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59話*「暗雲の地」

 吹き荒れる風に、わたし達を囲う四季の花や木々、水面に浮かぶ白薔薇が揺れる。

 でも、散るのは隠れていた“本物”の葉だけ。手に持たない限り、わたしでも間違えるほど精巧に造られた薔薇や花々が集う『造花庭園』の庭師がセルジュくんのお兄さん。


「コーランディア……さん?」

「おう。この『氷水花』も庭園の造花も、ラン兄上の手作りなんだぜ!」


 わたしの手に乗る白薔薇を指すセルジュくんは自慢気に話す。

 その笑顔だけでお兄さんを慕っているのが伝わり、改めて庭園を見渡した。


 普通の造花なら開花されたものが多いのに、南庭園のは蕾どころか五分、八分咲きもあり、忠実に成長を再現していた。とても花が好きな方なんだと、ジュリさんと会ったときのような喜びが胸の奥から吹き出す。


「ふんきゃ~、会ってみたいです」

「そうな……会いてーな」


 突然元気をなくしたセルジュくんに瞬きする。

 そんなにお兄さんはお家に帰られてないのでしょうか。お義兄ちゃんといい、ルアさんといい、フルオライトには困った“兄”が多いですね。

 そんなことを考えていると、セルジュくんは頭をかいた。


「二年前から行方不明でさ」

「困ったどころじゃないですよ! 大事件じゃないですか!! 騎士様ルアさんお仕事です!!!」


 顔面蒼白となったわたしは慌ててルアさんのシャツを握るが、驚いたように目を見開かれる。けれどすぐ、眉が八の字になった。


「ごめん……俺……魔物専門なんだ」

「ふんきゃ!?」

「人探しは橙、事故類は緑、魔法類は紫、殺傷事件は黄、隣人トラブル等は赤、王家暗殺の話を聞いたら藍に……お問い合わせ番号は……」

「ちょ、ちょっと待ってください! メモメモ!!」

「とっくに捜索願は出してるよ! ルンルン、知っててワザと言ってんだろ!!」


 ツッコミにリュックを開ける手が止まる。

 見れば、細められた青水晶の瞳は竜の像を映していた。しばしの間を置いて、セルジュくんに視線が移る。


「それだけど……お前……ランがいなくなったの誰に聞いた?」

「誰って、旅行中に姉上の鳥……いや、それは母上の体調悪化だけで、兄上のは帰国後に聞いたか?」

「ふーん……」


 気のない返事をしたルアさんは背を向けると奥へ進み、顔を見合わせたわたし達も追い駆ける。

 徐々に銅像で隠れていた『福音の塔』が見えてくるが、灯り一つない。ホラー城に続いてのホラー塔に喉を鳴らしたわたしは小刻みに震えるが、暖かな手が手を包んだ。


「また墜ちるときは一緒に墜ちてやるよ」


 溜め息交じりに苦笑するのはセルジュくん。

 覚えのある手は一緒に墜ちて怒られた出会いの日。あの日に似た手は心強くて自然と笑みが零れる。


「勘弁してほしいですが……でも、嬉しいです」

「なんだそれ」


 一瞬目を見開いたセルジュくんは、はにかんだ笑みを返す。

 それだけでわたしも目を見開いてしまうのは“男性”の表情だったからか、それとも一つ上と言ってもセルジュくんも美形さん。キラキラの金髪に、翆の瞳もよく見ればちょっと青みが掛かって王子様に見えるからか。見惚れていると首を傾げられた。


「なんかついてるか?」

「いえ、王子様みたいでカッコいいなーって」

「えええぇぇーーーーっ!? いやいや、オレとか兄上に比べたらまったくな!!!」

「お兄さんもカッコいいんでしょうね」

「そうそ! すっげー優しいし、団長みてーに強いんだぜ!! モンモンみたいにどっか抜けてっけど!!!」

「んきゃ?」


 繋いだ手を振り回すセルジュくんは目を泳がせたりと慌てている。

 そんな彼の最後の言葉に疑問符を浮かべていると、先を歩くルアさんの足が止まった。振り向いた彼は口元に手を寄せ、目線を空に向ける。


「言われてみれば……モモカとランって似てるな……敬語口調とか仕事熱心なところとか……ボケボケとか」

「ゆる~いオーラとかな!」

「褒めてるんですよね?」

「うん……だから……あいつも懐いてるんだろうな」

「あいつ?」


 聞き返すわたしに、目を伏せたルアさんは何も言わず歩きだす。

 セルジュくんに引っ張られるように足を進めると鈴蘭畑が道なりに広がり、薄暗い中でも綺麗な白が映えた。けど、鈴蘭よりも南庭園に入ってから様子がおかしいルアさんの背を見てしまう。


 考えれば南庭園の今の庭師はセルジュくんのお兄さん。でも、先代はルアさんのお義母さん。

 セルジュくんとの会話でルアさんとコーランディアさんがお知り合いなのはわかったので、行方不明の彼を思い出して胸を痛めてるのかもしれない。でもセルジュくんの寂しいとは違って、困惑しているようにも見える。

 それなりの付き合いになってきても、まだ遠くに感じる彼に胸が痛んでいると背中にぶつかってしまった。


「ふんきゃ!」

「あ……ごめん……着いたよ」


 いつの間にか塔の前に着いていたようで、ぶつかった鼻を手で押さえる。

 見慣れた塔の屋根は暗くて見えませんが、恐らく色は青。見上げていると、木目の扉に手を掛けるルアさんにセルジュくんが溜め息をつく。


「用事って塔かよ。兄上の私物とか漁ったら怒るぞ」

「やっぱり、お兄さんも塔にお住まいだったんですか?」

「そりゃな。モンモンだって火事で焼かれてなきゃ住んだだろ」

「そうで……って、セルジュくん『東の塔』の火災知ってたんですか!?」


 てっきり先日の火災のことかと思ったが『住む』の単語に錆色屋根のことだと気付く。セルジュくんはきょとんとした。


「母上に聞いた。でも鐘まで焼けなくて良かったな。『友好の象徴』失くしたらイズに怒られんぞ」


 あははーと笑う彼に、わたしは金魚のように口をパクパクさせる。

 まさか友好の話までご存知とは! トゥ、トゥランダさん、生徒さんはお勉強してましたよ!! お母様から聞いてもありですよね!!?


「じゃあ……怒られるかもな」

「「え?」」


 静かに、でもどこか強張った声にセルジュくんとハモる。

 気付けば閉じていた扉は開かれ、外のランプに照らされたわたしとセルジュくんの影が塔内に入り込む。その先に立つのは険しい表情で地面を見下ろすルアさん。続くようにわたし達も足を入れた。


「なっ……!?」


 小さな声を漏らしたセルジュくんは繋いでいた手を離す。

 わたしも地面に広がる光景に息を呑むと、ゆっくりと顔を上げた。お兄さんが生活していたはずなのに、私物どころか家具ひとつない。そればかりか東同様、吹き抜けになっていて目を見張った──幸福と呼ばれる鐘がない天井に。


「鐘が……ない?」

「いや……あるよ」

「あるって……まさかコレかよ!?」


 震えるセルジュくんが指すのは地面。

 今の薔薇園のように、瓦礫らしき物で埋め尽くされていた。けれど、僅かに差し込む光で輝く色は──金色。


「これが……『幸福の鐘』?」


 身を屈め、足元に散らばる欠片を震える手で持つ。

 手の平サイズだというのに重さのある金属の欠片は確かに金色。ずっと自分の塔でも、ジュリさんの塔でも見上げていた色。

 言葉を失うわたしから、ルアさんが欠片を手に取る。


「墜ちた……とかじゃないな。年月で断片が削られてるけど……一度下ろされてから斬られてる」

「き、斬れるものなんですか?」

「うん……まあ、剣じゃなくても上級魔法なら……」

「のん気に説明してる場合じゃねーよ! どういうことだよ!! 確認ってこれのことか!!?」


 声を荒げるセルジュくんは瓦礫に手を向けた。

 鼻息も荒く、必死に怒りを抑え込もうとしているのがわかる。戸惑うわたしとは別に、ルアさんはゆっくりと見渡した。


「いや……さすがにこれは想定外だ……俺が確かめたかったのは……地下」


 問うより先にルアさんは瓦礫を踏もうとする。裸足で。


「ま、待ってください! そのままじゃケガしちゃいます!! 地下の入口ってどこですか!!?」

「え……あそこ」


 立ち止まった彼の指した方向に、わたしはリュックから軍手を取り出す。それを両手に嵌め、急いで瓦礫を左右に退けては道を作りはじめた。


「ちょちょ、モンモン! そんなのオレらがやるか「せいやあああぁぁーーーーっっ!!!」

「ダメだ……聞いてない……一応……元・鐘なのに」


 せっせと退かすわたしの耳には何も届かない。

 二人に魔法を使ってもらいたくないのもありますが、半分は今までの怒りをぶつけるため。泣いてばかりでしたが、落ち着きを取り戻すと悔しさや怒りが溢れてくる。だから瓦礫で発散して、ノーマさん捜して、問い詰めてやります!

 そんな勢いで二十分。


「はあ……はあ……できました!」

「う、うん……ありがと」

「清々しい顔してんな……」


 笑顔で一息つくわたしはスッキリ。道もスッキリ。

 良いお仕事をして現れた地面には一箇所凹んだ所があり、膝を折ったルアさんが手を差し込む。そのまま力を込めて持ち上げると、一メートル半ほどの正方形の穴、階段が繋がる道が現れた。

 長く開けられなかったせいか埃に咳き込むと冷気が流れ出し、白い息も漏れる。


「ち、地下ってこんなに寒いんですか?」

「いや……凍ってるだけだ」

「こお……!?」


 眉を顰める彼のように階段を覗くと、また目を見開く。

 だって、数メートルの高さと広さがある地下が一面凍ってる。硬い土でできているはずの壁も階段も全部。吹き出す風で、まだ乾いていなかったルアさんの髪の毛には霜がつき、まるで巨大冷凍庫のよう。

 同じように絶句するセルジュくんにルアさんは声をかけた。


「もう一度聞くけど……ランの失踪……誰から聞いた?」


 再度の問いにセルジュくんは数秒の間を置くと口元に手を寄せる。


「アガーラだったかな……詳しく聞こうにも母上はショックで塞ぎ込んじまったし、姉上は日に増してイラつくし、父上も体調悪くなって……聞くどこじゃなかった」


 肩を落とすセルジュくんにわたしも曇る顔を伏せる。と、何かの光り。

 前屈みになって見下ろすと、凍りついた地面に何かが刺さっているのが見えた。さらに覗き込もうとするが、突然ルアさんの腕がお腹に回り、抱え上げられる。


「ふんきゃ!?」

「ど、どした、ルン……わっ!」


 セルジュくんも抱え上げたルアさんはコートやリュックなども放って外へ飛び出す。

 慌てて顔を上げると、塔の三階辺りが横真っ二つに斬られるのが目に映った。三人地面に倒れ込む音よりも、斬られた壁と屋根が大きく崩れる音が響き渡る。

 ただ呆然とするしかないわたしとセルジュくんとは違い、立ち上がったルアさんは鞘から剣を抜いた。



「ひゃははは、気配殺しててもやっぱ『解放』してるとバレるか」



 よく知る笑い声に塔の後ろを見ると、すごい速さで回転しながら落ちてきた物を右手が掴んだ。それは一、五メートルはある十字型手裏剣。


 白のベレー帽を被り、両肩で留めた緑のマントを揺らす人は黒褐色の体と六本の肢に鋭い頭角と胸角。羽ばたかせる両翅には薔薇の模様。そして建物五階分以上はある大きなカブトムシの頭に乗って現れた。


『ギシャアアアアーーーー!!!』

「モっちー、カスコは“ヘラクレスオオカブト”。一括りにするなってさ」

「ムーさ……!?」


 頬に緑薔薇のタトゥーを持つムーさんは変わらない笑みを向ける。けど、彼のマントの後ろには綺麗な金髪のポニーテールを揺らし、青のサファイアの瞳を細めた女性がいた。


「ナナ……!」


 剣を構えるルアさんの睨みに、彼女もまた睨み返す。

 崩れる音が徐々にやむと、ムーさんより前に出たナナさんが口を開いた。


「何故……主がここにいる……主にそんな資格はないと言うのに……」


 小さな声は吐き捨てるかのように重く、握り拳を作る両手も震えている。その震えが何かはわたしでもわかる。抑える気もない“怒り”が声となって放たれた。


「何故ここに舞い戻ったキルヴィスア! また我らを暗雲の地へと落とす気か!?」

「落ち着けナナ! いったいなんの話をしている!?」

罪業ざいごうを犯した場でしらばっくれる気か!? 父上が許しても我と母上は許しはせん!!!」


 完全に怒りで我を忘れているナナさんにルアさんの額からは汗が流れている。罪を犯したとかなんとかわからずにいると、突然横から声が上がった。


「ちょっと待てよ! ここでもなんの話してんだ!? つーか二人はなんであの冷血漢鬼悪魔変態堅物ヤローに就いてんだよ!!!」

「黙れセルジュ! あるじを愚弄するのであれば主でも容赦せんぞ!!」

「はあっ!? 愚弄してんのはそっちだろ!! いっつもいっつも腰巾着のようにひっついてバッカじゃねーの!!?」

「言ったな……良かろう、まず主にお灸を据えてやる」


 セルジュくんの抗議っぽいものに空気は緩み、ムーさんもルアさんも呆れた眼差しで二人を見る。けど、ナナさんの怒りは収まらず、指輪から火が溢れ出した。

 わたしは慌てでセルジュくんを見るが、大胆にも“あっかんべー”し、謝るどころか拍車をかけた。



「へっへーんだ! いまさらナナ姉上のお灸なんざ怖くねーもん!!」

「相も変わらず……口が減らぬ弟め……!」



 巻き上がる炎が上空で火の粉を散らす中、わたしの思考が止まる。

 今、“姉上”と“弟”って言いませんでした────?







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