血塗れの精霊 ⑫
趣味で書いていた異世界転生ファンタジーです。
人様の目に触れさせるのは初めてのことなので躊躇いましたが、思い切りました。
雑で拙いかもしれませんが、異世界に見る夢を共有していただければ幸いです。
今、私たちが通ったルートには、私たちの体重がいくら軽いと雖も、多少なり私たちの痕跡が残っているから、崩落跡の存在に気付けば誰かが私たちの痕跡にも気付くはず。
気付かなければラッキーだが、生憎、私は楽観的な未来を信じる性質ではない。
最悪の未来を想定していても、いつもギリギリなのが人生だと実体験から学んでいる。
ならば、追ってくる敵は、必ず、この場所を通るということだ。
必ず踏む場所はどこか、崖を降りきった際の降着地点はどこか。
踏みたくなる場所、降りたくなる場所。
人間だって野生動物だって、生物としての本能は同じ。
崖下に落ちていた長い枝を肩に担いだ私は、剥き出しになった倒木の根に手を掛けた。
「・・・ちょっと待ってて」
「分かったわ」
私が何をしようとしているかを察したらしいルナリアは素直に頷いた。
いくつかのポイントに目星を付けていた私は、木の枝を担いでスルスルと倒木を登る。
ルナリアが心配そうに見ているが、もう3回目なんだから、多少は昇り降りに慣れるよ。
生えている位置から避けたくなる枝の手前に担いで行った枝を置いて、確実に狙った側へと避けさせる。
この倒木は、不用意に片側へ荷重を掛けると、そちら側へ転がるだろう。
一見、安定したバランスの倒木が、私たちが上り下りすることで不安定さを増してきていることは、足の裏に感じ取れる踏んだ感触で把握できている。
私の体重では大丈夫でも、私の2倍以上は体重が有るであろう成人男性なら?
バランスを崩した倒木は更なる斜面の崩壊を招き、倒木の上の人間を巻き込むのは確実。
倒木を使わず斜面を下ろうとすれば、もっと不安定な斜面は小細工しなくても新たな崩落を起こすだろう。
十数メートルの高さで体重を預けた足場が崩れたら?
スルスルと倒木を降りて、脱落者が落ちて来るであろう場所と、脱落者の悲劇を目撃した他の者が降着しようとする場所を予測する。
降着予想地点から数メートル離れた場所に手頃な若木が生えている。
ぐいぐいと引いてしならせてみると、良い感じの木だ。
折れない硬さよりも、バネのように反発力が強く、しなやかさを持っているのが重要。
手を放して木が元に戻ろうとするスイングの軌道を確かめる。
「・・・良いね」
斜め上へ跳ね上げる軌道で、上手い具合に降着地点の真上を通る。
木の目途を立てた私は、崩落現場から離れた崖を這っている蔓草を数本採ってきた。
目立たず自然物に見えるように蔓草の葉は落とさない。
落ちていた硬そうな小枝を折れた剣で削って、長さ15センチメートルほどの鋭い杭を10本ほど作る。
「・・・手伝ってくれる?」
「良いの!?」
「・・・お願い」
興味津々で見ていたルナリアが飛び跳ねるようにして喜ぶので、くすりと笑った。
目を輝かせるルナリアにも手伝って貰って、ワナに使う木の先端付近に10センチメートル間隔で杭を結わえ付けてクシ状に並べる。
「これが、どうなるの?」
「・・・危ないから離れて見てて」
動作確認を見せれば、このワナの目的は理解できるはず。
安全圏までルナリアが離れたのを確認して、しならせた木から手を離した。
ぶおん、と風を切ってスイングした木の頂きには、スイングの進行方向へ向いてクシ状に並んだ鋭い杭。
スイングの軌道上に有るものは、クシ状の小さな杭に貫かれることになる。
ルナリアを見ると、目を見開いた顔が引き攣っていた。
「こ、こここここ、怖いわよ・・・!」
ニワトリみたいになってるよ?
尖ったクシの先をちょんちょんと触って獲物がワナに掛かった絵面を想像したのか、ルナリアが青くなる。
「・・・ワナって、こういうものだよ」
上手くヒットすれば、体のどこに当たろうが重い怪我人の一丁上がり。
当たり所が悪ければ即死する可能性もある、殺傷に特化した対人用ブービートラップ。
ベトナム戦争で数多く用いられた“竹の鞭”というワナだ。
名前の通り、本来は強く撓る竹を使うのだけれど、しなやかで反発力が強い素材なら何でも使える。
騎士様たちと違って全身を覆う板金鎧ではなかったから、軽い防具しか身に着けていなかった暗殺部隊の連中が掛かれば大怪我を負うのは間違いないだろう。
バネを引く方向と仕掛けが跳ぶ方向が違うだけで、ワナの仕掛けそのものはククリ罠と同じ原理だ。
ストッパーとトリガーを設置して枯れ葉で隠して偽装する。
「・・・行こう」
再びブーツを脱いでもらったルナリアの手を引いて小川の方向へと歩き出す。
道中では直径と深さが50センチメートルほどの落とし穴を掘って底に削った木杭を並べたり、頭上の枝の上に私の頭ほどもある石を設置したりしつつ森を歩く。
雑草の先端同士を結んで輪を作るだけでも「足を掛けるワナ」の出来上がりで、どうしても踏んでしまう場所に落とし穴を併用すれば殺傷力が爆上がりする。
「枝の上に石」っていうのは落下ワナだね。
コメディーショー番組で上からタライが落ちて来るやつの石版。
手元に人手と道具と時間が有れば、振り子の丸太が飛んでくる殺意マシマシのワナとか作れるんだけど、無いものは仕方がない。
この手の自然素材を使ったワナが数多く開発されたのがベトナム戦争。
ワナは心理戦だから、戦争当時のワナって本当に参考になるんだよ。
ベトナム戦だけで無く、第二次世界大戦の欧州戦線で編み出されたワナもエグかった。
几帳面なドイツ軍将校を狙ったワナなんて、廃墟の壁に飾られた額縁の絵を斜めにしておいて、額縁を水平に直すと爆発するワナなんてものも有ったらしい。
日本とアメリカが戦った太平洋戦線では、アメリカ人が好む鹵獲した有名清涼飲料水のビンを手にしたら爆発するワナを日本兵が使ったという話もある。
手榴弾とピアノ線が手元に有れば、設置するワナの選択肢はもっと広がるね。
通りやすい木々の間、段差を降りるときに踏んでしまう場所、どこにでもワナを設置できる場所はある。
敵に命中しなかったとしても、警戒から足を鈍らせる効果は期待できる。
崖上を捜索して、崖を降りて、ワナに怯えながら恐る恐る崖下を捜索する。
少なくとも、連中が私の寝床に辿り着くまで、数日は稼げたんじゃないかな。
じゃぶじゃぶと小川を渡って松の樹の近くにまで帰ってきた頃には、すでに日が傾き始める頃だった。
森の小人さん⑫です。
弱者が弱者とは限らない。
怖いですね?
人には優しくしましょう!
次回、森に血の雨が降る!




