コーニッツ・ムーア制圧戦 ④
「ハインズ様、マルキオ様、ご到着です」
ウォーレス家領主館の門前で歩哨の任に就いている騎士様の一人が視線で報告し、その合図を受け取ったワールターさんが、ハロルド様に報告する。
正面玄関の前に出迎えに立つハロルド様と隣に立つお師様が姿勢を正したので、ハロルド様の向こう隣のルナリアとお師様の反対隣の私も背筋を伸ばして姿勢を正す。
四人並んで立っていて、なんか私、場違い感がすごい気がするんだけど、お師様の隣で立ち位置を指定されたからには、私に拒否権は無い。
まな板に載せられた魚の気分で戦々恐々としていると、街の目抜き通りを常足で行軍してきた1000騎ばかりの馬列の先頭が領主館の門前で脚を止めた。
馬上に在った甲冑姿の男性が、ひらりと下馬する。
随伴してきた隣の馬上に在った男性は、ゆったりとした動きで下馬する。
お二人は歩哨の騎士様に手綱を預けると、私たちが待つ領主館の正面玄関へと、ズンズンと特殊効果音が聞こえそうな大股な足取りで真っ直ぐに向かってきた。
「ハロルド! マークスは何処だ!」
歩きながら町の外まで聞こえそうな大音声で吠える男性に、びくりと私の背中が竦む。
怖っ! 縦にも横にも大きくて、見るからに分厚い身体は熊みたい。
身長は2メートルを軽く超えているんじゃない?
白髪混じりの金色の短髪に、額の生え際から左目を縦断して唇の左端まで続く大きな古傷の痕が、隻眼の強面をさらに怖く見せている。
どうでもいいことだけど、口から顎を覆う立派な髭と太い眉も、傷痕には毛が生えないようだった。
この方が、先代ウォーレス侯爵、ハインズ閣下。
全軍の総大将なのに一番先に敵中へ突っ込んで行くような猛将なんだって。
ポンと私の頭にお師様の手が載せられ、少しだけ気持ちが余裕を取り戻す。
「父上。気持ちは分かるが、もう少し落ち着いてくれ」
「ムーアの小悪党どもめ! これが落ち着いてなど居られるものか!」
「敵討ちも良いが、先ずはルナリアの無事を喜んでやってくれないか?」
「むっ! おお、そうだったな!」
「お、お爺様、お久しぶりです」
「うむ! ルナリア、よくぞ無事に戻った!」
「あ、ありがとうございます」
ん? ルナリア、何だか警戒してる?
ヒョイと片腕で抱き上げられたルナリアが、2メートルの高さへと連れ去られて、顔を引き攣らせる。ルナリアって、高い所が苦手なのかな?
そういえば、崩落現場の倒木を伝って降りるときも怖がっていたような?
「あの、お爺様?」
「何だ?」
「今日は、お婆様は?」
「豚どもを斬り殺す、と、久方ぶりに剣を振ったら腰を痛めたらしくてな。マークスの葬儀までには這ってでも来ると言うておったわ」
「そうでしたか」
しょんぼりしたルナリアの頭を、手を伸ばしたハロルド様が撫でる。
片方しか無いハインズ様の目を、ハロルド様が真剣な目で見据えた。
「父上。ルナリアに次期当主を継がせる」
「そうか。・・・だが、女子の身で務まるか?」
ハロルド様の宣言に、幾分、トーンダウンして返したハインズ様に、お師様がひらひらと手首を振る。
「問題無かろう。“魔の森”から生きて帰った私の弟子だぞ」
「おう、フレイアか。久しいな」
「御大も壮健そうで、何よりだ」
お師様はハインズ様のことを御大って呼んでいるんだね。
一族の長とか、そういう意味だっけ。
ウォーレス家の現当主はハロルド様でも、一族の長はハインズ様のままなんだね。
だから、ルナリアの次期当主決定もハインズ様の承認が必要ってことかな。
いくらか表情を緩めてお師様と握手を交わしたハインズ様が、再び思案顔に戻る。
「むぅ・・・。フレイアよ、物になりそうなのか?」
「愚問だな。ルナリアもウォーレスの女だ」
「ふむ。お前がそう言うならば、問題ないか・・・」
そこへ、随伴してきた騎馬の乗り手が歩いてきた。
ゆったりと馬を降りていた人だね。
こちらの老将も偉丈夫では有るけれど、熊っぽいハインズ様よりも、幾分か線が細い。
恐らく、お師様のお父様である、先代ピーシス子爵、マルキオ閣下。
戦場では常にハインズ様の隣に在り続けた老練の闘将であり、同時に優れた魔法術師でもあるという、上品な口髭に、白髪で真っ白な頭に理知的な目の光が印象的な方だった。
しかし、その理性を宿す目にも、抑えきれない殺意の光が見えている。
静かだけどキレてる! この人も絶対にキレてるよ!
戦争フェーズ④です。
集結し始めた戦力! キレている爺様たち!
次回、爺様たちの前に幼女が立ち塞がる!




