99. 視聴者からの鍍金承ります(後)
―――とは言いつつも。
妖精にコメントを読み上げさせるのとは違い、直接シズの元へ『鍍金』の依頼をしに来るとなれば、『配信』に顔が出るのを嫌がる人は多いと思うから。
ぶっちゃけ、視聴者の人が誰ひとり来なくてもおかしくはない―――と、シズはそのように考えていた。
まあそれならそれで、いつも通り3時間だけ霊薬の調合をしながら、視聴者の人達と雑談して時間を潰せばいいかなと。楽観的に考えていたというのもある。
けれど、そんなシズの予想に反して―――。
1人目のお客は、割と受付を開始してすぐにやってきた。
「お」
シズのすぐ近く、斜め前の方向に光の粒子が集まっていく。
それは初めて見る光景だったけれど。何となく―――誰かがこの場所に『転移』してきているのを示す演出であることが、シズには理解できた。
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○実績『押し掛け恋人』を獲得しました!
報酬として異能《恋人送還》を獲得しました。
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それを裏付けるように、変な名前の実績が手に入る。
『押し掛け恋人』……。『押し掛け女房』の親戚か何かだろうか?
「こんにちはー」
充分な量集まった光の粒子が、人の姿へと変化する。
たった今この場所へ転移してきたと思われるその女性が、率先してシズに向けて挨拶をしてきてくれたので。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
シズの方からもまた、笑顔で挨拶をすることですぐに応えた。
転移してきた女性は、白地をベースにして赤いラインや紋様が幾つも入った和装を身に付けた―――判りやすく言えば『巫女服』に似た衣装を着た女性だった。
歳はシズよりも少し上で、多分18歳ぐらいの女性だろうか。
《えっちな巫女お姉さんが来たぞ!》
《なんてこった! えっち巫女お姉さんは実在したんだ!》
その女性の姿格好を見て、俄に盛り上がり始める視聴者たち。
まあ、盛り上がる理由は判らないでも無かった。この巫女服のお姉さん、年齢はシズとそこまで変わらなそうなのに―――随分と胸が大きいのだ。
豊満な女性が着てる巫女服って、何だか独自のえっちさがあるよね。うん。
「鶴子といいますー。いつもシズさんの『配信』楽しく拝見してますよー」
「あ、鶴子さんは存じてます! いつも『調合レシピメモ』をありがとう!」
「あら、名前覚えて下さってるんですねえ。嬉しいわあ」
メールでシズの元に『調合レシピメモ』を贈ってきてくれるプレイヤーは、全部で大体100人ぐらいいる。
もちろんそうした人達の名前を全て、シズは記憶しているわけだけれど―――。
そうした人達の中でも、断トツで沢山の『調合レシピメモ』を贈ってきてくれているプレイヤーが、いま目の前にいる『鶴子』という人だ。
おそらくシズは彼女ひとりから、既に20枚以上は『調合レシピメモ』を貰っているような気がする。
―――それぐらい、普段からとてもお世話になっている相手だ。
もちろんメモのお礼として発送している逸品霊薬のセットを、過去に最も多く送りつけた相手もまた、目の前にいる彼女に他ならない。
「メモは本当に助かってます、ありがとう。
ただ……投げ銭のほうは心臓に悪いので、程々の金額にして頂けると……」
「あらあら、ふふ。そう言われてしまっては仕方がありませんね」
シズの言葉を受けて、くすくすと可笑しそうに笑ってみせる鶴子。
鶴子は過去に、シズの『配信』に対して『¥50000』という高額の投げ銭を行ってきたことが2度ある。
18歳未満のユーリ達は、最大でも『¥10000』までしか投げ銭を行うことが出来ないようになっているらしいけれど。鶴子は既に18歳に達しているので、その制限には掛からないわけだ。
……正直、人様から5万円なんて大金を頂くというのは、精神的にかなり重たいものがあるから。
なるべくやめて欲しいとは、常々思っていたのだ……。
「私も別に、シズさんの嫌がることをしたいわけではありませんから。そういうことでしたら次からは、ユーリさん達と同じ『¥10000』にしておきますね」
「あ、はい……」
シズの本音としては、¥10000の投げ銭でも充分重いのだけれど……。
とはいえ、そちらはユーリ達から普段よく受け取っている金額でもあるだけに。その金額も駄目―――とまでは、鶴子に強く言えないものがあった。
「……って、すみません。鍍金の為に来て頂いたんですよね」
「ふふ、そうでした。私はシズさんとの歓談だけでも大歓迎ですよ?」
そう言ってくれるのは嬉しいけれど。わざわざ来て貰ったのだから、やるべき仕事はちゃんと果たしておきたい。
シズが「何の武具に鍍金をしましょうか?」と問いかけると、
「では、こちらの武器に鍍金をお願いできますかー」
そう告げて鶴子がシズの前に差し出したのは、2振りの刀だった。
いわゆる本差と脇差―――武士が身に付ける大小2本のセットで、どちらも立派な拵えが施された鞘に収まっている。
結構な名刀であることは、抜刀するまでもなくすぐに判った。
「もしかして、鶴子さんは〔侍〕なんですか?」
「そうですよー。〔侍〕で〔鍛冶職人〕なので、イズミさんと全く同じですねー」
「な、なるほど……」
イズミと『同じ』と言われても……。
正直イズミと鶴子では、どうしても心の中で印象が結びつかないものがあった。
イズミは小柄な体躯をしていて且つスレンダーで、一方の鶴子は長身のお姉さんであり女性らしい豊満な体形をしていて……。
女性としてあまりに違いすぎるものだから。これでは印象が結びつかないのも、致し方無いことだと思うのだ。
「えっと―――何の錬金特性を付与しましょうか?」
「何でもいいですー」
「……え。何でもいいんですか?」
「はい。シズさんが私に良さそうだと思うものを、付与して貰えますかー?」
「わ、判りました」
そういう注文は予想外だったけれど、別に駄目ということもない。
訊いてみたところ、鶴子は普段ソロで常に狩りを行っているそうだ。
それなら、ソロで役立ちそうな錬金特性を付与するのが良いだろう。
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虚ろ鵺/品質[95]
物理攻撃値:62 / 魔法攻撃値:9
装備に必要な[筋力]:65
【鍍金付与】:HP自動回復+10(▲あと約239時間後に消滅)
:MP自動回復+10(▲あと約239時間後に消滅)
闇属性の魔石を混ぜることで、魔法攻撃力を持たせた刀。
非実体系の魔物にもある程度の手傷を負わせることができる。
- 鍛冶職人〔鶴子〕が製作した。
- 錬金術師〔シズ〕が鍍金付与を施した。
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―――というわけで、鶴子から預かった『本差』に鍍金を施した品がこちら。
付与した錬金特性は〔生命回復Ⅰ〕と〔魔力回復Ⅰ〕の2つ。
それぞれ5分に1回まで、装備者の『HP』や『MP』を自動的に『10』点だけ回復させる効果がある。
ソロ活動が主体なら、回復の手間を減らせて役立つ場面も多いだろう。
預かった『脇差』のほうにも、全く同様の鍍金を施す。
これで本差しを抜刀している時と脇差を抜刀している時、それぞれのタイミングで5分に1度ずつ『HP』や『MP』を回復できることになるから、上手く扱えば回復頻度は2倍まで増加する筈だ。
「わぁ……。ありがとうございます、これはソロには嬉しいですねー」
「気に入って貰えたなら、何よりです」
代金として『20000gita』を鶴子から頂戴する。
付与が完了した大小2本の刀を腰に提げた鶴子は、『工房』の個室から出る際に、嬉しそうに「また効果が切れる頃に来ますー」とシズに言ってくれた。
「是非お待ちしてます」
継続して利用しようという一言ほど、職人として嬉しいものはない。
どうやら彼女は、職人を喜ばせる術を熟知しているようだ。
鶴子が『工房』から居なくなると―――程なく2人目の客が『工房』へと転移してきて、鍍金の注文をしてくれた。
2人目が居なくなれば3人目、3人目が居なくなれば4人目と、ひっきりなしに視聴者のお客さんが来てくれて、シズは思いのほか繁盛している気分になる。
結局『工房』に籠っていた3時間の間、お客さんが途切れることは無かった。
錬金特性は大量に消費してしまったけれど―――充分な額の収入を得ることができたし、視聴者の人とこうして直接交流する機会を持つことができたのは、シズにとっても非常に嬉しい体験だった。
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お読み下さりありがとうございました。




