155. レイン
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『ゴブリンの巣』の探索は夜の18時半頃には切り上げて、『帰還石』を使用して一気に森都アクラスまで戻り、一旦ゲームからログアウトした。
それから九重と一緒に夕食を作り、皆で食べてから軽くストレッチもして。
20時半には再び『プレアリス・オンライン』の世界へとログインする。
『強化遠征』のイベントまで30分あるから、開始までの時間はゆっくり過ごそうと思っていたのだけれど。
そうしたシズの思惑は―――ログインすると同時にログウィンドウに通知されたメッセージにより、あっさり打ち崩されることになった。
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▲あなたが魔力を与えた『竜の卵』が孵ろうとしています。
安全な場所で『インベントリ』から卵を取りだして下さい。
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「おお……」
思わずシズは驚かされてしまう。
緑竜のディアが生まれた後から、毎日魔力を注いでいる『青竜の卵』。
それがもう、孵化の待機状態に入っているらしい。
(こ、今回早くない……?)
何となく、前回ディアが生まれた時よりも、卵の孵化に要している日数が少ないような気がして。シズは内心で少なからず、焦りや戸惑いを覚えてしまう。
確か―――以前ディアスカーラから緑竜の卵を貰ったのは、初めてクラーバ島を訪問した時。つまり『海の日』の7月16日のことだった筈だ。
その日から魔力を籠め始めた緑竜の卵が孵りディアが生まれたのは、雫が友梨の別荘に到着したその日のこと。
あれは終業式の翌日……夏休みの初日だった筈だから、7月21日のことだ。
つまり、ディアの卵が孵化するのに要した日数は『5日』ということになる。
青竜の卵には、ディアが生まれたその日から魔力を注ぎ始めたから、起点となる日は同じく7月21日。
そして今日は『強化遠征』イベントの開催日だから、7月26日。
「……なるほど、期間的にも前回と同じなんだね」
どうやら今回も、卵が孵化するのに要した日数はちょうど『5日』らしい。
前回より早いように感じたのは、どうやらシズの思い違いだったようだ。
(って、とりあえず孵化させなきゃ)
過去を振り返って日数を計算して、納得しているような場合ではない。
とりあえずシズはいつもの錬金術師ギルドまで移動し、そこで『工房』の一室を借り受けた。
入室したあとは、速やかに『配信』も開始する。
前回ディアが生まれる時にやった『配信』は、視聴者から好評だったから。今回の水竜の卵が孵る場面も、見たいという人はきっと多いだろう。
《配信きちゃー!》
《お疲れさまです、お姉さま!》
《配信乙でございましてよ!》
《おっつおっつ! 今日も定位置っすね!》
《今晩も残業お疲れ様です!》
《霊薬を作っている時にだけ心が安らぐんだ……》
「私を仕事中毒にしようとするのやめて」
すぐに視聴者から届くコメントの数々を聞いて、シズは苦笑する。
まあ『工房』から配信すれば、この手のコメントが沢山来るのは判りきっていたことだけれど。
「イベントの直前で慌ただしいんだけれど、今から2つ目の竜の卵を孵すよ」
《2つ目!》
《新たな子竜ちゃんの誕生ですわね!》
《これで天使ちゃんも2児の母ですね!》
《天使ママー! 認知してー!》
「しないってば。……なんか、前回もそんなこと言われた気がするなあ」
なんとなく既視感を覚えて、シズはひとつ溜息を吐く。
とりあえず『工房』個室内の机の上にタオルを4つ折に畳んでから敷き、その上に『インベントリ』から取り出した竜の卵を取り出して、慎重に置く。
ディアの時とは違い、今回の卵は見るからに青い色をしたものだ。
もちろんそれは、これが間違いなく『青竜』の卵であることを示している。
「えっと……。確か、最後にもう1度魔力を籠めれば良いんだよね」
「キュ!」
独りごちたシズの言葉を、ディアが肯定してくれた。
どうやらディアも、新しい子竜の誕生を見守ってくれるらしい。
竜の卵を孵す際には〈精霊扶養〉スキルが必要となるわけだけれど―――これはディアが生まれた時点で取得済みだから問題ないはず。
というわけで早速シズは、青い卵への魔力注入を開始した。
入る限界まで魔力を籠めたところで―――卵が強い光を放ち始める。
これが孵化の開始を意味するものだと、一度経験したことで既にシズは学んでいるから。今回は焦ることもなく、落ち着いて様子を見守ることができた。
やがて青い卵の上部に小さな亀裂が入って。
そして、亀裂が徐々に大きなものへと拡大していき―――。
「キュウ!!」
―――程なく卵が割れて、中から小さな青い子竜が誕生した。
まだ未熟で柔らかい青い鱗を持ち、水属性を司る子竜。
間違いなく『青竜』の子供だ。
『初めまして、小さな竜さん。生まれてきてくれてありがとう』
〈精霊扶養〉スキルによる『念話』で、シズがそう語りかけると。
生まれたての小さな青龍は、嬉しそうに一度「キュ!」と啼いて応えた。
シズが片方の手をゆっくり差し出すと、子竜は嬉しそうにその指先を舐めたり、かぷりと軽く甘噛みしてみたりする。
ディアが生まれた時もこんな感じだったなと、シズはまだ5日しか経っていない筈の過去のことを、随分懐かしい気持ちで振り返った。
《あああああああ! かーわいいー!》
《この可愛さは大人を駄目にするやつですよ。駄目になりました》
《なんだこの愛らしい生物、カワイイの権化か》
《あああああ、私も子竜ちゃんを育てたい。愛でたい……》
何とも可愛らしい子竜の姿に、たちまち視聴者の心も虜になる。
小さな青竜は暫くの間シズの指先と戯れてから。やがて、ふわりとその場で浮き上がり、シズの頬にピタリと張り付いてきた。
頬に感じられるひんやりと冷たい感触が、ちょっぴり心地良い。
「キッキュイ! キュ!」
『うん、こちらこそよろしくね』
顎の下あたりを指先で優しく撫でると、子竜が気持ちよさそうに目を細める。
そんな表情や反応ひとつとっても、なんとも愛らしくて仕方がない。
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▲子竜の名前を決定すると、あなたの『扶養精霊』になります。
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「あ、そうだった」
ふとログウィンドウの表示を確かめたシズは、生まれた子竜に名前を付ける必要があることを、今更ながらに思い出す。
ディアの名前はディアスカーラから取ったから、すぐに決まったわけだけれど。
この小さな青竜には、どういう名前を付けるべきだろう。
(水属性の竜だから、似たような名前で『ティア』とか―――は、駄目か)
英単語の『tear』は、名詞としては複数形で書いて『涙』を意味することが多いけれど。一方で『雫』という意味でもよく用いられる。
流石にゲーム内で扶養する精霊に、自分の本名を付けるのは駄目だろう。
『じゃあ―――あなたの名前は『レイン』にしようと思うんだけど、どうかな』
水属性の竜ということで、それなら『雨』のほうを名前に挙げてみると。
「キュウ!」
シズの言葉に、子竜が一際嬉しそうな声で啼いて応える。
どうやら名前を気に入って貰えたらしい。
『それじゃ、レイン。今日からよろしくね』
「キュキュー!」
啼いた後に、レインがぺろっと舌でシズの頬を舐めてみせる。
その感触もまたひんやりと冷たくて、何だかシズにはとても嬉しかった。
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お読み下さりありがとうございました。
少し前にATOKからGoogle日本語入力に乗り換えたのですが、
今話でディアのセリフ「キュ!」に『そう!』とルビを入れる際に
『( ゜д゜ )彡そう!!』に変換されて3秒ぐらい思考が止まりました
Somebody scream!! > ( ゜д゜ )彡




