特務魔法術師の弟子 ⑦
「・・・広い」
このレティアの町に私が初めて足を踏み入れたとき、といっても、フレイア様の馬の鞍に置かれていたから、まだ自分の足で城塞内の土を踏んだわけじゃないけど、城壁に囲まれた街―――、町? の第一印象は、とにかく「広い」だった。
城門を潜った街道は、そのまま直線で真っ直ぐに続いているのに、町の反対側に在るという隣国側の城門が遠すぎて見えない。
「町の面積だけで言えば、レティアは王都よりもデカいからな」
「・・・ええ?」
「兵力の集結や長期の籠城戦を想定すると、これでも狭いぐらいだぞ」
フレイア様は、何てことが無い風に言う。
後日、歴史の授業で習ったところによると、レティアの町は500年以上の昔から拡張に拡張を重ねて今の姿になったそうなのだけれど、この姿は未だ完成形ではなく、戦争が起こったときに、敵の姿が見えにくいとか、矢や魔法を撃ちにくいとか、問題点や不満点が見つかる度に改築増築が続けられ、常に拡張され続けていて、ふんだんに石材を使った威容は、まさに城塞都市といった趣だった。
サクラダファミリアかよ。
レティア内に入って最初に見えるのは、道幅100メートルは有るだろう目抜き通りで、通りに面した商店や住居らしき建物は、例外なく石造りの3階建て。
見事にデザインが統一されたコンセプトタウンみたいに見えるけど、観光地の景観的な意味では無く、戦時に延焼を防ぐとか、そういう軍事的な理由なんだろうなあ。
そういや、ルナリアが“融和派”は町におカネを掛けないって、ムーアの町を鼻で笑ってたね。
「・・・物見台?」
街の中の建物は城壁よりも低いのに、目抜き通りから脇道へ入る四つ角の建物の屋上にだけは、木製の手摺が立った台が載っている。
なんで、町の中に? 物干し台・・・、では無いよね?
首を傾げる私の目線をフレイア様が追う。
「あれは狙撃台だな。通りに面した区画の建物がすべて石造りなのは、敵の攻撃で建物を燃やされるのを防ぐためで、四つ角の建物に人が上れる台が載っているのは都市内へ侵入した外敵を狙撃するためだ」
やっぱりか。町の中まで敵を殺す気マンマンだった。
「街道を城壁内に通している町の性質上、町の防衛側が有事を把握した時にはすでに敵の破壊工作兵が侵入していることも考えられるからな」
「・・・後手に回った最悪の事態が起こっても、国境線を死守するため?」
正解だったみたいで、ぐりぐりが来た。
「後ろを見て見ろ」
「・・・城壁?」
「レティアの城壁の高さは15メテルある。城壁の上からは、街の外側だけでなく街の内側を障害物無しに見渡せるようになっているし、城壁の歩廊も伝令や応援の馬を走らせられる広さが有って、主要な通りが激戦地になっても迂回路としても機能する」
「・・・城壁の上を騎馬が走る?」
ほろう? 歩廊か。キャットウォークだな。
城壁そのものが万里の長城みたいな造りになってるのか。
「戦場の推移は千変万化だから、城壁ひとつ取っても完璧な正解というものは存在しないのだろう。だが、王国を守り領民を守るには、試行錯誤を止めるわけには行かん」
とはいえ、一家系で一つの町を築いて維持するって、ものすごい労力だと思うんだけど。
「・・・この町って、どのぐらい大きいの?」
「歩廊を馬で見回ると1周で4時間ぐらい掛かるぞ」
時速5キロメートルとして、町の外周は20キロメートルもあるのか。
外周20キロメートルの円を円周率で割ると、ざっくり直径6000メートルちょいか。
円の面積が半径×半径×円周率だから、3の3の3.14で、え~っと、2800万ぐらい。
2800万平方メートルってことは、1000×1000の100万平方メートルで割ったら28平方キロメートルか。
28平方キロメートルって、東京23区の一つの区がすっぽりと入る大きさじゃないかな。
城塞内部の敷地面積だけで、この大きさとは。
「・・・バカみたいに大きいことだけは分かった」
「レティア卿が砦を築いた頃は、周辺に小さな村と農地が有っただけだったらしいがな。戦争や魔物の襲来で被害を受ける度に、人家や農地を防塁で囲んで、その防塁が、やがて堅固な防壁に変わり、時代が下って、人口が増えて家屋が足りなくなれば、農地を防壁の外側へ移して、農地のさらに外側を防壁で囲み直した」
「・・・全部の農地が城壁の中にある?」
「その通りだ。レティアの地は地下水が豊富だから、完全包囲されても自前の生産と備蓄で2年間は籠城できるぞ」
「・・・ふあああ」
ん? でも、あれ?
「・・・レティアの町って、どのぐらい人が居るの?」
「人口か? なんでだ?」
「・・・広さのわりに、人が少ない気がして」
「辺境だからな。騎士団や領軍に平民を全部足しても平時は3万ぐらいだろう」
「・・・それって、少ない?」
「王都の広さはレティアとそう変わらんが、人口は50万ぐらいだったか」
「・・・レティア、めっちゃ少ない」
人口密度は都会の17分の1程度。
「だから、有事の避難民を全て受け入れられるのさ」
「・・・ああ。避難民」
「レティア周辺に領地の割り当てを持っている繋累と領民を一人残らず受け入れても、1年以上は耐えられる」
「・・・レティア周辺」
「どうした?」
「・・・ムーアの周辺は、野原と小麦畑しか無かった」
「レティアの周辺は大体が放牧地だ。軍馬の生産が盛んな土地だからな」
外敵に荒らされない大規模な農地を城塞内に持っていて、軍馬を領地内で生産できる。
それって中世レベルの―――、いや、近世か? 生産力としては群を抜いているんじゃないだろうか。
その生産力が、内政に手を抜いている“融和派”は気に入らないし、通行税などで簡単に儲けたいから、外国との交易を増やしたい?
「・・・“融和派”の領地って、外国に輸出できるもの持ってるの?」
「無いな―――。ああ、ムーアのアホは領内の村から攫ってきた女子供を他国へ売ろうとして、レティアの積み荷検査で引っ掛かったことが有ったか」
「・・・ダメじゃん」
「実行犯は、なます斬りにしてやったが、とぼけられてな。お前も危なかったんだぞ」
「・・・うええ・・・」
「リテルダニアでは奴隷売買は違法だが、カリークへ渡れば合法だからな」
リテルダニアって、この国の名前だったな。
カリークは川向こうの隣国のはず。
私はガリガリに痩せ細った死に掛けの浮浪児だったから、ムーアでも商品価値が無かったのかな? 犯罪は論外だし、得られそうなのは通行税や関税だけなのに、出入国緩和で儲けるつもりって、“融和派”の貴族は、どれだけの重税を課すつもりなんだろう?
「リテルダニアの輸出品は、“魔の森”で採れる魔獣素材ぐらいだ。しかも、“融和派”は軍備をケチるから、弱兵ばかりで魔獣素材の収集能力も低い」
「・・・外注―――、冒険者? なんかに素材を集めさせるのは?」
冒険者って言うんじゃないのかな。ムーアの町の武装した民間人っぽい人たち。
「無理だな。そもそも、“魔の森”は北へ行くほどに強い魔獣が多くて、南部で採れる素材に大した価値は無い。価値の無い素材しか採れない町に冒険者は居着かん」
フレイア様が肩を竦める。
武装民間人の職業は冒険者で合ってたみたいだけど、あの人たちも狩猟や採集で儲けるためにムーアの町に居たわけじゃないんだね。
「・・・儲かる未来が見えない」
「そういうことだ。どうせ、また“人売り”でも始めようって魂胆だろうさ」
「・・・犯罪じゃないの?」
「犯罪に決まっている。だから、“保守派”は“融和派”の国境開放政策を、治安を悪化させて危険を呼び込むだけの愚策として拒否している」
「・・・すごく正しいと思う」
ぐりぐりが倍プッシュされた。
「そろそろ、雑談も終わりだ。見えてきたぞ」
「・・・何が?」
フレイア様が私を見下ろして、ニヤリと笑った。
「ウォーレス侯爵家の本拠地。レティア砦だ」
特務魔法術師の弟子⑦です。
戦闘様式や防衛の考え方で町の風景が変わる、というのが私の持論です。(キリッ
次回、幼女は吊される!




