血塗れの精霊 ⑩ ※ルナリア面
趣味で書いていた異世界転生ファンタジーです。
人様の目に触れさせるのは初めてのことなので躊躇いましたが、思い切りました。
雑で拙いかもしれませんが、異世界に見る夢を共有していただければ幸いです。
しばらく這っていると、溝が終わって隠れる場所が無くなってしまった。
精霊様に手を引かれるまま、太い木の幹の陰に隠れる。
「・・・行くよ。私が踏んだ場所だけを踏んで、付いてきて」
「あ、あの、精霊様?」
どこへ? と、聞いていいものかと迷いながらも声を掛けたら、チラリと馬車の方を見た精霊様は、再び前を向いてしまった。
「・・・急いで。・・・騎士様たちが頑張っている内に」
「あっ、はい」
そうだった。わたしは彼らの意思を無駄にするわけには行かないのだ。
精霊様を真似て、腰を低く、身を屈めたまま、精霊様が踏んだ場所だけを選んで歩く。
精霊様に手を引かれて、自分の足元だけに集中して歩く。
裸足で歩くのは足の裏が痛かったし、慣れない中腰で歩くのは、なかなかに足腰に負担が掛かって辛かった。
生きるか死ぬかの瀬戸際でなければ、弱音を吐いていたと思う。
わたしの代わりに敵兵と戦ってくれている騎士たちを想えば、泣き言なんて言えない。
どのぐらい歩いたのか、精霊様が足を止めた。
「・・・ちょっとだけ休憩しよっか」
「はっ、・・・はいっ・・・」
もう、そろそろ限界、と思っていたところだったので、ありがたく岩陰に座り込む。
叔母様に鍛えられてはいるけれど、普段、使わない筋肉を使ったことで、足はパンパンだし、すごく喉が渇いた。
大きく息を吐いたわたしの目の前に、すっとバンブーの木の切れ端が差し出された。
バンブーの木っていうのは、様々な道具の材料に使われる木材で、遠い異国の呼び名だと“タケ”って言うのだったかしら。
ちゃぽん、という音がバンブーの木の切れ端の中から聞こえて、水が入っていることを察した。
飲め、ってことよね?
普段のわたしだったら、毒殺を警戒するように言いつけられているので、傍仕えの毒味も無しに何かを口にすることは無いのだけれど、今のわたしに精霊様を疑う気持ちなんて、これっぽっちも無かった。
躊躇い無く水筒の栓を抜いて、コクコクと喉を鳴らして水を飲む。
はあ・・・、生き返る。
独特の木の臭いがする水は、とても美味しくて体に染み渡るようだった。
幸せな気分で大きく息を吐いた。
「はふぅ・・・」
「・・・よく頑張ったね」
わたしの隣に精霊様も腰を下ろして、労わるように髪を撫でてくださった。
嬉しいけれども、少し恥ずかしかった。
だんだん顔が熱くなってきて、わたしは俯いてしまった。
「あ、あの、ニンフ様・・・?」
「・・・あっ、つい。ごめんなさい」
あ、謝らないでください。
お父様は包み込むように抱きしめてくださるけれど、髪を撫でることは滅多に無いし、叔母様は、よく撫でてくださるけれど、叔母様のは、がしがし、とか、ぐりぐり、って感じなのだもの。
優しく撫でる手つきは、なんだか、亡くなったお母様みたいだったから・・・。
精霊様が首を傾げる。
「・・・その、にんふ、って何?」
「精霊様・・・ですわよね?」
「・・・・・せいれい?」
怪訝なお顔の精霊様が、ご自分を指す。
うん? 話が嚙み合っていない?
続く言葉に、わたしは飛び上がって驚いた。
「・・・私、人間だけど」
「ええっ!? ・・・あっ」
わたしは自分の声が大きい自覚が有るから、慌てて自分の口を塞ぐ。
ちょっ! うそ! 人間!?
こんなに綺麗なのに!?
少しでも目を離したら、光の粒になって消えてしまいに思うほどなのに、わたしと同じ人間なの!?
心の中の動揺を呑み込んで、もう一度、確認してみる。
「・・・あの。本当に人間なんですの?」
「・・・・・人間に、見えない・・・?」
精霊様―――、いいえ、目の前の女の子は、ショックを受けたように肩を落とした。
「いっ、いえ! そうじゃなくって、あんまりにも綺麗でしたので! ・・・あっ!」
慌てて否定しようとしたら、また声が大きくなって、慌てて自分の口を塞ぐ。
疑わし気に見られたので、大きく頷く。
「だって、そんなに綺麗な銀色の髪に、質素だけど森の木と同じ色の服を着て、菫色の瞳も綺麗で。・・・それに、とっても良い匂いがしますもの」
「・・・服の色? これ、返り血・・・」
自分の耳を疑った。
「か、返り血?」
声が裏返ってしまったわたしに、女の子はうんうん、と頷いた。
よく分からないけれど、何か納得した様子。
「本当に人間なんですのね」
「・・・そうだよ?」
「・・・そうですのね」
精霊様に、どうやってお礼をしたものかと思っていたけれど、人間だったら、わたしも人間として礼を尽くすべきだと思う。
顔を上げて立ち上がる。
背筋を伸ばして深々と一礼する。
「まず、危ういところを助けていただいたことを、心より、お礼申し上げますわ」
「・・・ん」
当たり前のことをしただけだ、と言わんばかりの気負いのない答えが返ってきた。
じっと薄紫色の澄んだ目を見る。
そう・・・。あなたは何の見返りも求める気が無いのね。
簡単に人を信じるな、と、お父様も叔母様も言うけれど、彼女は信じられると思う。
「わたくしは、ウォーレス家、三女、ルナリアと申します」
「・・・アッ、ハイ」
「お名前を伺っても?」
そう聞いたら、数瞬ほど目を見開いて固まって、それまで淡々として落ち着いて見えた彼女が、急におろおろとし始める。
わたし、名前を聞いただけよね?
目を泳がせたり、周りを見回したりと落ち着きを失くした末に、その子は、本当に消え入りそうな小さな声で呟いた。
「・・・フィオレ」
そうなのね。
それが、あなたの名前なのね。
フィオレ。
心の中で反芻して、噛み締める。
自分の頬が緩むのを感じるけれど、引き締められない。
「フィオレ様、ですのね」
「・・・様、なんて要らない。あと、敬語も要らない」
「そう。だったら、わたしのことも、ルナリア、と呼んでちょうだい。フィオレ?」
「・・・ええ?」
困った顔で慌てる姿が可愛らしい。
だから、わたしはもう一歩踏み込んだ。
「よ・ん・で・ちょ・う・だ・い」
この後、突然、泣き出してしまった彼女を宥めるのに、わたしは大慌てしてしまった。
泣きながら笑う彼女も、本当に可愛くて綺麗だった。
これが、わたしルナリアと、わたしの半身とも言える不思議な少女、フィオレとの出会いだった。
森の小人さん⑩です。
互いに繰り出す拳と拳!
ダブルノックアウトから始まる熱き友情!(ウソです
次回、幼女は決意する!




