特務魔法術師の弟子 ⑫
「フレイア。8~9ヶ月前と言ったら」
「ああ。“商品”をカリーク公王国へ送ろうと企てたムーアの奴隷商人を、私たちが皆殺しにした、去年の年の瀬だ」
互いの目を見合わせたフレイア様とハロルド様が、同時に頷く。
「フィオレは、あの奴隷商人の被害者だった可能性が有るな」
「しかし、ムーア程度の影響力で、エクラーダ王国にまで手を伸ばせますかな?」
「裏に居たのがコーニッツなら、王都の“融和派”に“繋ぎ”は取れただろうさ」
「ふむ。ありそうですな」
ハロルド様の推考に、ワールターさんも深く頷いた。
「・・・つまり、私はエクラーダ王国で買われて、リテルダニア王国の“融和派”を通じて、カリーク公王国へ売られる商品だった?」
「さて、買われたのか攫われたのかは、分からんがな」
吐き捨てたフレイア様の隣で、険しい表情のハロルド様は目を眇めている。
「もしや、“融和派”が国境管理の緩和を執拗に諦めないのは、これが真の理由か・・・?」
「大陸西部から中央部を経て南部までを横断する人身売買網の構築。・・・そうか、そうか。そう来たか」
ハロルド様の一言に、フレイア様が肉食獣のような笑みを浮かべる。
「西部から直接、南部へ商品を送らない理由は?」
「さあな。品揃えの拡充のためか、あるいは、リテルダニアを巻き込むためか」
「神教会なら、やりかねんか」
「由々しき事態ですな」
ワールターさんも、黒い笑みを浮かべている。
「・・・どうするの?」
「決まっているだろう。なあ? ハロルド」
「まとめてブチ殺す」
私の問いに返ってきたのは、ギラギラとした決意の光を宿す目だった。
理性的で温厚な方だと思っていたけど、武闘派一族の長は、やはり武闘派だったらしい。
「わたしも! “融和派”の奴ら、絶対に許さないわ!」
「・・・私も手伝う。“融和派”は、私にとっても敵だと確定した」
怒りに震えるルナリアの手に、私も手を重ねた。
何かに気付いた様子のワールターさんがハロルド様たちの横顔を見比べる。
「御当主様、フレイア様。コーニッツとムーアは生かして捕らえる必要があるのでは?」
「む? しかしだな。生かして置いては父上たちが収まらんぞ」
「単なる怨恨で終わらせては、マークス様のご無念は晴らせても、王都に巣食う“融和派”を根絶やしに出来ない可能性がございます」
ハロルド様とフレイア様が、苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「フレイア様の権限をもってしても、コーニッツとムーアの両家止まりにございましょう」
「なら、どうする」
「さっさと殺して置かんと王都の“融和派”から邪魔が入るぞ」
「宰相閣下でございますな。・・・“融和派”に知られないうちに王家に対して先手を打つことが出来れば、王家も黙るのでは?」
ワールターさんの提案に、ハロルド様が思案顔になる。
「騎士団長閣下へ知らせる・・・か? 閣下を通じて奴らの身柄を王都へ送る算段を整えても、どの道、奴らを処刑する前に邪魔が入らんか?」
「王家のどなたかにレティアへ足を運んで戴ければ最良にございますが・・・」
何かを思いついたらしいフレイア様が、ひらひらと手首を振る。
「ああ。それなら、騎士団長と魔法術師団長の両方に早馬を飛ばしてくれ」
「魔法術師団長閣下にも、でございますか。何とお伝えすれば?」
「私が“白焔”の後継者を決めた、と、だけな。“事が始まった”情報が王都へ届く前に、王家のほうから勝手に飛び出してくるぞ」
ニヤリと悪い笑みを浮かべるフレイア様の言葉に、驚いたワールターさんが私を見る。
「ほほう。・・・それほどの?」
「本人の意思次第だがな」
「・・・ん?」
フレイア様も私を見ているので、首を傾げる。
フレイア様が居住まいを正したので、私も背筋を伸ばした。
「フィオレ。お前、これから、どうしたい?」
真摯な目だった。
本当に大事な答えを求められているのだろうと感じたから、私も真摯に向き合う。
「・・・魔法を教わりたい。できれば、剣術も」
「魔法術式は、もう使えるだろうに。お前は、その辺の術師よりも、よほど強いぞ」
「・・・まだまだ足りない。今の私のままじゃ、きっと次はルナリアを守りきれない」
私に纏わりつくルナリアの腕に、ぎゅっと力が入った。
ハロルド様とワールターさんは黙って私たちの遣り取りを見守っている。
「私なら、お前を今よりも強くしてやれるが、師事したいか?」
「・・・許してもらえるのなら」
真っ直ぐに私を見るフレイア様の目を、私も真っ直ぐに見返す。
特務魔法術師の弟子⑫です。
切る尺が、ちょっと半端になりました!
次回、家族会議、決着!




