特務魔法術師の弟子 ⑪
「・・・違う、と思う。信じられない話かもしれないけど、いい?」
「構わん」
即答したフレイア様に同意して、ハロルド様も頷いた。
私は何者なのか。
身体は兎も角、私の心は、この世界の人間では無い、と。
ルナリアに話したときと違って、31歳で死んだ私の生い立ちから話した。
望まれない誕生。育児放棄。飢え。暴力。社会の無関心。食い物にしようとする連中。
地球世界でも指折りの先進国である残酷で平和な日本で、私が何をされ、私が何を考え、私がどう生きて、どう死んだのか。
フレイア様もハロルド様も、信じられる人たちだと思うから、包み隠さず全てを話した。
幼い子供の私がワナ猟の技術を身に付けている理由が明かされて、ハロルド様は奥歯を噛み締め、静かに目を閉じて聞いていたフレイア様は溜息を吐いた。
「勇者が来る世界も、存外、大したことが無いらしい」
ルナリアは私の首っ玉にしがみついて、また泣いている。
この話を聞くのは二度目でしょうに。
半年前にムーアの町で今の私が目覚め、このままでは死ぬ、と、サバイバルを決意して森へ入り、ルナリアに出逢うまで、どうやって生き抜いたのか。
私は、憶測を挟まず、事実だけを話した。
「フィオレ様・・・。なんと痛ましい」
直立不動のまま、滂沱と涙を流すワールターさんの様子に苦笑する。
あっちの世界とこっちの世界の2人分でも32年に満たないの私の歴史が、この人たちに、どう受け止められるのか。
「・・・信じられる?」
グズグズと洟を啜りながら、ぎゅっとルナリアが抱き締めてくる。
「わたしは信じるわよ!」
「・・・ありがとう。ルナリア」
とんとんと小さな背中を撫でてあやす。
ハロルド様は柔らかい目で私たちを見ている。
「森に居た間、私たちもまた、君を見ていた。君は信頼を置ける人物だと考えているよ」
「・・・じゃあ?」
私は、ここに居て良いのかな?
私は、ここに居る人たちを信じていいの?
最後まで言葉に出して聞くことを躊躇う私の心を見透かすように、フレイア様は片眉を上げた。
「私が、そんなにケツの穴が小さい女だと思っているのか?」
「・・・無い、ね」
「だろう?」
フレイア様、言い方。
私が笑うと、勝ち誇った笑みが返ってきた。
「フレイア様。もう少し言葉遣いを・・・」
ほら、頭痛を抑えるような渋面でワールターさんにも言われた。
「分かった、分かった」
ひらひらと手首を振るフレイア様を横目に見て、ハロルド様が脱力した溜息を落とす。
再び目線を上げたとき、ハロルド様の目は非常に険しいものになっていた。
「それにしても、だ」
「半年前、か」
フレイア様の目付きも険しくなっている。
「フィオレ様の身体的特徴は、エクラーダ王国人のものかと」
ん? 話が飛んだように思ったら、ハロルド様もそう思ったのか、思案顔のワールターさんを見上げる。
「髪と瞳の色、か?」
「報告によると、フィオレ様の銀髪は、元々は青みが入っている色だとか?」
「・・・うん」
「紫ではなく青なのか?」
ハロルド様とワールターさんから投げ掛けられた目線に頷いて返す。
「・・・シカの血で染まって、髪を洗っても落ちなくなった」
予想外の答えだったのかハロルド様は目を剝いていて、フレイア様は面白そうに目を細めている。
ワールターさんは頭痛を堪えきれなくなったのか、こめかみを指先で揉んでいる。
「ずいぶんと昔に、かの国で見たことがありますが、瞳の色と言い、フィオレ様のそれは、純血のエクラーダ王国人しか持たない色にございます」
「純血の、・・・か」
驚きから復帰したハロルド様が思案顔になって、私は首を傾げた。
「・・・えくらーだ?」
「リテルダニア王国の西方。いくつかの国を挟んだ向こうに在る小国にございますよ」
「・・・そうなんだ」
律儀に答えてくれるワールターさんって、優しい人だね。
ワールターさんは私が考えていることが分かったのか、柔和な笑みを返してくれた。
西方? 西ってことは、ウォーレス領から見て森とは反対側の人類棲息域の方だよね。
大自然の脅威よりも、人間の方が、よっぽど危険ってヤツかなあ。
「現在は勇王国に攻め入られそうになって政情不安だと聞いているが、半年前だろう?」
「その頃は、まだ、今ほど不安定では無かったはずでございますが」
「・・・半年前の時点でガリガリに痩せ細っていたから、この子が浮浪児になったのは、その2~3ヶ月は前だと思う」
私は自分の胸を見下ろして、そっと手を当てた。
1ヶ月や半月で、人間の身体は、あそこまでガリガリにならないと思う。
何かに気付いた様子のハロルド様が、隣を見る。
特務魔法術師の弟子⑪です。
明かされる身の上!
明かされる出自!
次回、母星からの奪還艦隊襲来!(ウソです




