105. 海を渡る
お陰様で体調は快癒しました。
色々とご心配やご迷惑をお掛けしました。
ふと背後を振り返ると、それなりに遠くなった森都アクラスの姿が見える。
まだ泳ぎ始めてから30分と経ってはいないのだけれど、距離的にはもう徒歩で1時間分の距離ぐらい―――つまり大体『4km』程度は離れたように思う。
(もしかして……私達が泳ぐ速度って、本気で速いのでは?)
この事実に気付いた時点で、半ばシズは確信に近い形でそう思った。
30分も掛からず4kmを移動できるということは―――シズ達の移動速度が、時速換算で『10km』近く出ているということだ。
そのことをシズがユーリ達に話すと。3人はそれぞれに背後を振り返りながら、驚きを露わにしつつも納得した様子をみせた。
『今のわたくし達になら、オリンピックで金メダルが取れそうですわね』
プラムがそう言いながら、パーティチャットで小さく笑ってみせる。
確か競泳は、最も距離が短い50mの自由形でも、『20秒9』ぐらいが男子の世界記録だったように思う。
判りやすく50m当たり20秒で計算したとしても、1分で150m、1時間なら9000mになるから―――時速で言うと『9km』も無いことになる。
もしシズ達の泳ぎが本当に時速10kmぐらい出ているようなら、プラムの言う通りオリンピックで軽く優勝できるし、世界記録の更新さえ出来てしまうだろう。
しかもシズ達は、かなり適当な泳ぎ方でこの速度が出せている。
何しろ今もユーリ達3人から、抱き付かれながら泳いでいるのだ。
もしクロールで真面目に泳いだら、一体どのぐらいの速度が出るのだろう。
―――とは、多少疑問に思わなくも無いけれど。
(この泳ぎ方をやめてまで、確かめたいとは思わないかなー)
好きな女の子に張り付かれながら泳ぐのは、幸福感が凄いのだ。
どうせならユーリ達が離れるまでは、今の泳ぎ方を続けていたかった。
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▽特殊経験値を『12』獲得しました。
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地味にだけれど、特殊職の経験値も少しずつ貯まっていく。
特殊経験値が手に入る条件は、職業によって異なる。
イズミの〔弁慶〕は単身で前衛を務めて戦闘に勝利すると経験値が手に入るし、ユーリの〔自然の守護者〕なら森に近い場所で魔物を討伐する方が、より多くの経験値を手に入れられる。
そしてシズの〔白百合の天使〕の場合、やはり女の子とイチャイチャすることが経験値の取得条件らしくて。こうしてユーリ達と身体を引っ付かせて、のんびりと泳いでいるだけでも経験値が手に入るのだ。
―――それからシズ達は2時間ちょっとの間、北東に向かって泳ぎ続ける。
途中で〈水泳〉スキルが5回成長し、とうとうランクは『10』になった。
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〈水泳Ⅹ〉
水中を泳ぐ速度が上がり、呼吸も長く続くようになる。
水圧耐性が増して深い場所でも水の影響を受けにくくなる。
衣服や武具を身につけたままでも水中で影響なく行動できる。
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スキルマスター時に増えた効果は、スキル説明文の末尾行に当たる部分。
つまり今後はわざわざ『水着』に着替えなくても、水中で泳いだり戦闘したりといった行為が、問題無くできるようになったらしい。
《その格好をやめるなんてとんでもない!》
《どうして……どうして運営はこんなスキルを……!(血涙)》
《天使ちゃんの水着が見られなくなったらどうしてくれるんだ!》
「いや、もともと今日以外はほぼ着る予定無いからね……?」
『海の日』の今日は魔物が一切出ないから良いけれど、明日以降の安全は何一つ保証されてはいないのだ。
水着なんていう無防備な格好で海を泳げるのは、今日限りのものだろう。
いつもの金属鎧の格好で海の中に入れるなら、それに越したことはない。
とはいえ―――あの鎧のまま海に入ると、凄い勢いで錆びそうな気もするから。そういう意味では、ちょっと怖いものがあるけれど。
〈水泳〉スキルは成長した際の実感が強く得られるスキルで、ランクが1つ上がるだけでも、泳ぎの速度が格段に増していることが明確に判る。
そんなスキルなので、ランク『10』ともなればその恩恵は絶大だ。
体感だと、今では昼過ぎに出発した時より、更に1.5倍ぐらいの速度は出せているように思う。
もはやオリンピックに出場すれば、世界記録の数字を半分近くまでなら縮められそうな感じだ。
『―――シズお姉さま。全員の〈水泳〉スキルは成長し尽くしたわけですし、もう泳ぐことに拘る必要は無いのではありませんか?』
『あ、それはそうだね』
パーティチャットでユーリが言ってきた言葉に、シズはすぐに同意する。
かなり泳ぎが速くなったシズ達ではあるけれど。とはいえ、それは『浮遊』に較べるとずっと遅い速度でしかない。
泳ぎの速度が今は時速『15km』ぐらいは出るとしても。シズの『浮遊』なら原付と同等の速度―――時速『30km』ぐらいは出るのだ。
ここまでの道中は〈水泳〉スキルのランク上げを兼ねていたから、ずっと泳いで来たわけだけれど。ランクが上限に達した今では、泳ぐことに拘る理由はない。
『じゃあ、飛ぶことも併用して行こうか』
『はい』
そういうわけで、ここからは『浮遊』も活用しつつ移動することにする。
シズとしては、ずっと3人と引っ付きながら泳いでいたかった気もするけれど。
……いや、ここまでの2時間半以上ずっと良い思いをしてきたのだから、流石にこれ以上を求めるのは贅沢というものだろう。
ユーリ達と手を繋いで海面から浮上すると、目的の島がもう、目と鼻の先にまで迫っていることが今更ながらに判った。
泳ぐ向きは『マップ』機能がナビしてくれるから、出発時点から常に同じ方向へ間違いなく進めているのだけれど。泳いでいると視点が低くなるから、どうしても波や海面の揺れが多いと、目標地点が見えづらい部分があったのだ。
けれど『浮遊』して高い視点を確保すれば、目視で距離を確認するのはとても簡単になる。―――目標の島まではもう、距離にして5kmも無さそうだ。
『出発地の都市が、もう殆ど見えませんわね』
プラムの言葉に促されて後方を見遣ると、森都アクラスは都市を囲む防壁のシルエットが判る程度で、それ以上は殆ど見確かめられなくなっていた。
随分と長い道中を泳いできたのだなあ、と今更ながらにシズは実感する。
『あと10分か15分ぐらいで、クラーバ島に着けそうだね』
『……? お姉さま、その『クラーバ島』というのは?』
『おっと―――ごめん、そういえば話するのをすっかり忘れてた』
ユーリに問い返されたことで気づき、慌ててシズは森都アクラスの北門を守る、衛士の人とした会話の内容を3人にも伝える。
シズ達が今向かっている島が『クラーバ島』という名前であること。それから、セイレーンや竜の存在についての話も、なるべく判りやすく説明していった。
『竜の住む島、ですか。それは楽しみですね』
『戦ってみたい?』
『はい!』
イズミはやはり、竜との戦闘に興味があるようだ。
考えてみれば、彼女は今まで『わざと死んだ』ことはあっても、真面目に戦って魔物に敗北したことは1度も無い筈だから。
自身より明らかに格上の魔物との戦闘に、強い興味があるのだろう。
『今日は海の中だけでなく、沿岸部でも魔物が減っている筈だから。竜に会えるかどうかは判らないけれどね』
船乗りが実際に離着陸する姿を見ているわけだから、クラーバ島に竜が棲息していること自体は、間違いない事実なのだろうけれど。
とはいえ魔物の数が減っているだろう『海の日』の今日、クラーバ島の中で竜に会えるかどうかは、実際に行ってみないと判らないものがあった。
『……えっと、シズお姉さま。勘違いしていらっしゃるみたいですが、セイレーンはともかく、竜のほうは魔物ではありませんよ?』
『え、そうなの?』
『はい。この世界の竜は『精霊』の1種という扱いになっていますね。精霊の中でも最上位に位置する、際だって強力な個体が竜です』
『へー、そうなんだ。―――っと、一旦降りるね』
シズが普通に『浮遊』していられるのは4分間までで、それ以上浮遊を続ける場合にはMPを消費する必要がある。
海上だと飲食がしづらいこともあって、MPの回復が難しそうだから。なるべくMPは消費せず、4分毎に降りて温存することにしたのだ。
短時間だけ泳いでから、再びシズ達は『浮上』する。
海面すれすれを『浮遊』すると、ちょっとマリンスポーツ感があって楽しい。
『浮遊』しながらユーリの話をより詳しく聞いてみたところ、『精霊』は魔物とは全く別物の存在であるため、『海の日』の今日も竜の数は減っていないだろうということだった。
また『精霊』は魔物と違って好戦的ではないし、一定以上の『格』を有する精霊であれば会話も可能らしい。
もちろん『竜』は精霊の中でも最上位の存在であるため、もし会えたなら問題無く会話でコミュニケーションを取ることが可能なのだそうだ。
『流石はユーリ、詳しいね』
『ふふ、やはり職業柄そちらの知識はありますから』
ユーリの戦闘職は〔精霊術師〕。
流石は精霊を操る職業を持つだけはある、ということだ。
『会話ができるっていうのは、なかなか面白そうだね』
『ええ、そうですわね。どんなお話ができるのでしょうか』
『……戦えなさそうなのは、ちょっと残念です』
話せるという事実を聞いて、シズとプラムが喜ぶのとは対照的に。イズミは少し残念そうに、そう言葉を零していた。
何気にイズミは、シズが思っている以上に戦闘狂の資質がありそうな気が……。
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お読み下さりありがとうございました。




