1‐最初の部屋
全11話。金・土・日の3日間で完結です。
その小さな建物は、突然に現れた。
山道の側道。その脇の草むらに、何の前触れもなく建っていた。
形はサイコロみたいに真四角で、色は白。
窓は見当たらない。
正面に、金属製のドアが一つだけ付いていた。
「こんなの、昨日はなかったぞ……?」
俺は思わず自転車を止めたが、近づくことはためらった。
存在が唐突で、不審だ。
進路に向き直る。
側道の出口までは後少し。
目印の一本杉を仰げば、空は茜色。もうすぐ陽が沈む。
「明日だ、明日」
自転車のペダルを踏みかけた、その時。
――ドンドン! ドンドン!
建物の中から、切羽詰まった音が飛んできた。
助けを求めるような、必死な叩き方だ。
俺は反射的に自転車を降りた。
中に人がいるなら、見過ごすわけにはいかない。
こんな道を通るのは、俺くらいなものだ。
「大丈夫ですか!」
呼びかけても、返事はない。
ただ、叩く音だけが続いている。
「今、開けますから!」
俺はドアノブをひねり、引いた。
重たく硬そうな見た目に反して、ドアはあっさりと開いた。
「――ぶっ」
全身に、ぶわっと生温かい風が吹き付けた。
空気の塊は、俺のわきをすり抜け、まるで逃げるように道の向こうへ吹き抜けていった。
……なんだ、今の。
建物の中に、人影はなかった。
四角い部屋には、ぽつぽつと家具だけがある。
入って正面に、イスが一つ。
右手の壁には、額縁に入った絵。
左には大きな鏡。
どれもモダンなデザインだ。
真っ白な壁と相まって、部屋はどこかよそよそしい印象を受ける。
「誰かの家……じゃないよな」
狭い室内を一周してみるが、これ以上の空間は見当たらない。
生活の気配はせず、人が住む建物には思えなかった。
「変な建物だな」
それに。
誰もいないなら、さっきの”ドンドン”って音は何だったんだ?
嫌な想像が頭をよぎって、背筋が寒くなった。
「帰ろう」
踵を返し、ぎょっとする。
「――ない!?」
ドアのあった場所は、白い壁になっていた。
「嘘だろ、おい!」
壁を叩くが、消えたドアが現れるわけもなく。
部屋は完全に密室になってしまった。
「なんだよ、ここ……」
声が震える。
突然、ドアが消え、壁になるなんて。
おかしい。あり得ない。
「誰かに連絡を……」
ポケットからスマートフォンを取り出し、電源を点ける。
電波の表示に愕然とした。
「圏外!?」
山道とはいえ、ここは電波が届くはずの場所だ。
「どうなってるんだよ……」
焦りと不安で、声が弱々しくなる。
その時――ピロン、と電子音が鳴った。
スマホの通知音だ。
電波が戻ったと期待したが、表示は相変わらず『圏外』だった。
なのに、メッセージが届いている。
『”SOS”さんがあなたをチャットルームに招待しています』
画面の文言に、眉をひそめた。
SOS――まったく心当たりのないアカウント名だ。
警戒しつつも、招待を受ける。
すぐにメッセージが送られてきた。
『正しく想像してください』
矢継ぎ早に、2文目、3文目。
『間違いを指摘してください』
『そして、自分を助けてください』
自分って……この“SOS”さんのことか?
俺は返信を打ち込んだ。
『あなたは誰ですか?』
すぐに既読がついた。
けど、返ってきたのは、質問の答えではなかった。
『【最初の部屋】』
『奇妙な部屋だ。
外観同様に立方体。人が生活するのに必須の物は何もない』
『椅子に座ってみる。
正面には壁。入ってきたドアは消えてしまった。
途方に暮れている』
なんだ? この人。
今、俺がいる部屋の話をしている……?
『天井は全面照明パネル。明るいので、室内の様子はよく分かる。
右壁には大きな絵。描かれているのは、この建物だろう。
左壁の鏡がそれを映し、あたかも絵が2枚あるようだ』
スマホから顔を上げ、室内を確認する。
正面にイス。右に絵。左に鏡。
やっぱり、同じだ。
「――いや、待てよ」
俺は首をひねった。
SOSさんは、椅子に座って部屋を見ている。
なら、まったく同じじゃないよな。
『絵と鏡の位置、左右逆じゃないですか?』
ふっと、視界が端で変化が起きた。
絵が消えて、通路が現れたのだ。
「隠し通路……?」
スマホが鳴る。
『絵が消え、隠し通路が現れた』
ん? 向こうにも変化が起きたのか。
間違いを指摘してくださいって、こういうことか。
SOSさんの状況を聞いて、俺が違いを見つける。
そうすると、先へ進めるシステムなのか。
『引き返しようもない。
先へ進もう』
通路はそう長くなかった。
突き当りに上へ伸びる螺旋階段が見える。
「俺も行くか」
他に道はない。
俺は一歩、足を踏み出した。




