血塗れの精霊 ⑧
趣味で書いていた異世界転生ファンタジーです。
人様の目に触れさせるのは初めてのことなので躊躇いましたが、思い切りました。
雑で拙いかもしれませんが、異世界に見る夢を共有していただければ幸いです。
「・・・ちょっとだけ休憩しよっか」
「はっ、・・・はいっ・・・」
運動不足なのか、数百メートルを小走りしただけで、女の子はぜえぜえと息も絶え絶えになっていた。
当たり前? ・・・かも。森の中の不整地だからね。
私の方は、呼吸は乱れているけれど、まだ走れると思う。
あんなにガリガリだったのに、私の身体も丈夫になったんだね。
自分の成長を感慨深く思いながら、肩に提げていた竹筒の水筒を女の子に手渡す。
下草に隠れた溝を見つけて私たちの痕跡を辿っても、足跡の偽装工作をしつつ逃げてきたから、溝を出てからの足取りを把握して追手が私たちの動きを捕捉するまでには、まだしばらくの時間が掛かると思う。
女の子は躊躇い無く水筒の栓を抜いて、コクコクと喉を鳴らして水を飲む。
次のハードルさえ無事に越えられれば、数日程度の時間は稼げるのではないかと考える。
水分を補給できた女の子は幸せそうに息を吐いた。
「はふぅ・・・」
「・・・よく頑張ったね」
この子、もの凄く反応がストレートなんだね。
ぼっち歴が長くて他人との関わりを避けていた私には、すごく新鮮に思える。
31歳だった私が普通の人生を送れていたら、このぐらいの歳の子供が居ても、おかしくは無かったんだよね。
とても想像できないけれど。
岩の陰にへたり込んだ女の子の隣に私も腰を下ろし、ふわふわの金髪を撫でる。
「あ、あの、ニンフ様・・・?」
「・・・あっ、つい。ごめんなさい」
真っ赤になって俯いてしまった女の子に、反射的に謝る。
なんか、こう。すごく可愛くて、意識せずに撫でちゃってたよ。
私も恥ずかしくなってきたから話を逸らそうと試みる。
「・・・その、にんふ、って何?」
「精霊様・・・ですわよね?」
「・・・・・せいれい?」
にんふ、って森の精霊?
ああ、その精霊か。 ローマ? ギリシャ神話だっけ?
「・・・私、人間だけど」
「ええっ!? ・・・あっ」
自分の声が大きい自覚が有るのか、慌てて自分の口を塞ぐ。
何? この可愛い生き物。
感情と直結したように表情がくるくると変わって、行動がいちいち可愛い。
気が強くて、我の強そうな子だと思ったんだけど、素直だし。
同い年ぐらいなのに、心が荒んでいる私の、なんと可愛げが無いことよ・・・。
「・・・あの。本当に人間なんですの?」
「・・・・・人間に、見えない・・・?」
人間には見えないくらい見窄らしい原始人だったか・・・。
いや、そうじゃないかなって自分でも思ってたよ。
さすがに私もショックで肩を落とした。
「いっ、いえ! そうじゃなくって、あんまりにも綺麗でしたので! ・・・あっ!」
私の気落ちした様子に慌てたのか、また声が大きくなって、慌てて自分の口を塞ぐ。
何それ。可愛いんだけど。
・・・ん? キレイって言った? 原始人の私が?
私の疑問を感じとったのか、大きく頷く。
「だって、そんなに綺麗な銀色の髪に、質素だけど森の木と同じ色の服を着て、菫色の瞳も綺麗で。・・・それに、とっても良い匂いがしますもの」
「・・・服の色? これ、返り血・・・」
恥ずかしそうに言う女の子に、戸惑いを返す。
鹿の血で赤黒い茶色に染まった襤褸布のようなワンピースなんだけど。
「か、返り血?」
声が裏返ったね。
うん。分かる、分かる。
絶句するよね、普通。
目を瞠る女の子の様子に、うんうん、と頷く。
良い匂いって血の臭いかな?
えっ? 違う? 私の体臭かな。
マメに水浴びはしているつもりだったんだけど。
「本当に人間なんですのね」
「・・・そうだよ?」
「そうですのね」
少し思案する様子を見せた女の子は、意を決したように顔を上げた。
すっと立ち上がって、背筋が自然に伸びた綺麗な所作で深々と一礼する。
「まず、危ういところを助けていただいたことを、心より、お礼申し上げますわ」
「・・・ん」
お礼が最初か。
所作が上品なだけでなく、倫理面の躾も行き届いていることに少し驚く。
別に見返りを求めて助けたわけじゃないから、軽く流そうとしたら、真っ直ぐな目で、じっと目を見られた。
敵意も嘲りも無い、穏やかで親愛が籠った真摯な目だ。
どう反応すれば良いのか分からなくて挙動不審になりそう。
「わたくしは、ウォーレス家、三女、ルナリアと申します」
「・・・アッ、ハイ」
「お名前を伺っても?」
アンタ何者? とは訊かないんだね。
慣れない眼差しを向けられて戸惑っていたら、追撃された。
って、名前!? 知らないよ、この子の名前! あっ! いや、私の名前か!
どどどどどうしよう!? 31歳の日本名で答えたら、グッジョブが貰えそうなほど銀髪なんて違和感が完璧な仕事をして偽名にしか聞こえないヤツじゃん!
ええっと、名前、名前―――、銀髪でも違和感が仕事しないヤツ!
こ、これか! これにしよう!
ストレートに言ったら日本名になるから、ええっと・・・。
「・・・フィオレ」
盛大に目が泳いじゃった自覚は有るよ。
泳いだ私の目が捉えたのは、ルナリアの背後に見えた雑草の白い花。
イタリア語だっけ? 花って意味。
ふわっと、ルナリアが微笑んだ。
「フィオレ様、ですのね」
「・・・様、なんて要らない。あと、敬語も要らない」
「そう。だったら、わたしのことも、ルナリア、と呼んでちょうだい。フィオレ?」
「・・・ええ?」
「よ・ん・で・ちょ・う・だ・い」
あなたは貴族様で、私は浮浪児だよ?
不敬罪で死刑とか嫌だよ? と眉根が寄ったら、ダメ押しが飛んで来た。
第一印象通り、圧しは強いんだね。
でも、圧力を放ってきたルナリアの表情は、春の訪れを歓ぶ花のように綻んでいた。
きっと、この瞬間、私はこの異世界にフィオレとして生を受けたんだ。
31歳の私は、本当に死んだんだね。
私は生涯、この瞬間を忘れないだろう。
誰かに親愛の情を持って名前を呼ばれるなんて、生まれて初めての出来事だった。
名前を呼んでもらえるだけで、胸が暖かくなるなんて初めて知ったよ。
わけが分からない状況でどこかの異世界へと放り出されて、一歩間違えば即死し兼ねない栄養失調幼女になっていて、本当に不安だったし、不条理に涙が出ることも有った。
口に出しても状況は好転しやしないから、目の前のことだけに必死になって生き抜いてきただけで、自分で考えていた以上に私の心は疲弊していたんだと思い知った。
駄目だ・・・。人の温かさを知ってしまったら、独りで生きるのが辛くなりそうだよ。
ルナリアが私の友だちになってくれるのなら、独りでも耐えられるのかなあ。
突然、はらはらと涙が零れた私を慰めようとするルナリアの慌てっぷりは面白かったよ。
あと、熊! お前らは、いつか絶対に殺す!
お前らに食い殺された私の仇は、私のこの手で殺ってやる!
森の小人さん⑧です。
ついに、主人公に名前が付きました!
次回、ルナリア面!




