その結果、
(……ちゃんと、手がついてる)
自分が五体満足なのが不思議なくらい痛めつけられた。
いや、正確には何度も四肢は吹き飛ばされ、心臓も潰された。
『右手、左手、右足、左足、心臓の順で潰していきます。魔法は一切なしで、このベリアルハンマーを使います。俺の出す攻撃は五発のみ。先程行った順に、潰すまではその部位に攻撃を集中します。心臓が潰されたら当然あなたの負けです。それ以外ならあなたの勝ち。……つまりあなたは左足が潰されるまでに一回でも潰されないレベルに攻撃を抑えればいいのです。ちなみに潰す、というのは役に立たなくするという意味ですよ。ああ、壊してもちゃんと元に戻すので、ご安心を。――では、始めましょう』
そこからは、文字通り地獄だった。
気付けば右手が吹き飛んでいる。視覚的にも痛覚的にも身体的にも大ダメージで、戸惑って怯えて泣き叫んで――今度は左手が吹き飛んだ。そして右足が吹き飛び、続いて左足。
動けなくなったところで、ゆっくりと心臓を潰された。
本当に怖かった。
「……ダメだなぁ、ボク」
そうやって呟いた声の弱々しさに、さらにブルーな気分になっていく。
ダメだ。
このままじゃダメだ。そう頭では理解できているのに、
(怖い。怖いと思ってる)
アレン先生は笑っていた。いつもの笑顔を貼り付けながら、完全に殺意を向けていた。
帰り際の彼の顔に、失望の色はなかったが、その笑顔からは恐怖しか感じ取ることが出来なくなっていた。
最初の一回目で恐怖はしっかりと心に刻み込まれてしまった。
「ではもう一度」というあの言葉が恐怖の宣告にしか聞こえなかった。
たったの一時間だけの鍛練だ。
しかも一回ごとに五分の休憩を貰っている。それなのに――ボクはいったい何回手足を吹き飛ばされて、心臓を潰されたのだろう。
勝てない。殺すなんて絶対に無理だ。
けれど、
「……なんでだろ」
脳裏に浮かぶのは、美しい黒髪の少女と、彼女の言葉だ。
「誰かを好きになるのって……理屈じゃなかったな…………」
未だに、何であれだけ執着してしまうのか、その理由に答えは出せない。
それでも、お嬢様が好きだ。大好きだ。
アンリお嬢様と一緒になるために、あの人を殺せるくらいに強くなる。
……無理難題にしか聞こえなくても、諦めるという選択肢は存在しなかった。
「…………明日も頑張ろ」
早速毎日投稿が厳しくなってきた気がががが……
後、分割作業が終わったので短編作品の投稿をはじめます。
もとより区切った形だったので、しっかり切りのいいところまで投稿できると思います。




