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34話*「一家離散」

 芝生の道を走る。

 今日は平日なせいか、いつもより人は少ないが、変わらず子供達の笑い声が聞こえた。スーチお義母さんに連れられ、ニーアちゃんと出会ったのを昨日のように思い出していると、東庭園とは違う青屋根のチビ塔が見えてくる。


 遊具がある場所とは違い静かで、周りには薬になる花が植えられた花壇。甘い匂いを嗅ぎながら木陰に入ると気持ち良い風が流れ、頬を伝う汗をハンカチで拭きながら辺りを見回す。

 黄薔薇部隊の人に聞いたらこの辺りにいると聞いたのですが……ノーマさんもナナさんも誰もいない。


「暑いからチビ塔の中でしょうか」


 ジュリさんも住居にしていると聞いたチビ塔。東庭園ウチにはないので羨ましいです。そこで、お義兄ちゃんに火事の件を聞くのを忘れていたのを思い出す。


「帰ったら聞いてみましょう」


 頷きながらハンカチをポケットに入れると、木目のある板でできた扉の前に立つ。インターホンがないこの世界では戸口トントン。あんまりしたことないので緊張するが、手をグーにし、深呼吸をするとノック。



「動くな」

「っ!?」



 刹那、背後から冷たい声と何かが頬を掠る。

 固まったまま視線だけ動かすと、頬に当たるのは鋭い切っ先。以前、ルアさんにも向けられたことがある冷たい刃で、全身が凍りついた。

 震えるわたしに、背後に立つ人は『ん?』と首を傾げるような仕草をすると刃を離す。


「ピンクか?」

「ナ、ナナさ……ん」


 聞き慣れた声に変わり、ゆっくり振り向くと、太陽で輝く金髪とサファイアの瞳を持つナナさん。涙目のまま彼女の持つ二十センチほどの小型ナイフを見ると、慌てて引っ込めた。


「す、すまぬ。つい……わわわっ! な、なんだ!?」


 突然上空から、灰青の瞳を持つ鷹さんが奇声を上げながらナナさんの頭を突きだす。必死に追い払う彼女に涙が引っ込むと首を傾げた。


 あれ? 前もどっかで見ましたね。



* * *



 空に戻る鷹さんを見送っていると、木陰のベンチに座ったナナさんはポニーテールにした髪を下ろす。胸元まである綺麗な金髪が風で靡くといっそう輝き見惚れるが、誰かと重なる気がした。考えていると、櫛を取り出した彼女は髪を梳く。


「本当にすまぬ。普段は魔力で気付くのだが、なんの気配もなく扉に立つ者がいたものだから」

「い、いえ! 魔力がないわたしが悪いんです」


 慌てて頭と両手を振るとナナさんは眉を上げる。

 けれどすぐ髪を結うと隣に座るよう促された。お言葉に甘えて座ると、丁度良い涼しさにお昼寝がしたくなります。帰ったらちょっとお昼寝……ああ!


「す、すみません! わたし、ノーマさんに開放日の申請にきたんでした!!」

「ん、そうだったのか」


 お昼寝なんてしてる場合じゃないです! しかも外にはルアさんを待たせてますし!! まだまだ準備もありました!!!

 汗をダラダラ流すわたしに頷いたナナさんは何かを呟くと、手の平サイズの黄色に青の瞳を持つセキセイインコが生まれた。可愛さに背景がお花を描いていると、ナナさんはインコさんを放し、ナナインコさんがチビ塔三階の小窓に入っていった。


「すまぬな。あるじは今、就寝中なのだ」

「就寝!? ノーマさんお昼寝してるんですか!!?」

「遅くまで仕事をしていたからな」


 あ……そうですよね。宰相さんですもんね。すみません。

 頭を下げていると頭上で羽ばたく音。見ると、小窓からナナインコさんが出てくると、後ろからインコさんより少し大きな鳥。翼は黒褐色、頭やお腹は白で黒い横しまが入ったホトトギスさんが出てきた。


 インコさんが消えると、ホトトギスさんがわたしとナナさんの間に降り立ち、深緑の瞳をナナさんに向ける。大きく嘴が開かれた。


『ああ~……眠い。ナナ、まだ時間じゃないだろ』

「ふんきゃ!?」

あるじ、どのみち後三十分で起床時間だ。早起きは三文の徳と云う」

『明け方に寝た私はそれに当て嵌まらん』


 ノーマさんの声を発しながら溜め息をつくホトトギスさん。

 唖然としながらルアさんの隼さんと同じだと気付くと、ホトノーマさんはわたしを見上げる。


『で、モモカ。開放準備ができたって?』

「あ、はい。お休みのところすみません。週末には見頃を迎えるので明後日からしたいと思ってます」

『ん、わかった。ちょっと見てこよう』


 “よっこらせ”というように羽を広げたホトノーマさんは東塔に向かって羽ばたく。途中、なんでか鷹さんにタックルを食らわされた。


「まあ、良い目覚めにはなるだろ」

「あれって本人にも伝わるんですか?」

「あれは我らの分身だからな。攻撃されれば多少なりダメージは負う」


 呑気に頷いてますけど、それは護衛としてどうかと思います。

 そんなことを思っていると、黄薔薇部隊の人が麦茶が入ったコップを持ってきてくれた。氷も入っていて、カラカラな喉が回復する。

 けれど、笑顔のわたしとは反対にナナさんは目を細めていて、視線の先をたどると北庭園の出入口。そこで待ってる人を思い出す。


「ルアさん、呼んできましょうか?」

「……要らぬ世話だ」


 顔を見合わせたナナさんはムッスリしながら麦茶を飲む。わたしは眉を落とした。


「なんでルアさんが嫌いなんですか?」


 コップからナナさんが口を離すと、カランと氷同士がぶつかる音。遠くから子供達の笑い声が聞こえるが、わたし達の周りは静かに葉を揺らす風の音だけ。

 そこにナナさんの小さな声が届く。


「嫌い……ではなく、憎いのかもしれぬ」

「憎い?」

「いや、そう思っていた方が……楽なのだ」


 “嫌い”よりも重い言葉を発したナナさんは空を見上げる。

 ルアさんより深い青の瞳は揺れているようにも見え、小さく開かれていたわたしの口が動く。


「思っていたらって……ことは、本当は嫌いじゃないのに嫌いになろうとしてるってことですか?」

「……あやつを見たら殺意のようなものが芽生えるのは確かだ。気付けば矢を撃っておるしな」


 まさに前回撃ちましたね。

 何が原因でそうなったのか訊ねるがナナさんは瞼を閉じた。さすがにそれは教えてもらえないのだろうと麦茶を飲むと、サファイアの双眸がわたしを捉えているのに気付き、目を合わせる。


「あやつは、一家離散を招いたのだ」

「り、離散!?」


 まさかの話に飲んでいた麦茶を吹き出しそうになるも堪える。ル、ルアさんが離散……の、主犯?

 マイペースルアさんなら知らぬ間に何かしでかしてそうだと思うのは失礼でしょうか。ルアさんにも聞いて……答えてくれますかね。


 悩んでいるとホトノーマさんが帰ってくるのが見え、立ち上がったナナさんが手を差し出す。その手にホトノーマさんが着地した。


『待たせたな。薔薇に問題はない』

「良かったです」

『ただ、キルヴィスアのテントは片付けろ。ミスマッチすぎる』

「あ」


 すっかり忘れていた顔をすると、ホトノーマさんとナナさんは呆れたような顔。

 そうでしたそうでした、ルアさんのお家を置いたままでした。北庭園みたいに芝生が広がってる場所ならまだしも薔薇園にテントは変すぎますよね。


「す、すみません。戻ったらルアさんに話します」

『明日の正午前にまた行くから、それまでに片付けておけ。他に問題がなければ開放を許可する』

「わ、わかりました!」


 慌てて立ち上がると頭を下げ、麦茶を飲み干すと一人と一匹を見ながらまた頭を下げる。日本人の性です。


「それでは、ホトノーマさん。お休み中ありがとうございました」

『ホトノーマ……』

「ナナさんも麦茶、ごちそうさまでした」

「ああ。開放日を楽しみにしている」


 頷くナナさんに頭を上げたわたしは笑みを向ける。


「はい、お時間あれば遊びにきてください。今度は本物の黄薔薇をプレゼントしますね」

「ああ」

「それと……ルアさんのこと、本当は嫌いじゃないなら少しでもお話してください。血の繋がらない兄妹でも家族ですから」


 声を落とすわたしにナナさんは瞼を閉じる。彼女の肩に乗ったホトノーマさんはわたし達を交互に見るが何も言わない。


 私自身お義兄ちゃんがいて、一時期嫌われていたせいかギクシャクする気持ちはわかる。わたしの場合は無鉄砲に突撃しただけなので参考にはならないが、何事も会わないことにははじまらない。

 ルアさんもナナさんに嫌われているからと北庭園にさえ入らないが、ナナさんが本当は嫌いではないとわかれば少しは違うはず。離散の修復まではいかなくても、義兄妹の溝は埋まると思いたい。

 すると、瞼を開いたナナさんは大きな溜め息をついた。


「……挨拶程度はしてやろう。矢を撃ちそうになったら止めてくれ」

「は、はい! 任せてください!! 撃った時はわたしが犠牲になります!!!」

「『それはやめろ。我(私)はまだ死にたくない』」


 ナナさんとホトノーマさんが綺麗にハモッた。あれ?

 疑問符を浮かべながら急いで出入口に戻るとルアさんは剣を抜き、必死に鷹さんを追い払っていた。ついでにキレモードなのか荒い口調で叫んでいる。


「てっめぇ、いいかげんマジで散らすぞ!!!」


 どうやらナナさんというより、お義兄(ルア)さんにも問題大アリな気がしますね。関心ないようにも見えましたし。ともかく義妹側として“ルアお義兄さん”と言いながら止めに入ると、顔を青褪められた。


「やめて……なんかすっごい違和感」

「そうですか?」

「うん……俺が“モモカちゃん”って言う感じ……」

「ああ、確かに違和感ありますね。お義兄ちゃんを“グレイさん”とか“グレイ”って呼ぶみた……んきゃ?」


 瞬間、なぜか上空から鷹さんが墜ちてきた。

 床にぶつかる痛い音に駆け寄ると既にその姿は消え、ルアさんと顔を見合わせる。数分後、ホトトギスではない蜂蜜色の髪が跳ねた本物ノーマさんが現れ『なんかグレッジエルが倒れたとか報せがきたぞ』って……お義兄ちゃーーん!!?


 またまた急いで中央塔に向かうと、冷や汗を流す政治部男性から『ちょっと頭を冷やしてきます。捜さないでください。P.S.モモ、心配するな。お前が寝る頃には帰る byグレッジエル』の手紙を受け取った。


 ノーマさんといつの間にかいたナナさんは呆れた様子でエレベーターへ向かう。

 そしてルアさんも無表情で顔を青褪めるわたしを抱えると歩きだした……────お義兄ちゃん。







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