175. 試練の森(後)
イベン島で最も強い魔物のレベルは『30』だと聞いている。
油断できない相手なのは間違いないけれど―――とはいえ4体ぐらいなら、まだ充分に対処が可能だろう。
―――そう思っていたのだけれど。
ユーリの警告から10数秒ほど経って、ようやく視認できる距離まで詰めてきた魔物の姿を見て。思わずシズは、その場で軽くたじろいだ。
「ヒッ」
プラムの口からは、小さな悲鳴のような声まで上がる。
無理もない―――ユーリたちの背丈と同程度の大きさがある『蜂』の魔物の姿というのは、それほどに少女たちに恐怖感を抱かせるものだったからだ。
そもそも、リアルな造形を保ったまま『蜂』のような昆虫が巨大化している姿というのは、もうそれだけで結構怖いものがある。
正直を言えば、ゾンビとかスケルトンとか、まだホラー定番のそっち系の魔物のほうが、恐怖感的にはマシかもしれないとさえ思えた。
「レベルは『30』のようです。聞いていた通りですね」
「うむ、警戒が必要だろうね」
シズやプラム、そしてユーリの3人が軽く恐怖に怯んでいるのとは対照的に。
コノエやエリカは割と平気らしく、淡々とした口調でそう語っていた。
イズミもまた、涼しい顔で4体の巨大な蜂を見据えている。
パーティ唯一の前衛であるイズミが平然としているのを見て、シズは軽く安堵の息を吐いた。
もしイズミが蜂に恐怖を抱いていたなら、この時点でパーティが決壊していてもおかしく無かったからだ。
(―――いつまでも臆してはいられない)
そう勇気を奮い立たせて、シズは蜂の魔物にクロスボウの狙いを定める。
この魔物の名は『キラービー』。多分そのまま『殺人蜂』という意味だろう。
攻撃性の高い魔物で、旅人や行商人に被害をもたらすことがある。
それも怪我だけで済むことは殆どなく、大抵は名前の通り、被害者を死に至らしめるらしい。
凶悪な魔物なので、討伐するとギルドから結構な額の報奨金が出ると、以前『掃討者ギルド』で副ギルドマスターを務めるサラから聞いたことがあった。
もっとも、このイベン島には『掃討者ギルド』が存在しないから。討伐しても、多分報奨金が貰えたりはしないのだろうけれど。
シズが『クレインクイン・クロスボウ』から放ったボルトは、狙った頭部から少しずれて、キラービーの胴体部に突き刺さった。
クロスボウを持たせている2体のスケルトンが撃ったボルトもまた、片方は胴体に命中し、もう片方は完全に外れてしまう。
空中を飛ぶキラービーの動きは、アイランドウルフほど素早いものでは無いのだけれど。真っ直ぐには飛ばず、ふらふらと不安定な機動をする傾向があるせいで、非常に頭部を狙いづらいのだ。
これなら最初から命中だけを重視して、胴体を狙う方が賢明かもしれない。
もっとも、頼りにならない射撃の腕を見せるシズやスケルトンとは、格の違いを見せつけている子も1人だけ居る。
―――コノエだ。彼女が充分に引き絞って放つ鋭い矢は、蜂の眉間のド真ん中に深々と突き刺さる。
もちろんレベル『30』の魔物だけあってタフなようで、頭部への射撃1発だけで倒せるわけでは無いけれど。
それでも、簡単に魔物のHPを半分近く奪っているのだから驚きだ。
キラービーはアイランドウルフと違って、射撃されたからといって機動が素早くなったりはしないようだ。
なので、とりあえず〈操具収納〉に収納しているボルト装填済のクロスボウを、シズは4連射して追撃する。
全てキラービーの『胴体』を狙って撃ち―――今度は逆に、最後に放った1射が偶然にも魔物の頭部に命中した。
クレインクイン・クロスボウは威力が非常に高い弓なので、頭部に命中すると凄まじいダメージを叩き出す。
シズが行った4度の射撃により、既にHPを半分以上減らしていたキラービーに対するトドメの1射となり―――あっさり1体のキラービーが、光の粒子になって溶け消えた。
(これなら、アイランドウルフよりは倒しやすいかも)
早々に1体を始末して、シズはそう感想を持つ。
少なくともキラービーには攻撃が命中するのだから。その時点で、回避モードに入るとまず当たらないアイランドウルフよりは、ずっと相手にしやすい。
今回のように、都合よく頭部への射撃が発生しなかったとしても。クロスボウを持たせた2体のスケルトンと攻撃対象を示し合わせれば、それだけで戦闘開始直後に1体の魔物を安定して排除することができるだろう。
「―――【魔力弾】!」
今度は武器を『魔術師の杖』に持ち替えて、魔術の有効性も確認してみる。
【魔力弾】の魔術によって生み出された3発の誘導弾は、いずれもキラービーの1体に速攻で命中し、なかなか有効なダメージを与えていた。
続けて、今度は武器を『清き三精霊の杖』に持ち替えて【炎上弾】の精霊魔法も撃ち込んでみたところ、こちらもあっさり命中し、魔物を激しく炎上させた。
魔法の威力自体はシズの[魅力]が低いこともあって、大して強力でも無いのだけれど。敵に状態異常を与える力は、術者の[加護]の能力値が高ければそれだけ強力なものとなる。
[加護]の方ならシズはしっかりと伸ばしているから―――キラービーの身体はそれはもう、大変によく燃えた。
しかも燃えている間は、キラービーの身体が空中に浮遊したまま、殆ど動かなくなったものだから。前衛のスケルトン達が鎚矛でボコボコにしたことで、あっさりキラービーの身体が光の粒子へと変わる。
どうやらキラービーに『炎上』の状態異常は、かなり有効らしい。
―――という感じで、自分たちよりもレベルが高いキラービーを相手にしても、シズたちは呆気なく勝利することができた。
やっぱり、前衛を務めるイズミの安定感が頼もしい。
空を飛ぶ魔物を相手にするのはとても大変なことの筈なのに。結局彼女は複数のキラービーを相手にしていても、ただの一度さえ攻撃を受けることは無かった。
「ありがとうございました、シズ姉様。助かりました」
「いや、助かったのは後衛の私達の方なんだけれど……」
だから、当の本人であるイズミからそんな言葉を掛けられて。思わずシズは軽く苦笑しながら、そう言い返してしまっていた。
もし魔物の攻撃対象がこちらに向いていたなら、クロスボウで狙いを定めることも、魔術や魔法を行使することも出来たかどうかは判らない。そもそも―――あの怖い『蜂』が近づいてきて、それで平静を保てたかさえ怪しいものだ。
そういう意味でも、助けられているのは間違いなくシズの側だと言えた。
「いえ、本当に助かりました。避けるだけなら余裕なんですが、流石にずっと空中に浮いている相手に斬りつけるのは、なかなか難しかったので」
「……避けるだけなら、余裕なんだ?」
「あ、はい。そうですね。同時に10匹が相手でも余裕だと思います」
あっさりイズミにそう言い切られて、もはやシズは開いた口が塞がらない。
うちのパーティの〔弁慶〕は、正に無双の豪傑だった。
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