特務魔法術師の弟子 ⑥
松の大木を出発して、おおよそ4時間。
「見ろ。あれがレティアだ」
「・・・おお」
ぽっくりぽっくりと馬上で揺られて行軍した私たちは、ウォーレス侯爵領の領都であるレティアの街に到着した。
「・・・大きい」
「そうだろう?」
遠目に見ても、レティアの街はムーアの町よりも、遥かに巨大だ。
延々と続く城壁は、遠くの方が霞んで見えない。
あれ、何キロメートルあるんだろう?
「このレティアという街は、初代ウォーレス家当主“レティア”卿が築いた砦から発展した街でな。隣国に睨みを利かせるために、国境線のリテルダニア王国領土内ギリギリ内側の場所に在る」
「・・・国境が近い?」
「城門の目と鼻の先だな。レティアの南に流れるナーガ川が、隣国、カリーク公王国との国境線で、川幅300メテルほどの向こう岸は、もう外国だ」
「・・・敵に近すぎて危なくない?」
「押さえるべき要衝から軍事拠点が遠くては話にならんだろう」
「・・・なるほど。確かに」
「ナーガ川の河畔は、ほとんどの場所が川の流れに削られて出来た高さ2メテルほどの崖でな。兵だけなら渡れなくもないが馬や輜重の渡れる場所が少ないのがナーガ川の特徴だ。水深が浅くて崖の低い、数少ない渡河地点に自然と出来上がった街道を掌握するために、レティア卿が拠点を築いた」
「・・・まさに要衝」
「ああ。要衝だけに何度も攻め入られたが、レティア卿はただの一度も敗れたことが無い」
「・・・すごい」
「国史に名前が残るほどの武勇に優れた女傑でな。私が目標とするお方だ」
街の名前の由来となった初代様は女性の方だったのか。
「・・・フレイア様も有名な女傑だって、ルナリアが言ってた」
「ははは! 強い女が多いのはウォーレス家系の特徴だな」
ルナリアの気が強いのは目標とするフレイア様の影響かと思っていたけど、ウォーレス家の女性全般がそうなのか。
「・・・ルナリアも、フレイア様みたいになる?」
「どうだろうな? かと言って、ウォーレス家の男が女よりも弱い、なんてことは無いぞ」
「・・・そうなの?」
「ハロルドも王都の騎士団で方面部隊副隊長を務めていたし、先代は王都騎士団の元・騎士団長だった。ウォーレス家は王国内でも屈指と呼ばれる男を数多く輩出している」
「・・・そうなんだ」
もう、男も女も関係なくガチガチの武闘派家系。
国土や国民の全てを脅威から護るように、最も隣国から攻め入られやすい最前線に本拠地が在る時点で、ウォーレス家の気風が分かるよね。
そりゃあ、5歳の娘が敵を倒したら褒めまくって、ポンとナイフを与えちゃうわけだわ。
私も日本人的感覚は完全に棄てた方がいいと理解した。
城門の両脇を固める兵士さんたちも、城壁の上で見張りの仕事をしている兵士さんたちも、直立不動で固めた右手を胸に当てる姿勢を取った。
あれが、この国の敬礼の仕草なんだろうね。
ぽっく、ぽっく、と、目を閉じて聞いているだけなら長閑な蹄の音に揺られて、これから城門前の水堀に掛かった跳ね橋を渡り、吊り上げ式の格子状の門扉の下を潜る。
騎馬隊の先頭が私という荷物を載せたフレイア様の馬で、護衛対象という意味でか、ルナリアという荷物を載せたハロルド様の馬は、隊列の半ばの位置まで下がっている。
城壁の下を潜るアーチ天井の城門に差し掛かった私は、頭上の門扉を見上げ続けていた。
「・・・はー・・・」
「どうした?」
「・・・ムーアの町の城門とぜんぜん違う」
あっちの門は頑丈そうな木製の門扉を鉄板で補強してあるだけだった気がする。
城門を潜る距離が短かったということは、あっちの城壁は薄っぺらいのだろう。
「外門の格子門か? ムーアとの違いは防衛の考え方の違いだな」
「・・・外門?」
「落とし格子という物でな。レティアでは内側にもアレと同じものが吊られている」
この格子門、日本の時代劇に出てくる牢獄の格子みたいな太い角材を組んで鉄板で覆った格子状の門扉を、城門の天井よりも高い位置まで頑丈な鎖で吊り上げてある。
ヨーロッパのお城の写真か何かで見た記憶があるけど実物を見るのは初めてだ。
しかも、あっちは史跡で、こっちはバリバリの現役。
「・・・なんで、あんな形?」
「外敵の襲来時にはあの門を落として敵の侵入を防ぎつつ、格子の目の間から敵兵を槍で突いたり、弓を放ったり、丸焼きにしたりするんだ」
「・・・そういうことか」
「外敵を防ぐ障害物であると同時に、敵を閉じ込める檻でもある、ということだ」
大型害獣を捕獲する箱ワナと同じだ。
格子越しに箱の外から獲物にトドメを刺すことができる。
「・・・納得した」
城門という工作物は、「敵の侵入を防ぐ」ために存在する。
レティアの町は「敵を殺す」のが目的の城門で、ムーアの町は「引き籠もる」のが目的。
フレイア様が言う「防衛の考え方の違い」とは、そういう意味だろう。
でも、フレイア様。最後の丸焼きっていうの、怖いよ?
2車線道路ほども通路幅があるアーチ天井は高さが10メートル近くも有って、あちこちの石材の表面に黒く焼け焦げた跡が残っている。本当に焼いたんだなあ。
通路幅が広いのは、兵站を満載した荷馬車が擦れ違えるように、かな?
「・・・天井、高い」
「長槍を持った騎馬隊が駆け抜けるには、これでも最低限の広さだな」
フレイア様が上を指す。
薄暗い天井には、石材の繋ぎ目に数センチメートルほどの細い切れ込みが入っている。
「アレが何か分かるか?」
「・・・狭間?」
狭間というのは銃眼とも呼ばれる、地球の築城技術でも古今東西で用いられていたもので、壁や天井に設けられたスリットから、敵の攻撃を防ぎつつ弓矢や鉄砲で敵を攻撃できる、要するに覗き穴のことだ。
その狭間が、前後を格子門に挟まれたこの通路には、一定間隔で無数に設けられている。
「そうだ。外門を破った敵が城門内に侵入しても、内門で足止めしている間に頭上から一方的に攻撃できる」
「・・・おおぅ、殺意マンマン」
「その通りだ」
我が意を得たり、とばかりに、フレイア様は楽しそうに笑う。
「あれが内門だな」
フレイア様が指す前方を見ると、トンネルの出口の天井に、格子門らしき工作物の下端が覗いている。
内門が閉まっている通路へ敵兵が押し寄せたところに外門を落とせば。
「・・・本当に檻だ」
長さ15メートルほどのトンネル状の通路を抜けて内門を通り過ぎると、出口に再び外門と同じ格子門が吊り上げられている。
完全なる殺戮空間だ。
内側からでも天井からでも敵を攻撃できる二重の城門を潜って、初めて城塞内へ入れるのだ。
「ここはリテルダニア王国側だが、レティアの城門は、ここと同じ構造を持った城門が、ナーガ川側に、もう1ヶ所しか設けられていない」
「・・・城門が2ヶ所しかない?」
「そうだ」
城塞の大きさに対して出入り口の数が少な過ぎない? と思わなくもないね。
「・・・それって、不便なのでは」
「敵に不便を強いるのは当然だろう?」
ああ、そうか。「敵を殺す」のが目的だったね。
敵を不便にするためなら、自分たちの不便は許容範囲らしい。
「・・・街を迂回されたら?」
「木を植えて街道以外は兵站部隊が通れなくしてあるからな。兵站無しの騎馬や歩兵部隊だけでは長距離の行軍が出来ん」
「・・・そっか。なるほど」
「南部国境からリテルダニア王国へ攻め込みたければ、レティアを通るしかない」
ワナと同じだ。
通らせたくない場所に切り出してきた枝葉を置くのは、ワナ猟でも普通に使う技術だ。
どうしても「そこ」を通らせたかったら、障害物を置いて進路を制限してやれば良い。
フレイア様がニヤリと嗤った。
行きたければ俺の屍を越えて行け! と言わんばかりの城門だったね。
どれだけ敵を殺す気マンマンなんだよ。
特務魔法術師の弟子⑥です。
古いお城や砦ってロマンですよね。
次回、町の様子です!




