白焔を継ぐ者 ③
趣味で書いていた異世界転生ファンタジーです。
人様の目に触れさせるのは初めてのことなので躊躇いましたが、思い切りました。
雑で拙いかもしれませんが、異世界に見る夢を共有していただければ幸いです。
右手を開いて握らされたものを確認したハロルド様は、激痛に耐えるようにギュッと目を瞑り、しばらくして目を開いて、ルナリアの前へ片膝をついた。
真剣な目でルナリアを見つめ、先ほどフレイア様から受け取ったものをルナリアの手に、そっと握らせる。
「ルナリア、受け取りなさい。これはウォーレス家次期当主の証だ」
それは、ウォーレス家の紋章が刻まれた、鈍い銀色の指輪だった。
「お兄様・・・」
血の汚れか、ご遺体が腐敗した際の汚れか、手の中の黒ずんだ銀色を見つめ、ルナリアの顔が悲しみに歪む。
ぽろぽろと大粒の涙を落とすルナリアの頭を優しく撫でたハロルド様が、私の方へ向き直った。
「彼らに、あの花を手向けてくれていたのは、君かね?」
「・・・はい」
「そうか」
そっと私の左手を取ったハロルド様は、私の手の甲にご自分の額を押し当てた。
こ、これって、どこかの国では最大級の感謝を示す仕草、と何かの本で読んだ気がする。
「ありがとう。君のお陰でマークスやユーエンは救われた」
「・・・お待ちください。私は雑草のお花を供えただけで・・・」
慌てる私に、ハロルド様がゆっくりと首を振った。
「この“魔の森”では、遺体に魔力が宿って亡者化することがあるのだ。そうなってしまうと、魔物としてもう一度殺すしか無くなって、遺体を墓に納めてやることさえ出来なくなるのだよ」
さあっと血の気が引いた。
「・・・まさか、犯人はご子息を殺めたばかりか、ご遺体を辱めるために・・・?」
「そういうことだ。だから、隠ぺいを図らなかったのだろう」
そんな意図が有ったのか。
「・・・ひどい・・・」
崖から落とすだけで放置して、なぜ、馬車ごと燃やしたり、ご遺体を埋めて隠さなかったのかな? って不思議には思っていたんだよ。
暗殺した時点で最低限の目的を達成しているから、後は、ご遺体が野生動物に荒らされてもヨシ、魔物化してもヨシ。そういうこと?
ルナリアから、“融和派”と“保守派”の確執は聞いているし、無防備な開放路線を執りたい“融和派”にとって、国境を守る“保守派”のウォーレス家が邪魔なのは分かる。
でも、殺した人間の死後まで穢そうとする原始的な残虐さが私には理解できない。
ご遺体になっても辱めようとする、現代日本人の感覚では許容し難い憎悪の深さに慄いていると、ハロルド様の手が私の肩に置かれた。
「だが、君が花を供えて慰めてくれていたお陰で私は・・・、私たちは、息子たちを人間のまま弔ってやることが出来る」
「・・・で、でも、それはただの偶然で、私のお陰、などというわけでは・・・」
「いいや。“魔の森”では、いつ、何が起こっても不思議では無いのだよ」
大袈裟だ、と思った。
でも、こっちの世界の常識を知らず、半年間をこの森で暮らしていたとはいえ、ほんの入り口付近しか知らない私は、返す言葉を失った。
ハロルド様の話を隣で一緒に聞いていたルナリアにも、ぎゅっと抱きしめられる。
「ありがとう・・・。フィオレ」
「・・・ルナリア・・・」
「君に最大の感謝を。君はルナリアの命だけでなく、我が息子と、我が部下たちの尊厳をも護ってくれた」
あまりにも真摯なハロルド様の眼差しに、これ以上の否定を口にできなくなった。
私の首っ玉に抱き着いたまま涙を流すルナリアの背中を撫でる。
「・・・勿体ないお言葉です」
「我がウォーレス家の威信に賭けて、この恩義に報いるが、今後のことは、館に帰ってから相談させて欲しい。今は、息子たちを連れ帰ることを優先してやりたいのだ」
本当に、ご子息様にも、騎士様たちにも、深い愛情を持って接していたのだと分かる。
ハロルド様の背後には、フレイア様の光魔法に照らされた地面に跪いて、慎重に落ち葉を払い、黙々と同胞のご遺体を探す騎士様たちの姿が有る。
居場所が判明したのなら、危険を冒し、夜を徹してでも同胞を連れ帰る。
この人たちの堅固な意志と、強い絆と、結束を感じる。
これがウォーレス家か。
ハロルド様も、フレイア様も、涙を流さない。
ハロルド様も、フレイア様も、多くの人々を導き護る貴族家のご当主様だ。
きっと本心では、涙を流し、泣き叫んで悲しみを吐き出したいことだろう。
けれど、騎士様や兵たちの前では決して無様な姿を見せられないのだろう。
強い人たちだ。
「・・・承知いたしました」
首にルナリアをぶら下げたまま、私は彼らへの尊崇の念を持って頷いた。
白焔を継ぐ者③です。
敵地で有っても同胞の遺体を絶対に連れ帰る。
これは、米軍の不文律だったりします。
次回、就職先!




