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22「強化プラン」

 どうぞ。

 風呂に入っていると、トラが声をかけてきた。


『ナギサのやつが出てきよったぞー。どうやらできたようじゃ』

「ああ、ありがとう! もうすぐあがる」


 手早く風呂から出て、身支度を済ませる。ちゃぶ台の前に丸一日以上見なかったナギサが座っていて、ちょっと眠そうにしていた。


「……かかりっきりだったのか?」

「ん。寝てるときとごはん以外、ずっと」


 文字通りのかかりきりだったようだ。ありがとう、とねぎらいつつ「それで」と尋ねる。


「どんなふうになったんだ?」

「ふつうの武器みたいに強化できる。あと、スロット開けた」

「なるほど……いっきにふたつ解放してくれたんだな」

「ん。がんばった」


 単純に性能を上げる「強化」は、すべての探索者にとっての必須タスクだ。何を倒しても手に入る基本素材「世界元素」、それから指定されたもう一種類のアイテムを消費すれば、基礎性能を倍近くまで伸ばせる。毎度の修繕費に追われる探索者にとって、ひとつの武具と長く付き合って新規購入の回数を減らすのは当然のことだ。どのくらい武具を強化しているかが探索者生命を分け、収入を上げられるかの目安にもなる。


「スロット、ふたつか……すごいな」

「具体的には何ができるんじゃ」

「スロットは、スキルを強化できる〈インクルージョン〉って宝石をはめ込める穴なんだ。ふたつあるってことは、スキルふたつを強化できるってこと」

「ほほう。〈格納庫〉はわしがおるから上がるじゃろうが、ほかはどうする」

「武器についてるスキルの方かな……。〈盛衰往路〉はスキルレベルがないし、あったとしても熟練度が溜まるほど使いまくるつもりはないよ」

「それはそうじゃのう。養えても四、五人というところじゃろうし」


 スロットの開いた装備は、本体性能が多少残念だろうと、割高で引き取ってもらえる。スキルの威力や精度が上がることは、それほどに重要なのだ。インクルージョンに込めるスキルは各自で設定できる、という点もありがたい。


「ん。使い勝手から、考えて」

「なら、答えは出たようなもんだな」


 大太刀を使っていて分かったのは、やっぱり武器の扱いは一朝一夕では身に付かない、ということだ。刃の長さに対して柄の短さの対比がすさまじいので、重量の偏りがものすごいことになっている。振り回すのは大変だし、フルスイングでぶつけるのがやっと、といったところだった。


 三つある〈裂晶〉〈三爪〉〈流刃〉のスキルのうち、捨ててもいいものはひとつもない。ただ、それぞれの性質を考えたときに、強化しても仕方ないものはある。〈裂晶〉は継続ダメージと追加ダメージ、〈三爪〉は刃の数を増やすこと、〈流刃〉は刃の変形と操作――もっとも強化すべきは〈流刃〉で間違いない。


 防御手段としてほぼ完璧で、どんな攻撃にも柔軟に対応できる。仮に銃弾が殺到したとしても、刃の形をやわらかく丸いものに変えて、難なく受け止めることができてしまう。スキルレベルごとに変形速度や操作性が増していくなら、わずかずつでも外付けでも、伸ばしていくのが吉だ。


「宝石と言ったが、値段の方はよいのか?」

「きれいなだけで単なる石ころだし、取れる数も多いから。いいアイテムでも、一回の挑戦で何十個って取れるなら値崩れするもんだよ」

「ん。なら、すぐ買える」

「持ってるけどね。高くは売れないから、余りは売るつもり」


 もうひとつは〈裂晶〉でいいか、とスキルの効果を見ながら考える。切り結ぶほど敵に蓄積し、ある一定の閾値を超えると致命的なダメージになる。ひたすら耐え忍ぶ俺の戦闘スタイルに、必殺技を与えてくれる手札だ。〈三爪〉を強化して刃の数、防御手段を増やすのもいいが、攻撃手段の不足は変わらない。ならば、一撃の威力を上げた方がマシだろう。


「じゃあナギサ、いっぱい食べてゆっくり休んでくれ。ありがとな」

「ん。トラと寝る」

「添い寝じゃな、構わんぞ」

「んふふー。うれしい」


 覆いかぶさるようにほっぺをぐりぐり押し付けつつ、ナギサはうきうきで〈格納庫〉に入っていった。上機嫌な二人に手を振って、俺は自分のやるべきことに戻る。一度も苦戦はしていないが、そもそも苦戦をする方が間違っている。探索者も仕事のひとつなのだから、続けられなくては困るのだ。世の中には離職率の高い仕事や、死ぬことを織り込み済みにした違法アルバイトなんかもあるらしいが……まっとうに就職できなかったとはいえ、そんなところまで行き着くつもりはない。


「めちゃくちゃ戦いまくっててよかったな。インクルージョン、売るほどある」


 今回の探索では、アイテムはほとんど落ちていなかった。倒した数はかなり多いはずなのだが、インスタンスダンジョンでは経験値の方に比重が傾いているようだ。そのぶんボスドロップはかなり高額で売れたので、懐は温かい。


「死人由来のアイテム、ぜんぜんないな……。アンデッド素材……?」


 端末でささっと検索してみると、アンデッドの素材はコアや骨、それに身に着けていた衣服や武器らしい。当然の話だがどれもボロボロで、衣服は燃料、武器も鋳溶かして使うのが常識なのだそうだ。


「あんないい装備だったのに、なんにも落ちてないのか……。劣化しても、けっこう品質よさそうだったのになあ」


 生前から劣化して、ドロップアイテムとしてさらにグレードダウンするのは知っている。しかし、きっちり強化を繰り返したように、ゴージャスに輝いていたあの武具が――という未練は消えない。あれだけたくさん倒したのだから、レアでなくとも通常ドロップくらいあっていいはずなのだが、結果はゼロだった。


 未練がましかったせいか、俺は強化ギャンブルを三割くらい失敗した。

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