特務魔法術師の弟子 ⑤
さて、子供がすべきお仕事は学ぶことと遊ぶことだ。
騎士様や兵士さんたちが山ほど居るのだから剣や槍を教えてくれる人も山ほど居るわけだけれど、みんな他にお仕事があるから、ずっと監督してもらえるわけでも無い。
フレイア様から言われているので魔法の練習もしているけど、そればかりで子供の集中力が続くわけもなく、かと言って何もない森で出来る勉強なんて限られている。
この魔法の練習って魔力の制御力を養うために、「魔法を発現できる最小限の小さな規模で延々と維持し続ける」という非常に長時間、かつ、非常に地味なもので、集中力的にも精神力的にも地味にキツい。
慣れてくると楽になるそうだけど、魔力制御がガバガバだと早々に体内の魔力を使い切るんだよ。
ガス欠で魔法の練習が出来なくなったらヒマになる。
ヒマに飽かしてルナリアとおしゃべりしながら増産したカゴ罠を小川に仕掛け、馬車から引き剥がされた蔓とその辺の小枝を使ってククリ罠を増設して回る。
私からすると狩猟は趣味と実益を兼ねたお仕事だけど、ルナリアからすれば遊んでいるようなものだ。
ルナリアが楽しく遊びながら学べているのならヨシとしよう。
ハロルド様もフレイア様も黙認してくれているし、否定的には見られていないはずだ。
◇
「・・・掛かるんだよねぇ」
私たちの目の前には、ククリで右後ろ脚を吊り上げられて寝転がっているシカが居る。
今朝は、この鹿で4頭目なんだよ。
どうなってるんだ? この森の野生動物。本当に警戒心とか無いのかな?
カゴ罠も川魚が大漁だったから、エラと内臓を掃除して長い枝に通した数十匹の川魚を、えっちらおっちらとルナリアと二人で運んでいる最中で、今はシカにトドメが刺せない。
格闘戦のプロでも無い私では、腰に提げたナイフでトドメを刺せるわけも無く、ナイフと違って槍の所持は却下されたから獲物を回収できない。
忙しそうな騎士様たちや兵士さんたちの誰かに回収をお願いするのは気が引けるけど、仕方ないか。
すっぽんぽんになるとルナリアに怒られるしなあ。返り血対策の雨合羽が欲しいよ。
なお、わたしがぱんつを穿いていないことは、まだルナリア以外に知られていない。
シカが歩いている姿や草を食んでいる姿を見掛けないのに、どこから来ているのか不思議なんだけど、ワナを仕掛ける数が多いほど、どんどん掛かってくれる。
大体、設置数に対して2割程度の勝率だろうか。
今は秋だから、そう遠くない未来に訪れる冬に備えて野生動物が食欲旺盛な季節ではあるだろうけど、あんたたち掛かり過ぎじゃないの?
今夜も大盤振る舞いだなあ、って今日の調理担当当番の兵士さんと話していたら、最後の失踪者になった騎士様が発見されたとハロルド様に伝令が来て、丁重に木箱へ納められたご遺体と一緒に私たちもウォーレス領へ帰還することになった。
さすが軍隊だよね。
ハロルド様から撤収命令が出て30分も経たない内に出発の準備が整った。
さっと塩が振られた生モノの川魚は帰路の昼食に使われることになって、血抜きだけ済ませたシカは4頭とも解体しないまま馬の背に積まれて、明日、領主館で行われる、開戦決起集会というか激励会というか、そんな感じの酒宴に供されるらしい。
いくらか残った干し肉は、大きな皮袋に移されてフレイア様が死守した。
空になって洗浄された素焼きの壺は、いくつかの武器とカゴ罠と松の実が詰まった壺と岩塩の壺と一緒に洞の中へ安置され、森のセーフティーポイントの非常時用備蓄とされた。
大人では洞の中に入れなくても、腕を突っ込んで指先が届く範囲内に壺を積んでおけば救難物資の用は果たせるだろう。
騎士様たちの世間話を聞いている限り、岩塩の採掘計画については採掘場周辺の森を拓いて防御柵を築き、守備兵員と採掘要員が常駐する永続的なウォーレス領所有の開拓村が作られる運びになるようだ。
つまりはウォーレス領として崖下の森一帯の領有宣言が出る。
すぐ隣に敵領地が有るのに大丈夫? と心配していたら、バカ正直に岩塩鉱床の存在を教えてやるわけも無く、2度にわたる暗殺事件に絡めて、事件現場に使われた森の封鎖とお兄様たちの慰霊施設の建設を名目に、他領や他国の人間を立ち入らせなくするみたい。
現場作業の締めにフレイア様が土魔法で洞の入り口を不自然なく塞ぎ、塞いだ蓋に目印の傷が入れられて、とうとう私が洞から巣立つ瞬間が来た。
ルナリアはもちろん、ハロルド様もフレイア様も私を森へ帰すつもりは毛頭ないらしく、私は松の大木と、本当のお別れになるそうだ。
フレイア様の馬の鞍へ載せられる直前、私は大木の幹に抱き着いた後、深々と一礼した。
数十メートルもの高さが有る大木を見上げる。
今日まで、本当にありがとう。
あなたのお陰で私は今日まで生き延びられたよ。
しんみりとしていた私はフレイア様の左腕でヒョイと抱えられ、鞍の上へと拉致された。
完全に荷物扱いである。
なんて人だ。私はしんみりとすることさえ許されないらしい。
凛として真っ直ぐに前を見つめるフレイア様を見上げる。
「前を見ろ。後ろに在るものなど思い出だけだ」
「・・・はい」
厳しくも優しい声に、頷いて応える。
がんばって見上げないと、背の低い私がフレイア様の前に座らされるとバインバインの大きな胸が私の頭頂部に乗っかって、前じゃなく物理的に下を向かされるんだけれどね。
こうして近くで見ると、本当に綺麗な人だな。
「なんだ?」
「・・・まつ毛、長っ、って思った」
「良いだろう」
「・・・うん」
「目に砂埃が入りにくくて便利だぞ」
「・・・ああ、そっち」
女性としての美醜には興味が無いらしい。
まだ、これから私の去就がどうなるのかは決まっていないれけど、この人みたいな大人の女になりたいと、心の底から思った。
特務魔法術師の弟子⑤です。
また切る尺、間違えたあああああ!
アアアアアー! アアアアアー! アアアアアー!
次回、文明への帰還!




