血塗れの精霊 ⑨ ※ルナリア面
趣味で書いていた異世界転生ファンタジーです。
人様の目に触れさせるのは初めてのことなので躊躇いましたが、思い切りました。
雑で拙いかもしれませんが、異世界に見る夢を共有していただければ幸いです。
「お嬢様、申し訳ございません・・・」
本当に苦しそうな泣き顔で告げたマーサの顔が、震える声が、脳裏から離れない。
迂闊だった。
今、思い出しても、わたしがもっと慎重だったら、罠に嵌って家人や護衛の騎士たちを失うことは無かったんじゃないかと、忸怩たる思いに囚われる。
まさか、第二の母として信頼していたマーサが敵の手引きをしたとは信じたくなかったけれど、夫が2年前にお兄様と共に失踪して以来、マーサがたった一人で育てていた我が子を、奴等の人質に取られていたことは、すぐに理解できた。
ここ数日、マーサの様子がおかしかったことには、わたしも気付いていたのだから。
なのに、わたしは、流行り病に罹った息子を医者に預けていて心配だ、と告げたマーサの言葉を、何の疑いも無く信じてしまったのだ。
あの時、お父様か叔母様に相談していれば、マーサは殺されずに済んだだろうか?
出来の悪いわたしと違って、お兄様だったら、こんな結果にはならなかっただろうか?
恐らく、孫が騎士団の選抜に合格したと喜んでいた御者のヘンリーが、無残に殺されることも無かったはずだ。
コーニッツの手の者かムーアの手の者か、こちらの数倍の敵兵に囲まれたとき、わたしは半ば諦めていた。
ウォーレス家の領地周辺には、野心を隠さない隣国と“融和派”という敵しか居ない。
お父様や叔母様から、ウォーレス家が置かれている状況も、想定される危険も日頃から言い聞かされていたのに、自分の至らなさで沢山の人を巻き込んでしまった。
お父様や叔母様が話していた通りに口に出して見せたら、敵は言外に認めた。
“保守派”を―――、王国の盾と言うべきウォーレス家を、排除するための謀略。
私利私欲で王国の守りを壊そうとする奴らに、わたしは殺されるのか。
悔しい。
何の力も無い小娘の自分に腹が立った。
だから、最後まで絶対に泣くものかと、胸を張って強がって見せた。
きっと、次の瞬間には、わたしの体は敵兵の剣に貫かれて、わたしは死ぬのだろう。
それでも、負けられなかった。
ウォーレス家の直系として、今この場で殺されるとしても、わたしの失敗に巻き込んでしまった騎士たちの前で、これ以上の無様を晒すわけには行かなかったのだ。
お父様から護衛に付けられていた騎士たちは、己が身を盾として敵兵の前へ立ち塞がり、わたしに逃げろと言った。
騎士たちと敵兵が剣を交え始め、足手まといにしかならないわたしは、馬車の下へ潜り込んで震えるしか出来ることがなかった。
そのときだった。
「・・・こっち」
不意に手を引かれて、口から心臓が飛び出しそうなほどに驚いた。
いつの間にか、わたしが隠れた馬車の下に、森の精霊様が居た。
飛び出しそうになった悲鳴を、精霊様に口を塞がれて、一生懸命、呑み込む。
さっき、向こうのほうにチラッとお姿を見た気がしたのだけれど、目の前の敵から目を離すわけには行かなくて、ほんの一瞬、視線を切ったら、次の瞬間にはお姿が無くなっていたから、わたしの見間違いだと思っていたのよね。
ほんのりと赤みがかった―――、いいえ、赤紫色かしら? さらさらの銀髪に、薄い紫色の宝石みたいな瞳。
精霊様はわたしと同じぐらいの歳に見えるけれど、ものすごく綺麗な子供のお姿だった。
森の樹と同じ色の質素な服を着ているけれど、その美しさは光り輝くようだわ。
手を引かれるままに馬車の下から這い出すと、雑草の茂みに隠れた溝へと引き込まれる。
精霊様が立てた指を口に当てたので、黙れ、と言われていることは分かった。
もしかして、精霊様はわたしを助けようとして下さっているの?
小川のせせらぎのように涼やかな声を潜めて精霊様は仰った。
「・・・靴と靴下、脱いで」
「どうしてですの?」
靴? 言われたことの意味が理解できずに、つい、聞いてしまった。
「・・・靴だと足跡が目立つから」
「ふむ。なるほど」
端的なお答えに、納得した。
そう仰った精霊様も靴を履いていなくて裸足だもの。
去年、亡くなったお母様が、寝物語に何度か聞かせてくれたお話を思い出す。
森には精霊様が住んでいて、わたしが良い子にしていれば、森で困ったときに精霊様が助けてくださるんだって。
精霊様は、ものすごく綺麗な女性のお姿で、良い子はお家へ帰してくれるけれど、邪な者は心を奪われて森の奥深くへと迷い込まされて、二度と森から帰って来ないそうよ。
わたしは良い子だから、お家へ帰してもらえるわね。
実際にお目にかかった精霊様は、お母様がお話ししてくれたように、本当に綺麗だった。
でも、精霊様って、ぽっきりと折れた剣を背負っていて、手製の槍を持っているのね。
お母様から聞いた精霊様のお姿は明確なものではなかったから、知らなかったわ。
「生き残りたい? 騎士様と一緒に死にたい? ・・・選んで」
「分かりましたわ」
意思を問われたわたしは、一も二も無く、靴と靴下を脱いだ。
精霊様がわたしを助けようとしてくださるのだから、わたしは精霊様に従うのみだわ。
精霊様は、わたしの靴の紐を両足とも纏めて結ぶと、ご自分の首に掛けて、溝の中を這い始めた。
森の小人さん⑨です。
正直、別視点で同じフェーズを繰り返す手法が必要なのか迷った部分です。
未熟! 圧倒的、未熟!
次回、ルナリア面の続きです!




