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07話*「ブラコン」

 大きな爆発音と爆風に煽られ、焦げ臭さと黒煙が中央塔ホールを覆う。

 けれど、熱くも苦しくもないことに目を開けると、金茶の髪が頬に当たった。つい、柔らかな三つ編みを触っていると頭上から笑い声が落ちてくる。


「あっははは。モモの木、愛情表現は灰くんがいないときにしてくれたまへ」

「す、すみません!」

「まあ、特に庇う必要もなかったようで残念だ。せっかく助けた礼にキスで「吊るし上げるぞ」


 遮った低い声に、屈んでいたキラさんは笑いながら抱きしめてくれていた腕を離す。

 彼の肩から顔を出して見えたのはニつの背中。左にいるグレイお義兄ちゃんが右手、右のルアさんが左手を翳し、火の粉も煙も遮る氷の壁と人々を護る風の結界を張っていた。

 そのおかげか、臭い以外は壁が焼け焦げただけで火も煙も消え、ざわついていたホールが落ち着きを取り戻す。


「やっぱ……デンジャラスな場所になったな」

「本城で起こすとはいい度胸だ……おいっ、どこからだ!?」

「だ、第一食堂です! 魔力の暴発があったと……」

「ヤツか……被害及び負傷者の確認を急げ! 規制線を張るのも忘れるな!!」

「はっ!」


 眼鏡を上げたお義兄ちゃんは氷の結界を溶かすと、指示を出しながら爆発のあった方へ歩き出す。見送っていると、キラさんが苦笑いしながら立ち上がった。


「まったく、人騒がせなものだね」

「ビックリしました。でも食堂って……ルアさん、わたしちょっと見てきて……ルアさん?」


 プラディくんが浮かんだわたしは『護衛』という彼に声をかける。

 けれどルアさんは口元に手を当て、爆発で焦げた壁を細めた瞳で見つめていた。それは戦闘中に見せた“怖い ”方で、無意識に彼のコートを握りしめる。


「ルアさん!」

「へ……あ、何?」


 大きく目を見開いた彼は“いつもの”表情。

 安堵しながらもコートを握る手を離せずにいると、キラさんが口を挟んだ。


「モモの木、どのみち規制線が張られてはしばらく入れまい。午後にしたまへ」

「で、でも……」

「うん……昼前には解除されるよ……慣れた犯人に食堂側も結界張ってるだろうし」

「んきゃ?」


 苦笑いするキラさんと一緒にルアさんも溜め息をついている。

 慣れてるって、早々爆発なんて起きないと思うんですけど……しかもそんな迷惑を起こす人の目星がついてるって、いったいどんな人なんですか?


「「『赤薔薇騎士ロッホロッサ』だよ」」

「ふんきゃーーーーっ!?」


 まさかのハモリに悲鳴を上げる。

 赤薔薇騎士って、つまりルアさんと同じ『虹霓薔薇』の団長さん!? なななななんでそんな人が爆発なんか!!?


 けれど気になるのはわたしだけなのか、二人は既に別の会話をはじめていた。

 置いてけぼり感を漂わせていると、東塔の渡り廊下から明るい茶髪のおかっぱに紫の瞳。白のベレー帽を被った男の子(?)が現れた。横切るその子に微笑まれたので同じ笑みを返すと、頭上からルアさんが顔を覗かせる。


「ふんきゃっ!?」

「悲鳴上げるほど……俺の顔って変か?」

「いいいいいえいえ! その反対で心臓に悪いです!!」

「反対……良いのに悪いのか? モモカ、医務室行くか?」


 片眉を上げたルアさんに上下に振っていた頭を横に振る。

 医務室行かなくてもわたしは正常です! だってイケメンさんのドアップなんて心臓に悪いでしょ!! 朝から刺激強いです!!!

 お義兄ちゃんとキラさんで慣れたと思いましたが、やはり違うようでしばらく時間かかりそうです。



* * *



「さっき……誰に笑いかけてたんだ?」

「んきゃ?」


 時刻は十一時過ぎ。

 薔薇園で咲きかけと開花していた薔薇を切っていると、手の平サイズの球体=水晶から水をだし、土に撒くルアさんに訊ねられる。誰のことかわからなかったが『俺とキラが話してた時』と補足され、男の子(?)を思い出す。


「知らない人でした」

「……知らないヤツに笑ってたのか?」

「東の廊下を使う人が少ないせいもありますけど、一番はその方も笑ってたからですかね」


 四つの塔と中央塔を繋ぐ渡り廊下は十階ごとに造られていて、東からは中央塔以外に北と南に行くことができる。でも、薔薇園の庭師が『魔病子』であるわたしだと噂が立ってからは式典と薔薇園開放中以外、あまり使われなくなってしまった。

 だからちょっと嬉しいですと話すと、水やりを続けるルアさんは一息つく。


「モモカは……知らないヤツとも……平気で話せるタイプか」

「そうですね。お義兄ちゃんには誰とも喋るなと言われているんですが、つい口と足が動くというか……でも誰ともなんて難しいですよね」

「モモカもモモカだけど……グレイもたいがいヤバイな」


 若干顔を青褪めたルアさんに首を傾げながら切った薔薇を持って立つと、中央塔を見上げる。そこで働く義兄を浮かべたわたしの頬はすぐ緩んだ。


「義兄妹でもわたしはお義兄ちゃんに構ってもらえて嬉しいですよ。最初は嫌われてましたから」

「へぇー……へっ!?」


 陽気な気分で水の入った洗面器に薔薇を浸けると、ルアさんが水晶を落とした。膝を折ったわたしは水が停まった水晶を拾うが、まだ水をかけていない土に水分が含まれているのに気付く。首を傾げていると、頭上からルアさんの慌てた声が落ちてきた。


「き、嫌われてたのか!? グレイに!!?」

「え? はい。一週間ちょっとぐらいは『うるさい』とか『付いてくるな』とか言われてました」


 珍しい大声に立ち上がると『こ~~んな眉を吊り上げて』と、自分の両眉を思いっ切り上に伸ばす。ルアさんは絶句といった表情で、苦笑いするしかない。


 四年前、はじめて会ったお義兄ちゃんはとても怖い人でした。

 夫婦はとても笑う人達なのに全然笑ってくれなくて、殆ど仕事で家にもいない。それでもわたしは見つける度にカルガモの親子のように後ろを付いていって怒られての繰り返し。お義兄ちゃんにとっては突然わけのわからないところからきた九歳も下の子供に困っていたんだと思います。


「いや……今じゃグレイが子ガモ……むしろストー……なんでもない」

「? 周りの人は怖いって言いますけど、一緒にいたらどれだけすごくて優しい人かわかりますよ」

「まあ……すごいのは認めるけど……優しい?」


 眉を顰めたまま水晶を受け取ったルアさんは水やりを再開する。わたしも洗面器の前に座り、水の中で枝を切りはじめた。


「優しいですよ。ちょっと不器用なところあるかもですけど……わたしにとっては自慢のお義兄ちゃんで大切な人なんです。他の人がお義兄ちゃん嫌いって言ってもわたしだけは嫌いになりません」

「……モモカってブラコン?」

「確かにお義兄ちゃん大好きですけど、他の兄妹と変わらないと……ルアさんには兄妹いないんですか?」


 切った薔薇を水揚げし、顔を上げるとルアさんと目が合う。

 でも、揺れる瞳と眉を落とした彼に『またやらかした!?』と固まった。水晶を停めたルアさんは後ろを向き、蔓薔薇に水を撒きながら小声で話す。


「全然……会ってないけど……いるよ」

「そ、そうなんですか」

「うん……一人は騎士団に入ってるから、モモカもどっかで会ってるかも」

「じゃ、じゃあ、今度から騎士様達の顔を見ながら歩きますね!」

「あんま俺には似てはないよ」


 苦笑いするルアさんにわたしは首を横に振る。

 こんなカッコイイ人の兄妹で似てないなんてないですよ! しかも『一人は』ってことは他にもいるんですね!! それはぜひ見つけたいです!!!


 が、その会話以降、水を捲く音と枝を切る音しか響かなくなった。

 なんてことでしょう、まさかの兄妹がNGワード。知らなかったとはいえ、今度こそ怒らせたのかと様子を伺うが、彼の瞳は遠くを見ているようでどんな状態かわからない。お義兄ちゃん、わたしに読心術を分けてください。


 困り果てていると太陽が彼の綺麗な琥珀の髪を輝かせ、その太陽()にキラさんを思い出す。手を止めると口が勝手にメロディーを奏でた。



*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*



 どこへでも行くよ オレンジの太陽と

 キミの笑顔を見つけに


 風がなびく 公園を過ぎさり

 遠ざかるのは僕とキミの距離

 追いかけて 追いかけて 何処までも

 その先には太陽が照らす


 どこまでも走るよ キミと一緒に

 繋いだ手を放さない

 此処に咲く花達は キミと同じ

 いつまでもオレンジの太陽のような


 キミが 大好き



*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*



 大きな風が薔薇園を過ぎ去る。

 後ろにまとめていた髪が崩れ、漆黒の長い髪が解かれると、ルアさんの瞳が大きく見開かれた気がした。


 振り向くと、水晶を停めた彼はわたしの前で膝を折り、視線を合わせる。

 その端正な顔に頬が熱くなるが、青水晶の瞳は“怖い”方で、心臓が嫌な音を鳴らすように跳ねた。身体も動かない。

 長い髪が彼にも当たっていると、大きな両手がわたしの頬を包み、小さな呟きが届いた。


「……黒」

「ルア……さん……?」

「……いや……とは……」


 呟きは本当にか細くて、ハッキリとは聞こえなかった。

 眉を上げたまま瞼を閉じた彼の手は大きくて指も長い。そして硬く、マメができた手の平は昨日護ってくれた証。でも、冷たい。

 動悸が激しさを増しながらも、どこか苦しそうな彼に胸が痛くなり、両手で彼の頬を引っ張った。


「いっただだだだ!」

「ルアさんもお肌柔らかいですね。お義兄ちゃんといい、ズルいんきゃ!」

「モモふぁの方が柔いだろ~!」

「わたしよりルアしゃんが~!」


 同じように引っ張るルアさんの頬をまた引っ張る。

 そんな彼の表情は“いつも通り”になり、一緒に笑っていると中央塔から正午の鐘が鳴った。自然と両手を離すとお腹の音も鳴る。


「昼食時間ですね……あ、そういえばわたし、お義兄ちゃんにお弁当渡すの忘れてました」


 同じ時間に出る時はホールで渡すのに、爆発騒動でスッカリポンポン。慌てて水揚げした薔薇をまた洗面器に浸けると立ち上がる。


「ちょっとお義兄ちゃんの所と食堂の様子を見に行ってくるので、ルアさんは先にお昼しててください!」

「……一緒に行くよ」


 同じように立ち上がったルアさんは指を鳴らすと水晶を浮かせ、まだ終わっていない薔薇の土に水を撒いていく。魔法、便利ですね。


「本業は護衛だし……一緒にいない方がグレイに怒られる」

「……わかりました。じゃあすぐ洗面器を置いて、リュック持ってきますね!」


 笑みを浮かべたまま背を向けると、呟きのような声が聞こえた気がした。



「モモカは……違う……抑えろ……」



 冷たい風に苦渋の表情を浮かべ、シャツを握るルアさんにも気付くことなくわたしは庭園を駆ける────。







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