特務魔法術師の弟子 ③
「・・・お。掛かってる」
シカが掛かってるけど・・・。
私が立ち尽くしていると、ルナリアが首を傾げた。
「どうしたの?」
「・・・いや、しまったなあ、と思って。トドメ用の武器を借りてくるの忘れた」
「そういえば、そうね」
槍は壊れたし、そもそも証拠物件でもあるから、手元に有ったら引き渡す必要があるか。
新しい武器が欲しいな。廃品利用じゃない、ちゃんとしたヤツ。
干し肉のおカネを貰ったら、ぱんつと一緒に買いに行こう。
「・・・仕方ない。先にワナを全部見て回ろう」
どうせヒマだし。
「他にも掛かっていたら、馬を出してもらうわ」
「・・・ルナリア、名案」
道具も貸してもらえれば、なお有難い。
ルナリアと手を繋いで見て回ったら、なんと、もう1頭、シカが掛かっていた。
この森のシカって、警戒心が無いんか・・・。
まあいいや。捕れる獲物が多いのは良いことだ。
みんな、ごはんが、おなかいっぱい食べられる。
脅威が無くなった安心感も有って、私はウキウキだった。
ウキウキすぎて、ルナリアがそわそわしていることに気付いていなかった。
「ね、ねえ、フィオレ」
「・・・なに?」
「さっきは、ありがとう」
「・・・ん? さっき、って?」
「庇ってくれたでしょう?」
あれか? 私が指揮官の男に嫌がらせの質問をしたヤツかな?
「・・・いや。ムカついただけだから」
「それでも、ありがとう。・・・ふぃ、フィオレって王子様みたいよね」
「・・・ええ? 何それ?」
耳から首まで真っ赤っ赤になってるんだけど、熱でもある?
ルナリアのおでこに手を当ててみる。
ルナリアのジト目、久しぶりな気がする。なんで、ジト目?
「なにしてるの?」
「・・・熱でも有るのかと」
「ないわよ!」
「・・・そ、そう」
怒られた。
いや、デレた!? もじもじしながらチラ見してくる。
「颯爽と現れて、助けてくれて、すっごく強いの」
なるほど。脳筋一族だけあって強いのが好みか。
しかし、しかしだ。
「・・・ルナリア、それはひどい」
「ふえ?」
「・・・私はこれでも女。いずれ、バインバインになる予定」
こう、ぺったんこの胸の前で二つの大きな山のジェスチャーをする。
「叔母様みたいに?」
「・・・いいね。フレイア様、格好いい」
「ちょっと怖かったけど、格好良かったわ」
「・・・ルナリアのために怒ってた」
「うん。分かってる」
「・・・でも、確かに怖かった」
手足が、スポーンって飛んで行ったもんね。
ぶるっと来たら、隣でルナリアも背筋を震わせていた。
二人で顔を見合わせる。
「「ぶふっ」」
手を繋いだまま、けらけらと笑いながら二人で木々の間を駆けて、みんなのところへと戻った。
騎士様に手伝ってもらって獲物2頭を回収して、道具を借りて捌こうかと思ったら、猛烈な剣幕のルナリアに“全裸禁止!”と大目玉を食らったので、シカの解体は騎士様たちにお願いした。
そういや、私、ぱんつも穿いてなかったねえ。
魔獣の駆除なんかの任務で森へ入ることが多い騎士様たちは、道具も不十分な私の素人解体と違って非常に解体作業が上手で、大ぶりなナイフ1本しか手にしていないのに、数人掛かりの魔法のように見事な手際で、お肉と毛皮と出汁用のガラに変えてしまった。
何と、野外調理なのに、私が丸ごと棄てていた内臓までもが小川の流水で綺麗に洗浄されて、焼肉とスープの具に化けてしまっている。
日本に居た頃も、私の解体知識は図書館の書籍と動画閲覧から得た我流のものだったから、プロ? の手際を間近に見ることができて感動すら覚えてしまった。
洗浄用の水が潤沢に使える状況でなければ、ここまで無駄なく食材にできないそうだけど、骨やスジ肉を出汁取りに使って塩とハーブで味を調えただけのスープも、大きなお肉がごろごろと入っていて食欲旺盛な騎士様たちに大好評だった。
暖かい食事が摂れるだけでも、すごく働く元気になるって。
分かる! すごく分るよ!
シカの頭も丸ごと焚火に放り込んで、脳みそや目玉まで焼いて頭蓋骨をカチ割って塩振って食べるんだから、すごいよね。
勿体ない精神で頭も何とか食べられないものかと考えたことが何度も有ったけど、お鍋も無いし諦めていたんだよね。
だって生きるか死ぬかだよ?
脳みそが動物性タンパク質の塊だと知っていて食べない選択肢なんて無い。
じゃあ、何の加工も調理も出来ていない生の頭蓋骨をカチ割って食べるのかと言うと、そこまで私も原始人になりきれなかった。
食べられない、食べにくいものを食べられるようにするのが調理の概念だ。
究極の到達点が皮や内臓に神経毒を持つフグを好んで食べる日本人の食文化と言える。
加熱方法の問題も有るけど、頭部を食べるに食べられないハードルが毛だったんだよね。
獲物の身体の毛は熱湯を掛けて雑巾でしごいてツルツルの丸裸に剥く方法があるんだけど、お湯はマグカップでしか沸かせなかったし。
そうか、毛の処理も頭を丸ごと焚火に放り込めば良かったのか、と、心にメモしていたら、爛々と私の目が輝いていたようでルナリアにちょっと引かれた。
特務魔法術師の弟子③です。
百合だと思った? ザ~ンネ~ン!
次回、勇者は聖剣を手に入れる!




