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41話*「要注意人物」

 お義兄ちゃんとキラさんがアーポアク国へ旅立って四日。

 お天気の良い日が続いているので毎日新しい花が咲き、お客さんも大勢きてくれます。その分お手入れは大変ですが、ルアさんとヘディさんのおかげでわたしの体力も閉園まで持ち、寂しい夜を紛らわすかのようにすぐ眠りにつく日々。


 ただ、お義兄ちゃんがいないことで知ったこともあります。

 わたしがどれだけお義兄ちゃんに守られていたか、ということ。


「あ~……これは修復リペアできませんね」


 廊下の壁に案内として飾っていたプリザープドがいくつも落ちているのを屈んで手に取る。花弁は割られ、ボロボロ。数枚だけならハサミでカットして修復できますが、これは難しそうだ。

 一息ついていると、ルアさんとヘディさんが怖い顔をしているのに気付き、立ち上がる。


「急いで新しいのに換えますね」

「でも……今日で百は割れてるよ」

「モモカ様、これは器物損壊罪になりますので政治部に書面を出した方がよろしいかと思います」


 連日続いていることに、二人は怪訝な顔をする。けれど、箒で割れた花弁を集めるわたしは首を横に振った。


「書面を出してしまったら調査で閉めないといけませんし、湿度のせいかもしれません」

「いや……明らかに……魔法類で割られた形跡が……」

「ああ、そのテがありましたか!」


 魔法のことをスッカリ忘ていたわたしが両手を叩くと、二人は互いに顔を見合わせ溜め息をつく。そのまま腑に落ちないながらも開園準備に向かった。その背を見送ると箒の手を止め、割れた花弁を掴む。


 実を言うとはじめてのことじゃないのです。

 庭師になってから薔薇を切られたり落書きがあったりと元の世界でもあるような悪戯が過去何度もありました。原因は恐らくわたし。漆黒の髪と瞳という変な容姿に『魔病子』の噂が広まったことだと思うが、わたしはそれに気付かず怒っては泣いてばかり。


 でも、人は学ぶものです。悪戯されないように柵を複雑に作ったりと戦い続け、いつの日かパッタリとやみました。それがお義兄ちゃんのおかげだったのは、あとでニーアちゃんから聞いて知ったこと。もっとも口止めされていたらしく、顔色が悪かったですが。


 そんなお義兄ちゃんが国を離れた翌日から再開された数年振りの悪戯。

 わたしは苦笑いするしかないが、お義兄ちゃんが“いる”と“いない”の差を気付かされ、なんとか知恵を振り絞って解決策を考えているところ。

 でも『ビービー』という音と同時に、お客さんであるはずの男性に切っ先を向けるルアさんに意識を持っていかれた。


薔薇園ここに入りたければ、そのカスのような考えを棄ててからこい……棄てられないなら俺が散らす」

「ひいいいぃぃーーーーっっ!!!」

「ルアさん!!!」


 慌てて彼の背中を叩くと“怖い”方で睨んでいたルアさんは剣を鞘に戻し、わたしを見下ろす。若干まだ“怖い”瞳に怯むが、必死に注意した。


「抜刀はダメだって言ったじゃないですか!」

「わかった……グレイみたいに上手くないけど……足で追い出す」

「いえ、暴力もいけません……」


 ガックシと肩を落とす。

 開放前に彼が言っていた『泥棒や邪な考えを持つ人』などいないと思っていたのに、高確率で先ほどのような音が鳴る。故障しているのではと疑いたくなるほど。

 すると、シャツの腕を捲くったヘディさんが、去って行った男性と持っていた紙を交互に見た。


「ああ、彼は数年前モモカ様を苛めてらっしゃった一人ですね」

「えっ、なんでそんなのわかるんですか?」

「ロギスタン補佐からいただいた『要注意人物リスト』に載ってます」


 ペラリと紙を見せてもらうと、字は読めませんが紛れもなくお義兄ちゃんの筆跡。恐らく人名だと思われる方が四、五十人はいて、一番上には赤丸で囲まれた人が数人いる。


「特に要注意が、一番上にいるフローライト団長とラッシード団長とアスバレエティ団長とセルジュアート様ですね」

「「「なんでだよ!!!」」」


 リストを指していたヘディさんに目が点になっていると後ろから大きなツッコミ。振り向くと眉を吊り上げているルアさん。そして、彼と同じ表情のセルジュくんとトレイを持ったケルビーさん。その後ろでは苦笑いするメルスさんと溜め息をつくトゥランダさんもいて驚く。


「みなさんどうしたんですか!?」

「よう、モンモン。開放日間に合わなくて悪……って、なんでオレまで入ってんだよ!」


 綺麗な金色の髪を持つセルジュくんは式典の時とは違い、薄黄色の長袖シャツに、緩めた赤のネクタイ。薔薇の刺繍が入った白のベストとズボン。両耳には瞳と同じ翠のピアスがある。

 文句を言うセルジュくんの横で怒っていたケルビーさんと目が合った。


「ああ、オレ様はおめぇに飯を持ってきたんだよ」

「え、わたしにですか?」


 時刻は正午を過ぎ、確かにお昼時間。

 けれど休憩時間なんてない庭園なので、最近はずっと購買か簡単な料理。今日もリュックにオニギリが入ってます。そのことを伝えるとケルビーさんは大きな溜め息をついた。


「プラディのヤツが忙しくて食堂にこねぇおめぇを心配しててな。しゃーねぇから出張デリバリーだ」

「ケルビーさん……!」


 受け取ったトレイにはチキンとビーンズのカレー。そして塩レモンのジュース。見た瞬間わたしのお腹は鳴り、怒っていたセルジュくん達の目が向けられる。恥ずかしくて顔が真っ赤になるが、慌てて頭を下げた。


「あ、ありがとうございます! いただきます!!」

「おう、気にすんな」

「ケルビー……俺のは?」

「ねぇよ!」

「オレのはー?」

「ねぇよ!」


 ルアさんとセルジュくんを怒鳴るケルビーさんだったが、観念するように一度食堂部に戻ると全員分のご飯を持ってきてくれた。ふんきゃ、ケルビーさんは本当に良い人です。お義兄ちゃん、リスト間違いですよ。



* * *



 日差しが強い昼過ぎはあまりお客さんは入らず、今はご飯を終えたセルジュくんと従者さん二人が見学しているだけ。パーゴラの下でルアさんとケルビーさんにラベンダー茶を出すと、一口飲んだケルビーさんが気付く。


「お、ジュリんとこのか」

「さすが、ケルビーさん」

「ストーカー……」


 ルアさんの呟きにケルビーさんの拳が振られるが避けられる。

 仲が良いような悪いような二人に笑いながらわたしも座ると、最近のジュリさんとについて訊ねた。が、ズ~ンと音が鳴ったようにケルビーさんは沈んだ。


「つれねぇつーか……荒いっつーか……」

「いつも通りじゃねぇか。女々しくてウゼぇ」

「ルアさん、ケルビーさん相手だと辛辣ですよね……」


 そんなルアさんに反抗する気力もないのか、机に“の”の字を書くケルビーさんの背中を擦ると、なんでか包みに入ったチョコレート菓子を貰ってしまった。

 すると、何かを思い出したようにケルビーさんが顔を上げる。


「そういや明日、ジュリの祖母ばあさんに会うって?」

「あ、はい。チビ塔についてお伺いしたくて。ケルビーさんも一緒に行きますか?」

「あー……行きてーけど、明日は仕事入ってから無理だわ」

「お仕事?」

「おう、他の区域に買い出しに行くんだ」

「ケルビー……本業なんだっけ」


 片眉を上げるルアさんにわたしも考える。

 ルアさんではないですが、ケルビーさんも騎士様からジョブチェンジしてしまったのでしょうか。実際他の方の戦闘を見たことないので『コックです』と言われても普通に信じますね。

 そんなわたしの考えがバレたのか、ケルビーさんはルアさんを睨んだ。


「そもそも、青薔薇てめぇが国にいすぎなんだよ! てめぇがいるせいで身体が鈍っちまっただろ!!」

「一緒に散らされてぇなら勝手にしろ。つーか、お前もなんでこんな長くいるんだよ」

「しゃーねぇだろ。料理長ジジイの体調が治らねぇんだから」

「そんなに悪いんですか?」


 不穏な空気で話す二人に、つい口を挟む。

 『異世界人』だと言っていた料理長さんが気になるわたしの戸惑いを感じてか、空気を緩めた二人は椅子に背を預けた。


「まあ、歳っちゃ歳だかんな。なんだ、ジジイの飯でも食いてぇのか?」

「いえ、あの……お話……したいんですけど……」

「あん? そういや眼鏡のヤローもなんか言ってたな」

「お義兄ちゃんと何か話したんですか?」


 以前『白状しなさい』の視線に負けて話したことを思い出すと、口元に手を当てていたケルビーさんは首を横に振った。


「さっきも言った通り体調悪ぃし、忙しい眼鏡とじゃ調整がきかねぇんだよ。あいつと同じ用ってんなら今度出てきた時にでも鳥で報せてやるぜ」

「あ、じゃあ、お願いします」


 多分お義兄ちゃんと同じだと思い、頭を下げた。

 なぜ料理長である彼が異世界人を知っているかはわかりませんが聞いてみたい。何を知っているのか、そして動揺していたのか……知りたい。


 ドクンドクンと動悸が激しく痛む胸に頭を下げたままにしていると、優しい手に撫でられる。顔を上げた先には立ち上がり、小さく微笑むルアさん。そんな彼にわたしも微笑むと数度撫でられたあと、瞬間移動するかのように彼は消えた。


 直後、庭園にまた警報が鳴り響く。

 慌てて席を立つが、ケルビーさんに止められ、柱に立て掛けられたルアさんの剣を指された。


「武器置いて行ってんならバカはしねぇだろ。つーか、この音なんだ?」

『ひやあああーーーーっっ!!!』

「えええっと、泥棒さん対策らしいです! 薔薇を盗んでも意味ないと思う「第一級犯罪になるぞ」


 大きな悲鳴に顔を青褪めるが、遮ったセルジュくんの言葉に目を見開く。


「だ、第一級……犯罪……ですか?」

「モンモン、薔薇園の管理してんならそんぐらい知っとけよ」

「補佐から聞いたことないっスか?」


 パーゴラ内に入ってきたセルジュくんが椅子に座ると、後ろにメルスさんが立つ。トゥランダさんはヘディさんとお話中のようで、悲鳴も遠退いたことに一安心すると、二人のラベンダー茶を淹れる。そのまま聞いたことないと答えると、ケルビーさんと三人、顔を見合わせた。


「あの眼鏡、何がしてぇんだ」

「確かに、補佐やフローライト団長の結界があれば盗人なんて意味なさそうスけど」

「どうせ、モンモンに言っても危ないとかじゃねーの?」


 お義兄ちゃんの過保護を知っているとそれもありえなくはないですが、さすがに『犯罪』と聞いては心臓が嫌な音を鳴らします。お茶を二人の前に出すとケルビーさんが口を開く。


「ガキ、忘れてっかもしんねぇけど、おめぇが育ててる薔薇ってのは国花だぜ。そして薔薇生産の大元は東庭園ここだ」

「あ……」

「他国では貴重とされてまスから、良い値で売買されるんスよ」

「だから国花(薔薇)を奪ったり無断売買したヤツは国を裏切ってるって意味で『第一級犯罪』として国外追放か禁固数十年の刑が下る」


 まさかの刑に顔を青褪めるが、三人の眼差しが真剣で本当のことだとわかる。

 これはもしかして切り花も慎重に売らないとダメということでしょうか……呑気に薔薇を育ててきたのに重いプレッシャーが圧し掛かり、お腹を押さえた。


「ガキ、大丈夫か?」

「お、お腹……痛い……」

「モンモンがそんなんだから簡単に盗めるとか、なめられんだぜ」

「ふんきゃ~!」

「セルジュアート様、余計プレッシャーかけてどう「てめぇら、散らされてぇのか?」


 低い声が響くと、わたし以上に三人の肩が大きく跳ね、顔が真っ青になった。

 当然『散らす』と言う声は一人。機嫌がすこぶる悪そうなルアさんはわたしを見ると立て掛けていた剣を取り、鞘から抜いた切っ先を三人に向けた。


「モモカ……泣かしたヤツは斬れ」

「「「「え?」」」」

「って、グレイの命令。だから──散らす」


 三人が慌ててわたしを見ると、目尻からポツリとプレッシャーから出た涙が落ちる。その涙に三人はムンクの叫びのような顔をし、一斉にパーゴラから飛び出した。が、容赦なく青薔薇騎士ルアさんが襲いかかる。


 それは魔物を感知する警報が鳴るほどの勢い。

 ルアさん、大っ嫌いな魔物に間違われてますよ────。







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