コーニッツ・ムーア制圧戦 ⑮
お師様の身体から発散される空気が切り替わる。
戦意を漲らせた目に、一呼吸前までの緩んだ空気の残滓は微塵も無い。
気配の変化を察したハロルド様やエゼリアさんたちが纏う空気も、一瞬で引き締まる。
「・・・お師様。今から攻めるの?」
「おう。お前たちに、ちゃんと見せておきたくてな」
「・・・ちゃんと?」
ふふん、と笑ったお師様が、馬の腹を軽く蹴って前へ進ませる。
「始めるか?」
「ああ」
ハロルド様の問いに短く答えて、お師様が腰の剣を抜き放つ。
「・・・日本刀・・・?」
いや、西洋剣の拵えだから、サーベルか。
森でのときは余裕が無くて、ちゃんと見ていなかったけれど、緩やかな弧を描く銀色の刀身には、腹の部分に記号のようなものが一列に彫り込まれていた。
「よく見ておけ。これが“白焔”だ」
お師様の背中に立ち上った濃密な魔力が刀身を走り、高く掲げられた切っ先の、さらに先、十数メートルの上空に直径1メートルは有る火球を生み出した。
ピピィイイイ! と、高い笛の音がいくつも木霊して、ムーアの城門周辺を固めていた騎馬部隊が馬首を巡らせて散開する。
城壁上の敵兵たちの動きも、慌てたように、一層、忙しなくなる。
お師様の身体から放たれる魔力は勢いを増し、猛烈な勢いで火球へと吸い込まれていく。
火球の大きさは変わらないのに、最初、夕日のように濃いオレンジ色だった火球は熱量を増す度に輝きを増し、焔の色を変え始める。
「・・・すごい」
とんでもない量の魔力が注ぎ込まれていることを肌で感じる。
お師様が扱っている魔力の量が膨大だからこそ、昨日、ルナリアのカッターが崩壊するのを予測できたときみたいに、魔力の動きがハッキリと感じ取れる。
じりじりと肌を焼く熱気が周囲の景色を歪ませる。
眩く鮮やかなオレンジ色から、昼間の太陽のような薄い黄色へ、そして、さらに輝きを増した火球は、巨大な白色LEDを直視するような目の痛みを与えて完成した。
城門に向けて振り下ろされた切っ先の動きに従順に従って、音も無く火球が飛んだ。
500メートルの向こうに、もう一つの太陽が生まれる。
周りが暗くなったのかと錯覚するほどに眩い閃光が走り、膨張する熱に押しのけられた空気が衝撃波を伴って私たちのところまで帰ってくる。
ゴッ―――、と、聞こえた爆裂音と共に、ハリケーンのような暴風が押し寄せて、切っ先を掲げたままのお師様のマントを激しくはためかせる。
大雑把に纏められた艶やかな金髪が風に靡き、深い知性と獰猛さを同居させる真っ直ぐな眼差しが、その美貌をさらに引き立てていた。
目を開けているのも辛い爆風が過ぎ去ると同時に、鬨の声が響き渡る。
わあっ、という声に釣られて城門を見ると、城門が無かった。
いや、本当に無いんだよ。
城門が有った辺りの城壁は、明らかに数十メートル幅に渡って更地になっていて、巨大な歯型で齧り取られたように城門ごと無くなっていた。
更地になった城門跡から浅いクレーターを乗り越えて、剣や槍を振り上げた騎馬部隊が雪崩のように突入していく。
お師様の前では城門も城壁も意味を成さない。
これが、“白焔”という魔法。
これが、フレイア・ピーシスという魔法使い。
王国最強と称えられているという歴戦の猛者は、美しい強気な笑みを私に向けた。
手綱を手繰って馬首を巡らせたお師様が、私の馬の傍まで戻ってくる。
「どうだ?」
「・・・お師様、格好良かった」
「そっちか」
いや、素直な感想を言ってみただけ。
片眉を上げられたので、方向転換する。
「・・・炎を大きくしているだけじゃなく、・・・固めてた?」
「ちゃんと見ていたようだな」
お師様が満足そうに頷く。
正解かな。
ただ単に炎へと魔力を押し込んだだけでは、ああはならないと思ったんだ。
一つの魔法に押し込まれた魔力の量は、風ジェットのカッターとは桁違いだった。
あれだけの魔力をカッターに詰め込めば、押し込みきれなくてカッターが大きくなってしまうと思う。
でも、お師様が生み出した火球の大きさは変化していなかった。
お師様は火魔法だけじゃなく、別の魔法も同時に使っていたんじゃないかな?
火球の大きさを固定する器のような魔法を。
火って、圧力が高くなるほど温度が上がって、温度が上がると、赤色、オレンジ色、黄色、白色、青白色って、火の色が変わるんだっけ。
宇宙の星―――、恒星の色が違うのは、星の密度によって温度が違うせいだったはず。
星の重さと大きさはイコールじゃなくて、重い星は重力が大きくて、重力に押し潰された質量は密度が高くなって圧力が上がる。
“白焔”という魔法を使うには、圧力を上げる手段が必要なんだと思う。
「・・・あれ?」
そういえば、お師様は森で光魔法を使ったときも、光の球を沢山作ってたね。
もしかして、あれって、あの光の球の数だけ別々の魔法を同時に発動していたってこと?
「・・・す、すごい」
唖然とした。めちゃくちゃ難しい技術なんじゃないかな。
私が答えを導き出したと見たのか、ぐりぐりが来た。
「理解したようだな」
「・・・私にも出来る?」
「お前の努力次第だろう」
「・・・分かった。がんばる」
どうすれば、あれだけたくさんの魔法を同時発動なんて出来るのかな。
たぶん、並列思考ってやつだよね?
一つの魔法を使うのにも具体的なイメージをしないといけないのに、私に、そんな器用なことが出来る?
かっこいい魔法までの道は遠そう・・・。
“白焔”を放った後のお師様とハロルド様は動かなかった。
ムーアの町の城壁の内側では魔法の爆発と思われる火柱が上がり、鯨波が聞こえてくる。
「わたしたちは突入しないの?」
「覚えておきなさい。本陣の私たちは、軽々に動いてはならないのだよ」
ルナリアの疑問にハロルド様が微笑む。
戦力として兵力を動員した以上、そこには兵力と言う人的資源だけでなく、武器、防具、騎馬、兵站など、数多くのおカネが動く。また、おカネを動かすには名目が要る。
動員された側は戦果をもって、褒賞と言う利益を得る。
ならば、動員した側が動員された側の仕事を奪ってしまっては、動員された側はタダ働きになってしまう。戦果を挙げた者への褒賞の原資は、征服した相手の資産だ。
もちろん、戦争に負けてしまっては話にもならないが、動員された兵力の司令塔として本陣は存在し、最前線の仕事を奪わずに、最も難しい部分にのみ、手を出す。
ここには、「戦争」という「経済」が在った。
最終的には王国―――、王家の判断によるが、王国に仇なす不貞分子の征伐には、褒賞をもって報いがある。
この褒賞を確実なものとするために、コーニッツとムーアの領主一族には、「大人の時間」―――、徹底した過酷な尋問が行われるのだ。
個々の役目を果たした部隊から、伝令の兵士さんの馬が本陣へと駆け込んでくる。
“白焔”が突入口を力尽くで拓いてから、わずか15分間ほどで、ピッピピィイイイ! と笛の音が響いてきた。
符牒は“作戦終了”―――、ムーア男爵の捕縛完了、だそうだ。
未明から始まったウォーレス領に隣接するコーニッツ領、並びに、ムーア領の制圧は、平時の朝食の時間を迎える前に終わった。
戦争フェーズ⑮です。
攻城戦です!
しかし、一方的に魔法技術が発達した世界だとどうなるのか。
戦争は対話で在り、経済でも有る。
そんなお話しでした!
次回、制圧!




