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芳孝

「大友さん、ちょっといい?」


あのゾクリとする声に呼ばれたのは、昼休みのことだった。


えー、このタイミングで声をかけるぅ。


玲奈は、真紀と一緒にお弁当を食べようとしたところだったので、手に持ったばかりの箸をしぶしぶ下におろした。


「何かな?」


机のそばに立っていた真島芳孝(まじまよしたか)は、不機嫌そうな玲奈にひるむことなく淡々と言葉を続けた。


「玲奈さんにキャンペーンガールを受けてもらえるように説得しろって、うちの父親に命令されたんだけど。この意味、わかる?」


「は?」


真紀が興味津々で二人の顔を交互に見ているが、玲奈は言われていることがすぐにピンとこなかったので、しばし思考を巡らせた。

キャンペーンガールって、前に母さんが言ってた話?

でも、何でそんなことを真島くんのお父さんが知ってるの?


え……真島? 真島ってことは……。


「もしかして真島くんのお父さんって、大貴おじさま?!」


「ああ。そんなに驚いてるってことは、うちのことを知らなかったのか」


いやー、そんな当たり前のことのように言われても、知らんがな。

でもそんな風に言うってことは、真島くんちはみんなが知ってたのね。息子と同じクラスに遠縁の親戚の娘になる子がいるって。


ふーん、あの話って結構、本気めの話だったのか。休日におじさんたちがノリで盛り上がっただけの話だと思ってたよ。


「真島くんが親戚だってことは今、理解した。でも、さっきの話は前にハッキリと断ったの」


「どうして? チャンスだと思うけど」


「私は芸能活動に一切興味がないから。お父さんにもそう伝えといて」


「ふーん……わかった。ちなみに、どうして芸能活動に興味がないの? 君んちは全員芸能人でしょ」


真島くんよ、お前もか。

まぁこれは皆、疑問に思うようで、よく聞かれる質問だから答えは用意してある。


「あの世界に入るには、よほどの才能が必要なの。それに覚悟もね。私にはそのどちらもないのよね。だいたい一人の人間に、どれほどの数の社員の生活や会社のお金がかかってると思う? あんな博打みたいな生活、恐ろしくて私には無理。ドゥユーアンダスタン?」


「へー、イエスアイドゥ」



あっさりと引き下がった真島くんを見て、わかってくれたと安心したのもつかの間。


授業が終わった放課後に、また彼はやってきた。


「今日、堀井さんは部活なんだね。一人で帰るんだったら、同じ方向だから一緒に帰っていい?」


残っていたクラスメイトたちは、「おいおい、真島、勇者……」とか「ああ、また被害者が」などとひそひそと勝手なことを言っていたが、玲奈が頷いたのを見て、一気に騒がしくなった。


「マジで?! 初めての成功者じゃね?!」

「うおおおおおぉ、俺のマドンナがぁー」

「キャー、これは事件ですよっ!」


…………………なんとも暇な連中だ。

だいたい何の成功者よ。彼は、そういう意味ではシロとみた。



校門を出るまでは、今日の授業のことなど当たり障りのない話を二人でしていた。


「地理の先生の質問に、すぐに答えられたのってすごくない? アフリカ史って、義務教育ではあまりやってこなかったでしょう」


「ああ、アフリカで一番人口が多いのはナイジェリアってやつか」


「それそれ。私、エジプトとか南アフリカ共和国とかの主要な国しか覚えてないかも」


「俺、世界197か国の名前は全部覚えてるんだ。それにナイジェリアは鉱物資源が豊富だから、輸入品を取り扱ってる仕事をしてるとこは、押さえてる国だと思うよ」


「どういうこと? あ、真島グループ関連で覚えてたのか。それにしたって、世界のすべての国名が言えるってすごすぎるんですけど」


目を剝いて驚いている玲奈のことを涼しい顔をして受け流しながら、芳孝は昔を懐かしむように微笑みながら言った。


「世界の国の名前や形を覚えたのは二歳の時だったな。俺、パズルが好きでさ、最初はパンマンマンのパズルから始まって、次々とピースの多いものをやっていったらしいんだ。そこで行き着いたのが、日本地図パズルや世界地図パズルってわけ」


「へぇー」


「毎日じいちゃんとパズルしてたら、世界の国々の名前も覚えちゃったらしいんだよね」


天才だ。天才がここにいる。



その天才は、やり手の営業マンでもあったらしい。

駅へ続く街路樹のある道を歩き始めた時に、今日の本題を切り出してきた。


「大友さんって、どこの大学を受けるかもう決まってるの?」


「私たちまだ高1でしょ、って言いたいところだけど、決まってるよ」


「へー、どこ?」


遠慮というものがない男だな。まぁ、真島グループ総帥の息子なんだから、押しが強いのも納得できるか。


「東大、もしくは神川(かみかわ)大」


「ふーん、偏差値がえらく違うけど……もしかして、目指す職種がハッキリしてるってことか?」


……………………………………


玲奈は歩いていた足が一瞬止まりそうになるぐらい動揺した。

たいていの人は、東大が志望校と聞いただけで、「頭がいいんだね」とか「そこまで言い切れるって羨ましい」とか、玲奈を持ち上げるようなことを言ってくる。


けれどこの男は、その先を考えている。

そっか、そういえばこいつは新入生代表の挨拶をしたんだった。私よりも成績がいいんだったら、志望大学を聞いて受け止める感覚が違ってくるのも当然か。



「ちなみに春の模試での判定はどうだった?」


「東大がBで、神川大がA判定」


「ふむ、妥当なとこだな」


「そういう真島くんはどーなのよ」


「俺? 俺は東大がAで、東工大もAだった」


「えーーーっ?! 今の段階で東大がA判定?!」


「ん? 大友さんだって、そう変わらないんじゃない? 俺、模試はたいてい全国順位が五位内だし。君も五十位内には入ってるっしょ」


……………………………………


三十九位で喜んでた私って……。

赤ちゃんの頃、うつ伏せで首が持ち上げられるようになって褒めてもらっていた時のことを思い出した。


甘すぎたよ。

世の中には上には上がいるもんだ。



その受験カースト最上位におわす真島大明神は、こう(のたま)わった。


「大友さんさぁ、ユーツバーにならない?」


「はぁ?!」

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