42. 〔操具師〕の果たすべき役割
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お昼ご飯にはお好み焼きを作って食べようと思う。
昨日スーパーで売られているパック詰めされた千切りキャベツに、半額シールが付いているものがあったので、これ幸いと購入しておいたのだ。
お好み焼きはキャベツさえあれば、あとは日持ちする材料だけで手軽に作れてしまうから、一人暮らしの身の上にはとても都合が良い。
冷凍庫に使い切れず余らせていた豚肉が少し残っていたことを思い出し、それを電子レンジに掛けて解凍していく。
その間に大きめのお椀の中に薄力粉を入れて、粉末のだしもちょっとだけ加え、水も投入してからよく混ぜる。卵も1個割り入れてから更に混ぜる。
そこに1パック分の千切りキャベツを丸ごと投入。
値引きされているものは当然鮮度が落ちているわけだけれど、お好み焼きにしてしまえば違いなんてどうせ判らない。腐ってさえいなければ良いのだ。
解凍が完了した豚肉を小さめにカットしてから、これも投入する。
冷凍庫から保存容器を取り出し、そこから天かすも投入。天かすはもともと日持ちするものだけれど、一人暮らしの場合は冷凍するほうがお勧めだ。使うときにも解凍したりせず、そのまま投入するだけでいい。
最後に、全体に空気が入るよう意識しながら掻き混ぜれば、これでお好み焼きの生地がもう完成する。
あとはフライパンに広げて、中火で焼くだけ。
美味しく焼けるまでには結構時間が掛かるけれど、途中で1回引っ繰り返す必要がある他は、ずっと放置で良いから大した手間ではない。
焼き上がったらお好み焼き用のソースを塗り、その上から小分けパックの鰹節を1パック分散らしたら完成。
マヨネーズは冷蔵庫にあるけれど、今回は使わないことにした。
雫はわりとソースだけのお好み焼きも好きなのだ。別にマヨネーズが嫌いなわけでは無いけれど……ソースだけのほうが、鰹節が美味しい気がするんだよね。
個人の感想と言えば、それまでだけれど。
食べ終わった後は、洗い物を手早く済ませて。
それから、再び『プレアリス・オンライン』にログインした。
ゲームの再開地点は、もはや定位置となりつつある錬金術師ギルドの建物正面。
まあ、午前中いっぱい霊薬を調合していたのだから、これは仕方ない。
とりあえず、すぐにシズは意志操作で『配信』を開始する。
《おかえり~》
《おかえりなさいませ、お姉さま!》
《午後もまた水球にヒールベリーを突っ込む仕事が始まるお……》
《休日出勤・午後の部の開幕ですな!》
シズが『配信』を開始してから1分も経たないうちに、視聴者から寄せられたコメントを妖精が読み上げ始めた。
「うるさいやい。夜にまた調合はするかもしれないけれど、とりあえず昼間はもうしないよ。まずは新たに作るより、注文を受けた分を発送しないとね」
午前の『配信』の最中に、シズのフレンドは285人まで増えた。
更にその内の74人が『親しい友達』に、44人が『恋人』になっているのだけれど。この合計118人の内、ユーリを除く全員から霊薬の注文が届いている。
ゲームを始めてからの1週間、かなり精力的に霊薬を作ってきたつもりだから。全部で1170本の注文なら、かろうじて備蓄分の放出だけで足りそうだ。
ただ、残念ながら天擁神殿のマーケットへ預託出品する程の余裕までは無さそうだけれど……。こればかりは仕方がないよね。
「すみませーん」
森都アクラスの中央広場まで移動した後に、シズは噴水の近くで露店を開いて、飲料を売っているお婆さんに声を掛けた。
現実のほうで食事を摂り終えたばかりだからだろうか。なんとなく、何かを飲みながらゆっくり寛ぎたい気分になったのだ。
「おお、いらっしゃい。どれにするかい?」
「あ、コーヒーがあるんですね。冷たい方でお願いします」
「だいぶ暑くなってきたもんねえ。カップ1杯で7gitaだよ」
露店のメニューの中に『コーヒー:アイスまたはホット』という記述があったので、シズは迷うことなくアイスコーヒーを注文して代金を支払う。
ミルクも砂糖も付属しないみたいだけれど、もともとブラックで飲むことのほうが多いから問題ない。まさかゲーム内でアイスコーヒーが普通に飲めると思っていなかったから、ちょっと嬉しい気分になれた。
ちなみに商品は、氷が沢山入った木製のカップの中に、熱い珈琲を注いだ状態で手渡された。
一緒にマドラーも渡されたので、あとはクリームダウンが起きないように自分の手で撹拌し、充分に急冷してから飲めということだろう。
ちなみにカップは安物なので、返却しても、そのまま貰ってもいいそうだ。
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コーヒー/品質[40]
【カテゴリ】:飲料(調理品)
【品質劣化】:-2/日
【飲食効果】:[知恵]+1(3時間)/満腹度+1
焙煎したコーヒー豆を挽いた粉末を用いて淹れた飲み物。
コーヒー豆は赤道に近い国家でのみ生産される作物だが、
ドロップする魔物が世界中に棲息するため、地域を問わず飲まれる。
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(へえ、コーヒー豆って魔物がドロップするんだ)
噴水の縁に腰掛けて、マドラーを勢いよく掻き混ぜながら。
なんとなく眺めてみた商品の詳細情報に、シズは少し驚かされる。
《コーヒーを魔物が落とすのか。面白いな》
《世界のどこでも飲めるんは、良いことやね》
視聴者の何人かが、シズと全く同じ感想を口にしてみせる。
どうやら視聴者の側でも、アイテムの詳細情報は閲覧できるらしい。
コーヒーノキの露地栽培が可能なのは、北緯25度から南緯25度の間ぐらいの地域だけに限られる。いわゆる『コーヒーベルト』というやつだ。
でも、このゲーム内の世界では魔物からも産出する。
なんとも不思議な話だけれど、そのお陰で現実で言えばアイルランド相当の位置にあるこのファトランド王国でも、安価に流通しているんだから有難いことだ。
「あ、美味しい」
マドラーを充分に掻き混ぜてから、ようやく冷えたアイスコーヒーに口を付けてみると。冷たい中に澄んだ酸味が感じられて、わりとシズ好みの味がした。
味わいだけで言えば、モカのアイスコーヒーに近いかもしれない。
とは言っても、アイスにした場合でも強く感じられるモカ独特の香りが全然感じられないから、これは全く別種の豆なんだろう。
アイテムの情報欄は単に『コーヒー』という名称になっているみたいだけれど。豆の種類や、ホットかアイスかなどは、アイテム上で区別されない要素なんだろうか。
コーヒーは飲んでもHPやMPが回復しないみたいだけれど。代わりに[知恵]の能力値が1点だけ一時的に増加する効果があるようだ。
効果量自体は小さいけれど、『3時間』も持続するというのは嬉しい。
『プレアリス・オンライン』では、一時的に能力値などを増加させるバフ効果が得られる消費アイテムが、大きく分けて3種類ある。
―――『霊薬』と『薬品』、そして『料理』の3つだ。
この3つだと最も大きい効果量を持つのは『霊薬』になる。
例えば、錬金術師が調合する『俊足ポーション』という霊薬は、飲むだけで一時的に[敏捷]の能力値が『15』近くも増加する。
もちろん調合の際に〔敏捷増強Ⅰ〕の錬金特性を注入すれば、更に[敏捷]の増加量を高めることも可能だろう。
但し『霊薬』は効果が大きい分、持続時間が短い傾向がある。
『俊足ポーション』なら、効果はたったの10分間しか持たないのだ。
ところが調理師が[敏捷]が増加する料理を作ると、効果が大体3~6時間、長い場合だと丸1日持続することもあるという。
その代わり効果は小さくて、[敏捷]は『3』程度しか増えないらしい。
薬品は霊薬と料理の間ぐらいの性能で、[敏捷]が『7』ぐらい増える効果が、およそ30分から1時間ほど持続するそうだ。
つまり一概にどれが良いというわけでもなく、それぞれ一長一短があるわけだ。
ちなみに[敏捷]が増加する『霊薬』を2つ飲んでも効果は重複せず、より強力な側だけが反映されるらしいけれど。
[敏捷]が増加する『霊薬』と『薬品』、そして『料理』の3つを併用した場合には、それぞれが同時に効果を発揮して重複加算されるらしい。
だから〔操具師〕のシズとしては能力値を増やす『霊薬』と『薬品』、『料理』の3種類全てを揃えておき、能力値を常に底上げできるようにしておくのが理想形なんだろうと考えている。
それらのアイテムを駆使してシズの能力値を上げれば、その効果がパーティを組んでいる仲間全員の強化に繋がるからだ。
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〈☆効能伝播Ⅰ〉
【霊薬】・【薬品】・【食料】・【飲料】のアイテムの効果を
付近のパーティメンバーにも『10%』だけ分け与える。
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現在の〈☆効能伝播〉スキルだと、アイテム効果の『10%』分だけしか仲間に反映されないけれど。
スキルランクを最大の10まで伸ばせば、この割合が『100%』まで強化されるんじゃないかと思っている。
もしそうなら、シズがアイテムから得た効果をそのまま仲間全員に与えることができるわけだから、効果としては非常に強力だ。
『能力強化アイテムを揃えて味方の能力値を引き上げる』のと、『回復アイテムを揃えて味方のHPとMPをひたすら回復させ続ける』こと。
結局のところ〔操具師〕のシズに果たせる最大の役割は、この2つなんじゃないだろうか。
(このアイスコーヒー、10個ぐらい買い込んでおいても良いかもなあ)
[知恵]の能力値はシズにとってもユーリにとっても、あまり重要ではないけれど。それでも完全に無駄な能力値なんてものは無い。
たった『1』点だけの[知恵]増加ではあるけれど、1杯7ギータのアイテムで味方全員にこの効果を与えられるなら、充分に悪くない気がする。
―――そんなことを考えながら。
シズがアイスコーヒーを飲み終えた、まさにその時のことだった。
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△『アイスコーヒー』を飲みました。
シズの[知恵]が3時間に渡って『11』増加します。
シズの満腹度は『0』のままです。
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「………………へっ?」
ログウィンドウをぼんやり眺めていたシズの口から、思わず間抜けな声が出た。
アイテムの情報では[知恵]の増加量は『1』だけだった筈で―――。
「………!」
慌ててシズは、自身が修得しているスキルの一覧を視界に表示させて。
その中から〈○食養術〉スキルの詳しい情報を表示させた。
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〈○食養術Ⅱ〉
【食料】や【飲料】カテゴリのアイテムを摂取した際に
最終的に発揮される効果量を『10』増加する。
また摂取時の満腹度増加を『2』軽減する。
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「うわぁ……」
確かに、どこにも『HPとMPの回復量だけ増加させる』とは書いていない。
つまり―――〈○食養術Ⅱ〉スキルによるアイテム効果の向上は、HPとMPの回復だけに留まらず『能力値の増加』にまで及ぶというわけだ。
「すみませーん」
噴水の縁から立ち上がったシズは、つい先程アイスコーヒーを購入したお婆さんに、再び声を掛ける。
「どうしたんだい? ああ、飲み終えたカップを回収しようか?」
「あ、はい、どうぞ。えっと―――ところで、コーヒーってテイクアウト用の容器に入れて貰うことって、出来たりしますか?」
「ちゃんと準備してあるよ。幾つ持って帰りたいんだい?」
お婆さんが、そう言いながらどこからともなく蓋付きの容器を取り出した。
容器代が加算されるので、売値は1杯あたり10gitaになるらしいけれど。
―――もちろんその程度のことは、今のシズにとって些末な問題だ。
「ホットコーヒーを買えるだけ下さい」
「……は?」
「ホットコーヒーを、買えるだけ下さい」
「………………いま手持ちで売れるのは、40杯ぐらいが限界かねえ」
「じゃあそれでお願いします」
「……わ、わかったよ。準備するから、ちょっと待っとくれ」
一切躊躇することなく400gitaを差し出したシズを見て、すぐに本気の注文であることを察してくれたのだろう。
お婆さんは慌てながらも、慣れた手つきで飲み物を用意してくれた。
ちなみにアイスではなくホットのコーヒーを注文したのは、アイスだと氷が溶けきってしまうと、薄味になるのが判りきっているからだ。
強化アイテムだと割り切るなら、ホットコーヒーを冷まして『熱くも冷たくもない飲み物』にしてしまう方が、戦闘中でも飲みやすくて良いだろう。
コーヒーって別に、冷めても普通に美味しいしね。
状態が保存されない『インベントリ』の中に収納しておけば、1時間も経たずに常温へ戻り、飲みやすくなる筈だ。
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お読み下さりありがとうございました。




