コーニッツ・ムーア制圧戦 ⑧ ※フレイア面
「フレイア」
隣に歩み寄ってきた偉丈夫をチラリと見て、フレイアは子供たちを見守る作業に戻った。
「なんだ? 親父殿」
「フィオレ・・・、だったか。エクラーダ人のようだが、才能が有るのは分かった」
むっすりとした表情のマルキオの目も、騎士たちからの賞賛を受けて一礼で返している小さな娘の姿を追っている。
「で?」
「あれは、魔石の魔力を使っているのか?」
「そうだな」
マルキオは僅かに顔を顰めた。
「魔法道具か。なぜ、魔石の魔力に頼る? 器用だとは思うが、ピーシス家を率いる者としてそれで良いのか」
「あいつらは、まだ5歳だぞ? 身体が成長すれば魔力保有量など勝手に増える」
「それは分かっているが、大丈夫なのか?」
何とも迂遠な言い方だ。マルキオの性格を考えれば、本音は、そこには無いだろう。
そもそも、魔石の内包魔力を魔法道具も無しに直接利用する前代未聞の発想力と魔力制御、応用力が、文句なしに飛び抜けているのだ。
平静な親父殿ならば、「問題の本質」に気付かない男ではない。
それほどまでに「血」に拘るか。
普段なら、バッサリと切り棄てるのだが、フレイアは、もう少しマルキオに付き合ってやることにした。
なにせ、マルキオを頷かせられるかどうかに、フィオレの将来が掛かっている。
「“白焔”の習得なら、そのうち、必ず至るだろう。フィオレも、ルナリアもな」
「ルナリア様が? “紅蓮”ではなく?」
「ああ。この後、ルナリアも実験に参加するから、自分の目で見届けろ」
「むう・・・」
煮え切らない態度で唸るマルキオに、イラっとした。
やはり、懸念を吐き出させて答える方向よりも、攻め込んで認めさせるほうが、自分の性質に合っているな、と、フレイアは即座に方針を転換する。
フィオレの将来が、などと考えてから、まだ1分間も経っていないが、それはそれだ。
「耄碌したか? 親父殿が見るべき本質は、そこじゃあ無いだろうに」
「なんだと?」
「私が“白焔”を何発撃てると思う? 親父殿は“紅蓮”を何発撃てる?」
「どういう意味だ?」
「私も習得しようと練習を始めてはいるが、魔石の魔力で術式を撃てるのなら、それは、手元に魔石が有る限り、理屈上は無限に撃ち続けられることにならんか?」
「確かに、そうだが・・・」
「それと、もう一つ、親父殿は勘違いしているぞ。今のアレはフィオレの魔力制御による術式で、魔法道具なんぞは使っていない」
「なっ!? それは・・・!」
マルキオが目を剥いた。
それは驚くだろう。フレイアとて驚いたのだ。
魔法術式という技術に造詣が深ければ深いほど、発想の埒外に有ったものなのだから。
自由な発想こそが魔法術式の根幹だと信じて居ながら、常識の枷から離れられていなかったことを、あんなに小さな子供に思い知らされたのだ。
「ピーシス家を継ぐに力不足だと思うか?」
「むぅ・・・。いいや、あの技術を取り込めるのなら、ピーシス家の―――、ウォーレス家の戦力は数倍、数十倍にまで跳ね上がるのだな」
「あくまで、それは、あの魔法道具を通さずに魔石の魔力を利用する技術を多くの者が習得出来るかどうかによるし、戦力の増強に繋がるかは可能性の段階だがな。ただ、私は私の代だけで“白焔”が失われるのが忍びないと考えてしまう部分も有ってな。・・・らしくない感傷だとは思うが」
滅多なことで弱気を見せない愛娘の自嘲にマルキオも考えさせられる。
「お前が婿を取るという選択肢は無いのか?」
「私の生んだ子が“白焔”を継げるだけの才能を持って生まれる保証がどこにある」
鼻で笑うフレイアの懸念は、もっともな話なのだ。
魔法術式を十全に操るには「才能」が必要だ。
もちろん、努力も必要だが、「才能」が無ければ国家的秘術の継承など夢のまた夢だ。
「確かにな。だが、ルナリア様も身に付けられるのだろう?」
「ルナリアはウォーレス家の後継と決まった。ピーシス家は継げん」
「ピーシスはウォーレスの剣・・・か」
マルキオにもフレイアの言わんとすることは分かっているのだ。
「ルナリアが“白焔”を身に付けたとしても、ピーシス家はルナリアに関係なくピーシス家で在り続けなければならん。敵を討つべき剣が盾の背中に隠れて守ってもらうのか? ルナリアが成長したのもフィオレに出逢えたお陰だしな」
マルキオの目が子供たちの姿を追う。
「フィオレならば、ルナリア様を伸ばせるのか?」
「気付かなかったか? ほんの3日前まで、ルナリアは無詠唱を使えなかったんだぞ」
「フィオレがルナリア様を導いたと?」
「ルナリアは誤解を受けやすいのだ。強く在ろうとする姿勢が目立って同年代の子供から敬遠されがちだったが、どうやら、あの二人は馬が合うらしい。フィオレがルナリアを支え、共に伸びてくれるのなら、ピーシス家の一つや二つ、くれてやればいいさ」
「ううむ・・・」
「それでも、血統が気になると言うのなら、一族の男を婿に取らせればいい。違うか?」
これが本音だろう? という意味を込めて、フレイアは片眉を上げてマルキオを見る。
娘に内心を見透かされた気恥ずかしさに、マルキオはガシガシと頭を掻いた。
「ふむ・・・。それもそうか」
妹のミリアが生まれるまで、長年、子宝に恵まれず、ピーシス家を存続させるため従弟の家からフレイアを養女に迎えることを決めたマルキオが、実際にフレイアが迎え入れられるまでの間も随分と悩んだことを、フレイアは養母から聞いている。
家の存続を己の義務としながらも、マルキオは養母の心を慮ったのだ。
妻を愛し、身内の情に篤い男だが、マルキオは、とても保守的な性格だ。
実のところ、フレイアは、そんなマルキオが嫌いではない。
ウォーレス血統の特色か、従兄叔父のハインズや従兄のハロルドも同じタイプで、時に面倒くさい部分でも有るが、共に人生を歩んでも構わない程度には愛おしく感じている。
「何だ。まだ気に入らんのか?」
「無詠唱での術式行使。失敗に挫けぬ強さ。探求を諦めぬ姿勢。即座に対応する柔軟さ。ルナリア様との関係。お前のように傲慢に振る舞わぬ謙虚さ。どれを取っても、お前が認めるのも納得したわい。いずれ、一族に連なる者たちもフィオレを認めることだろう」
「ずいぶんな言われ様だな」
ふっと口元が緩む。
ようやく素直になったか。
保守的であるが故に他者を懐へ入れることに躊躇いは有っても、見るべきところはしっかりと見ていて、評価するべきは正当に評価する。
これがマルキオという、フレイアの愛すべき養父だ。
「これでも可愛い娘を気遣った言い方をしたつもりだが?」
「はははははは! それで?」
「まあ、何だ。アレ、儂も教えて貰えんだろうか」
「フィオレに直接頼めばいいだろうが」
「ああ、うむ。・・・そ、そうだな」
本当に、この養父は。
フレイアが養女になった頃、数か月間もマルキオが逃げ回って口を利いてくれなかったことを、懐かしく思い出した。
「未だに子供の扱いが苦手なのか? 相変わらずだな」
「し、仕方なかろう! お前が子を産まんから、儂には内孫が居らんのだろうが!」
「おっと。藪蛇だったか」
血族でフィオレに見合う男が居なければ、ミリアが息子を3人産んでいるから、どれか一人をフィオレの婿に貰うか、などと考えながら、フレイアはフィオレを手招いた。
気付いたフィオレがトコトコと駆けてくる。
戦争フェーズ⑧です。
父義娘の対話でした!
次回、祖父の拳と孫娘の拳が交錯する!(しません




