コーニッツ・ムーア制圧戦 ⑫
お師様たちは騎士団の幹部を呼んで作戦会議を始めるとかで、最終的にはエゼリアさんが召喚されて、私たちはお役御免となった。
まだ洟を啜っているルナリアを伴ってお部屋へ戻る途中で、遠くから喧騒が聞こえていることに気付いたのでエゼリアさんに聞いたら、召集された兵力が到着しているらしい。
招集に応じた諸家が送り出したのは速度を優先した騎馬兵力のみで、歩兵は居ない。
私たちの話し合いと大騒ぎが繰り広げられている間にも、ウォーレス家に連なる諸家の騎馬兵力は続々と集結していて、その総数は、すでに3000騎にも膨れ上がっていた。
今日中には追加で2000騎が集結するとのことだった。
到底、領主館には人も馬も入りきらないので、実験用の木杭が撤去された後の訓練場に戦時用のテントが大量に立てられて、即席の野営地が出来上がっている。
たかがコーニッツとムーアを滅ぼすのに、それほどの兵力は必要ないと、全兵力には程遠い選抜部隊が集まっただけでも、この人数だそうで、参戦した全ての諸家が初代ウォーレス家当主レティア様の血に連なる方々なのだそうだ。
実際の出撃は明日の未明ということだけど、血族の総本家であり最大兵力を擁するウォーレス家から抽出された2000騎が主戦力で、自領を持っているピーシス家から1000騎、ウォーレス家の領地各地で代官を務めている諸家から合計2000騎、動員総兵力5000騎をもって、一気にコーニッツ領の領都を攻め落とし、ムーアの領都まで攻め込むそうだ。
ただの1兵たりとも敵の逃亡を許さないための騎馬部隊編成。時間との勝負。
一昨日、レティアの街を出た早馬が、早ければ明日にも王都へ到達する可能性が高いので、王都や周辺の貴族家からの邪魔が入る前に、さっさと終わらせる。
軍事的な話は今の私には分からないけれど、ルナリアの傍に居るつもりなら、用兵学は、私も学ばなければならない必須知識になるだろう。
望むところだよ。
用兵学っていうのは日本で言うところの兵学かな? 孫子の兵法なんかの類。
こっちの世界には大昔のお侍さんや軍人さんが勇者召喚されたことも有って、ちゃんとした学問として確立しているんだって。
他にも、地理や歴史、地政学、領地経営、農業、畜産、商業など、私たちが学ぶべき知識は多岐に渡る。
これでも、ウォーレス家は王都で華やかな社交に励むことなんて無いから、淑女教育の諸々が重視されなくて、面倒が少ないほうらしいよ。
統治者側の人間に教養は必須だし、私がルナリアを補佐して生きる道を選ぶなら、私にとっても必須の知識だ。
なら、私は一番最初に、こっちの世界の文字を覚えないとね。
エゼリアさんに相談したら、ルナリアが少し前まで使っていたハードカバーの絵本と文字学習本を貸してもらえた。
この文字学習本は、大昔から有った教材が理解しにくいと、80年ほど昔の勇者様が纏め直したものだそうで、世界各国で一般的に普及しているらしい。
ああ。ぐずっていたルナリアは、エゼリアさんがベッドに放り込んだら、泣き疲れていたのか、すぐに寝ちゃったよ。
お手本に、と、紙片に私の名前を書いてくれたエゼリアさんにお礼を言うと、にこやかに手を振って、積み上がった雑務を減らしに行ってしまった。
ヒマになった私はルナリアが眠っている間に、一人で勉強に取り掛かる。
早速、ルナリアが眠っているベッドの端に腰掛けて、文字学習本を開いてみる。
ふうん? 方式は分からないけど、手書きの写本ではなくインクの活版印刷なんだね。
ザラっとした手触りの紙は藁半紙っぽい質感で、紙面の所々に和紙のような粗い植物繊維が見て取れる。
本を手渡されたときのエゼリアさんの説明では、リテルダニア王国、というか、リテルダニア王国がある大陸では、一千数百年前から使われている統一言語があって、国によって文字ごとの発音は違うものの、使われている文字、文法や単語は同一のものなのだそうだ。
大昔の覇権国家が大陸全土を統一したときの名残だそうで、今でも、地域、地域で、発音が分岐して使われ続けているだけで、書面に起こせば全く同じ書類が出来上がる。
文字ごとの発音表を、国ごとに丸暗記してしまえば、複数国家を股に掛ける行商人は、どこの国へ行っても、言語や読み書きで困ることが無くなるんだって。
発音も統一すればいいのに、便利なようで不便だよね。
地球世界でも、中国で大昔の皇帝が国内の使用文字を統一したんだっけ。
喋る言葉は地方ごとで違うのに、文字に書き起こすと同じで広大な国内の意思疎通が可能になったとか。
学習本に碁盤目状の文字一覧表が付いていたので、数えてみると、文字数は46個。
二つ折りの綴じ込みになっている一覧表は、縦5マス、横10マスで、1マスに1文字ずつの記号が描かれていて、空欄が4マス有る。
日本語でもアルファベットでもない、アラビア文字っぽい記号の羅列が、ぴょこぴょこと芽を出し始めたカイワレ大根に見えてくる。
ん? 46個?
手元から離して眺めてみると、どこかでデジャビュな文字配列だよね。
エゼリアさんが書いてくれた、“フィオレ”の文字の形をよく観察してみる。
アルファベットに近い言語なら5文字にはなるはずだけれど、4文字しかない。
んん? 2文字目の大きさが、ちょっと小さい気がするね。これって小文字かな?
えーっと?
“フ”が、右から6列目の上から3マス目。
“イ”が、右から1列目の上から2マス目。
“オ”が、右から1列目の上から5マス目。
“レ”が、右から9列目の上から4マス目。
まさかね・・・。
絵本を開いて、文字の一覧表と突き合わせてみる。
絵本の方は、剣と魔法の世界に相応しい、全身甲冑の騎士が、悪魔のような魔神? と、剣を交錯させている、勇ましい挿絵が表紙を飾った本だ。
内表紙を捲ると、剣を振り上げた軽装鎧のお爺さんが森で四つ足の動物と戦い、別のページを捲れば、光る魔法の杖を高く掲げたお婆さんが水辺で触手生物と戦っている、劇画調っぽい挿絵が嫌でも目に飛び込んでくる。
お爺さんもお婆さんも、なんでこんなに筋肉の描写が妙にリアルでムキムキなのか。
どこかの世紀末救世主伝説かと思ったよ。
場末の喫茶店に置いてある大人向けマンガ本かな? って思ったけれど、挿絵のほうが大きくて、文字が下端に、数列だけ横書きしてあるので、絵本は絵本なのだろう。
まさか、とは、思いつつも、本能的な予感に導かれるまま、絵本の文字と、文字一覧表の位置を対比していく。
“ム・カ・シ・ム・カ・シ・ア・ル・ト・コ・ロ・ニ”・・・。
絵本をそっと閉じた。
「・・・・・・」
表紙の厳めしい5つの飾り文字も、矯めつ眇めつしてから、一覧表と対比してみる。
“モ・モ・タ・ロ・ウ”。
「・・・平仮名かよっ」
ペチッと、平手の甲で絵本の表紙にツッコミを入れてしまった。
「うーん・・・」
おおっと、寝入ったばかりのルナリアが目を覚ましちゃう。
文字の形だけ覚えちゃえば、早々に順応できそうで良かったと前向きに考えよう。
なお、絵本の桃太郎は、桃太郎が川で拾った桃から生まれる近世型養子ストーリーではなく、古代中国では不老長寿の霊薬とされていた桃の果実を川で拾って食べた老夫婦が若返ってハッスルした結果、生まれてきたのが桃太郎という中世型実子ストーリーだった。
児童書のはずなのに、あんまりにも生々しい挿絵は止めたほうがいいと思うよ?
目を覚ましたルナリアに抱き着かれて終了するまで、私の一人学習は続いた。
その夜、マークス様たちのご遺体とハインズ様を始めとした主要な方々は面会し、大量のお肉とお酒が振る舞われた決起集会の場では、今回の事情の流れと推測される“融和派”の策謀が全軍に伝えられて、激怒と糾弾の叫びが夜空に飛び交っていた。
「我らウォーレスはリテルダニア王国の盾で在り、剣!」
「国境を護り、国賊を討つは、我らが責務ぞ!」
「血族の無念を晴らせ!」
「“融和派”を皆殺しにしろ!」
「王国に巣食うゴミ虫どもを許すな!」
「王都まで攻め上がれ!」
「「「「「うおおおおお―――!!」」」」」
いやいやいや、王都まで攻め上がっちゃったらクーデターと疑われて拙くない?
アルコールが入っていることも有って、皆さんのボルテージはマックスだ。
夜が明けたら起きて日が暮れたら寝るような生活をしている農家や酪農家も多いって言うのに、ご近所迷惑じゃない? と、思ったら、町全体が開戦の熱気に沸き立っていて、町の一般住民たちも酒盛りをしてお祭り騒ぎ中だから気にしなくても良いと、エゼリアさんが教えてくれた。
ハインズ様やマルキオ様と先に会っていたから予想はしていたけれど、血族全部どころか領地全体が紛うことなく脳筋だった。
次期当主に決まったルナリアと一緒に私は主要な諸家の方々の元へ挨拶に連れ回され、対人経験値が低い私は主要な方々の極めて一部しか、顔を覚えることも出来なかった。
親戚筋ばかりで50人以上だよ? 覚えられるわけが無い。
嵌められて絶望的な状況に追い込まれたにも関わらず、多くの敵兵を返り討ちにして帰還したルナリアと私の評価は、とても高いらしく、5歳の小娘と嘲る人は一人も居なかった。
魔法で甲冑を斬ってみせたデモンストレーションも、めちゃめちゃ効いていたみたい。
強いことは良いことだ、筋肉は正義、可愛ければ、美しければ、なお、ヨシ!
初代レティア様の再来と崇め奉られているらしいお師様は、どこへ顔を出しても大歓迎で、憧れの人気女優のような扱いだった。
森での最終日に私が捕ってきた4頭の鹿も丸焼きになって宴の場へと参戦し、私はお師様の後継者というメインカテゴリーの他に、シカ肉の子というサブカテゴリーを得た。
お歳暮CMのハムの人かな?
戦争フェーズ⑫です。
ナ、ナンダッテー!
次回、ついに出陣!




