正夢の君
明穂が今更ながら冬奈の異常に気付いたのは、それまでうたた寝していたからである。
「冬奈! どうしたの!?」
元々病弱な体で、肺に重い病を患っている彼女は、発作でも起こしたのであろうか。床に倒れこんで蹲っている。明穂は、一瞬でも気を抜いた自分を恨んだ。もう十六年間生きたとはいえ、いつ天に召されるかは分からないのである。
「誰か来て! 早く!」
金切り声で叫んだ。直後、ギィというドアが開くような音と、けたたましい足音が部屋の空気を蹂躙した。そして、冬奈の兄である星也が入って来た。
「明穂ちゃん、どうし――――‼ 冬奈……」星也は即座に妹の容態の変化に気付き、彼女の傍まで歩み寄ると、メガネを外して座り込んだ。
「いつからこうなった?」
「わ、分かりません……」
「そうか。とにかく携帯電話を……」
明穂は咄嗟に携帯電話を取り出し、気を効かせて開いて星也に渡した。星也は今までの素振りからは有り得ぬほどに落ち着いた手つきでそのボタンを押して耳に当てた。
「もしもし、救急です……はい、はい」
星也が会話している間、明穂の意識は徐々に遠ざかっていっていた。夢と現の狭間を彷徨っているような、そんな感覚に捉われてそこに浸っているうちに、現実は舞い戻って来た。
気付くと、覚えていた場所とは違うところにいた。
明穂は病院の丸椅子に腰かけ、俯いていた。彼女の前にはベッドがあり、そのベッドには冬奈が横たえられていた。
「えっ……」
ふと横を見ると、星也が冬奈を険しい目付きで見つめている。一瞬にして、彼女の容態が厳しい状態にあるのだと分かった。
担当医の説明によれば、彼女は危険な状態で、いつ死んでもおかしくない、とのことだった。書類に書かれた文面を撫でるその視線は、焦燥と苦悩が半分ずつ混じっていた。
「冬奈が……死んじゃうの?」
「大丈夫。大丈夫だ。助かるように祈ろう」
その声は、担当医と同じものであるような気がした。
十年以上、明穂と冬奈は知り合いであった。最初こそ喧嘩してはいたものの、何時の間にか仲良くなって、沢山の時間を共に抱くようになっていた―――――。
死んで欲しくない。目を閉じて安らかに眠る冬奈の顔を見て、そう祈りをかけた。手を合わせて目を瞑ると、沢山の情景が走馬灯のように走る。中学校の体育祭、自転車で坂道を下っていく瞬間、互いに顔を見合わせて怒鳴り合っている――――。明穂と冬奈が、共有していた時間だった。
その夜、病院に泊まり込んだ明穂は夢を見た。本当に、何の変哲もない夢を。
「御臨終です」
数日後、医者は、冬奈の顔に布を被せて短く、こう言った。今までの努力に相応する疲れよりも彼女の命を現世に留めきれなかったことに対する自虐の念が多く籠っていた。
「……」
星也は俯いて唇を噛みしめていた。明穂は、冬奈の死を受け入れられなかった。目の前の世界の時間が止められたような感覚を覚えた。祈りは、届かなかったのだろうか。
葬儀は、家族のみで執り行われたらしい。明穂は参加しようとも、したいとも思えなかった。冬奈の母が、特別に明穂を呼んだが、それも断った。その日、彼女は部屋に閉じこもって毛布にくるまっていた。陽の目を見ようとさえ思わなかった。
祈ったはずなのに、死んで欲しくないって念じたはずなのに、どうして――――‼
時間が刻々と過ぎていく中、彼女はあの夢のことを徐々に思い出すようになっていった。
数年の歳月が経った。女性は灰色の墓石の前に佇んでいた。携えてきた花を鉢にさし、清酒を墓石にかける。女性の親友が、墓石の下で眠っている。女性はその墓石を撫でながら、届かない声を優しくかける。
「ねぇ、冬奈……私ね、あの時夢を見たんだよ」
女性の目は、上向きの凸で歪んでいた。傍から見たその姿は、泣きそうには見えなかった。しかし、数瞬後には頬で光が一筋、瞬いていたのも事実である。
「貴方は死んじゃうけど、蘇えってまた元通りに過ごせるの……おかしいよね。死んじゃったら、蘇えるはずがないのに……」
女性の口から嗚咽が漏れることはなかった。ただ滔々たる涙を流し続けていたのみであった。
溢れる涙を抑えるかのごとく、女性は目を瞑った。瞼が視界を邪魔するというのに、彼女の視界は眩い光で満ち溢れていた。その耳に、脳に、心に、忘れることのできない声が柔らかく響いた。
「明穂……」
知り合いが見るかもしれぬので後書きのテンションも彼等に合わせておきましょう。
なんか真っ暗なお話になっちゃったんだぜイエーイ←←
正月にこの小説のURL年賀状に書いて知り合いに送ろうとか思ったんだが……何だこれ、正月早々からこんな憂鬱感漂う小説読ませちゃっていいのかオイ(ェ




