124. ゴブリンの巣の最下層(前)
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昼食を終えて帰宅した後、少し休憩してから再び『プレアリス・オンライン』のゲームに4人で再びログインする。
花畑の傍でくつろいでいたディアスカーラと1時間ぶりに合流し、事前に話していた通り、森都アクラスまでの帰り道は彼女の背に乗せてもらうことになった。
『運送料はクッキー1箱で構わんぞ!』
「……さ、流石に申し訳ないから、3箱ぐらいは出すよ」
要求される運送料が随分と安いものだから、苦笑しながらシズはそう答える。
森都アクラスで販売されている、イチゴジャムを挟んだクッキーが50枚入った箱は、1つあたり『200gita』しかしない安価なものだ。
なので、3箱でもまだまだ対価としては安いぐらいなのだけれど。
この後『ゴブリンの巣』で狩猟を行う際に必要となる回復アイテムだから、所持している5箱分全てを渡してしまうわけにはいかなかった。
「あ、もし良ければ、森都アクラスから南に10kmぐらいの位置にある村落まで乗せてもらってもいいかな?」
『おお、無論構わぬぞ。ではそうしよう』
空を翔けるディアスカーラは本当に速いから、彼女にとって10kmなど些細な距離でしか無い。
『ゴブリンの巣』がすぐ近くにあるミーロ村まで運んでもらえると、移動時間を大幅に短縮できるから、シズ達にとっては非常に助かるところだ。
というわけで―――ディアスカーラにミーロ村付近の上空まで乗せて貰い、後はシズの能力で4人手を繋いで地上へゆっくり降下していく。
もちろん別れ際に、乗せてくれたお礼はしっかり言っておいた。
『何度見てもこのファトランド王国は、国土が森ばかりですわね』
『本当にそうだねえ……』
降下中にプラムがパーティチャットで漏らした言葉に、シズも同意する。
今みたいに空から俯瞰すると、そのことがとてもよく判るからだ。
ミーロ村の南西には、不自然に樹木が一切生えていない小さな丘がある。
この丘こそ『ゴブリンの巣』の入口だ。位置を調整しながら降下を行い、シズ達4人は全員揃って、上手くその入口前に着地した。
『ゴブリンの巣』の地図は、現時点で既に地下2階まで完成している。
とりあえず地下1階に出現する魔物は、もう今のシズ達にとっては格下の相手になってしまったから。真っ直ぐ階段まで移動して、早々に地下2階へ移動した。
地下2階に出現する魔物のレベルは13から15まで。
現在のシズ達のレベルは全員が『19』なので、地下2階の魔物ならまだ充分に経験値が稼げる。というわけで早速、魔物討伐に勤しむことにした。
《おめでとう!》
《おめでとうございます、お姉さま!》
《天使ちゃんはレベルが上がった! 労働意欲が3アップ!》
「みんなありがとー。あと私を仕事中毒にしないで」
ゴブリンを3グループほど討伐した時点で、早速シズがレベルがアップした。
〔操具師〕のレベルが、ちょうど『20』へと成長する。
これで先日1回分消費したスキルの『得意化』も、レベル10ごとに利用できる回数が増加するため、再び『2回』まで可能となった。
それから途中で何度か小休止を挟みつつ、4時間ほど地下2階に籠もって、ゴブリンの集団を次々と狩猟していく。
最初に地下2階に降りたときに較べると、全員のレベルがかなり成長していることもあり、もう現状では全然苦戦もしなくなっていた。
この『迷宮地』は名前の通りとにかくゴブリンの棲息数が多く、魔物との遭遇率が高いため、そのぶん経験値もかなり効率よく稼ぐことができる。
そのお陰でシズ達は5人全員がレベル『22』まで成長した。
最初に地下2階に下りたときは、確か全員のレベルが『13』だった筈だから。この階だけで更に『9』も成長したことになる。
「本当にこの『迷宮地』は良い場所ですね」
そう告げるイズミの表情がほくほく顔なのは、経験値が稼げているだけでなく、この『ゴブリンの巣』に鉱石を採掘できるポイントが沢山あるからだ。
鍛冶で多用する鉱石類は、大体ここで揃えることができるらしく。イズミは素材を活用して〔鍛冶職人〕のレベルを、最近大いに成長させているようだ。
近いうちにシズのクロスボウや防具に、何か良い物を作ってくれるそうだから。シズとしても結構楽しみにしていたりする。
(クロスボウは本当に便利だから、強い物を作って貰えると凄く助かるかも)
地下2階にはゴブリン・メイジという、魔術師系のゴブリンが登場するわけだけれど。この魔物が行使する魔術を、シズ達は未だに1度も見たことがない。
これは彼の魔物が登場する度に、シズがクロスボウのボルトを即座に打ち込み、魔術を行使される前に速やかに排除しているからだ。
クロスボウは充分な威力があるし、弾道も素直だから。[敏捷]の数値を充分に伸ばしているシズは、かなりの精度で魔物の頭部に命中させることが可能だ。
そしてゴブリン・メイジはHPや防御力が低いので、頭にボルトを1発打ち込むだけで倒すことが出来てしまう。だから2体以上同時に出現しても、魔術を使われる前にその全員を簡単に倒せてしまえるのだ。
正直、クロスボウはもうシズにとって、手放せない武器になりつつあるから。
イズミが作ってくれる新作にも、大いに期待しているところがあるのだ。
「……そろそろ地下3階へ下りてみませんか?」
時刻が17時に差し掛かろうかという頃になり、イズミが全員にそう提案する。
まだ地下2階でも、経験値効率は充分悪くないわけだけれど。とはいえ魔物とのレベル差が大きくなってきたせいなのか、スキルポイントの方はあまり入手できなくなりつつあるから。
イズミがそう希望する理由は、充分に理解できるものがあった。
「それも良いかもしれませんね」
「そうですわね、ちょうど良い頃合いでしょう」
ユーリとプラムの2人も、その提案に同意する。
3人が乗り気なら、もちろんシズもそれで全く構わなかった。
既に地下2階の地図は完成しているので、速やかに階段のほうへ移動する。
そして階段を降りて―――地下3階にシズ達は侵入した。
「……空気がまた、一段と冷えた気がしますわね」
「そうだね。いかにも強敵が出そうだ」
この『ゴブリンの巣』という迷宮地の存在は元々、王城の敷地で会ったダンディな男性から教えてもらった場所なわけだけれど。
教えてもらった際にシズは、男性から『ゴブリンの巣』が地下3階までしかない『迷宮地』であることも、教えてもらっている。
つまり―――シズ達がいま踏み入った場所は、一番奥の階になる。
当然、この『迷宮地』で最も強力なゴブリン達が棲息しているのだろう。
気を引き締めなければ、早々に全滅の憂き目に逢いかねない。
「……薄々気づいてはいましたが。私達の近くに増える自然の量って、以前よりもかなり増えていますよね?」
「そうだね。間違いないと思う」
ユーリが問いかけた言葉に、シズは即頷きながら答える。
〔自然の守護者〕という特殊職を持つユーリは、自身の周囲に存在する自然を、ほぼ自動的に増やすことができる。
その能力によって―――ただの洞窟だった地下3階の床が、瞬く間に新緑の草に覆われていき、壁面もまた無数の樹木に覆われていく。
もちろん先程までシズ達が居た地下2階もこのユーリの能力によって、洞窟内は既に自然に覆い尽くされているわけだけれど。
それでも―――地下2階を初めて探索した時はまだ、自然の繁茂はこれほど速いペースでは無かった筈だ。
ユーリの『自然を増やす力』が増大したのは、考えるまでもなく『緑竜』の力によるものだろう。
何しろこの場には、まだまだ小さな子竜とはいえ『緑竜』が3体もいるのだ。
土属性を司る『緑竜』は、ただ存在するだけでも周囲の自然の力を高め、植物の育成を早める恩恵を齎す。
ましてこの場にいる『緑竜』は、その全員がユーリに協力的だから。彼女の力を高めるために一役も二役も買っていることは、疑いようも無かった。
〔自然の守護者〕であるユーリは周囲に自然が多くあると、精霊魔法の威力が増加したり、感知や探知スキルの有効範囲が拡大するなどのメリットが得られる。
だから新しく侵入した階層へ速やかに自然を繁茂させられれば、ユーリはそれだけ活躍しやすくなるわけだ。
おそらく彼女にはもう、付近に棲息する魔物がよく視えていることだろう。
「シズお姉さま、少し進んだ先に未知の敵が居ます」
そのシズの推測を裏付けるように、ユーリがそう告げた。
「何体?」
「1体だけのようですね。はぐれた個体でしょうか」
「それは好都合だね」
ユーリの〈魔物感知〉スキルは、一度でも倒したことがある魔物なら、察知した時点でその名前まで認識することができる。
なので『未知の魔物』ということは、地下2階までには登場しなかった、新種のゴブリンだということだ。
実力が判らない魔物と戦うことには、危険が伴うけれど。それでも敵が1体だけならばリスクは低く、相手の実力を知るのに都合が良い。
―――と。
そう楽観的に考えていた油断を、この後シズは後悔することになった。
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