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第八話 おっさん軍師、領都に到着する

辺境伯領に入ってからは特にトラブルも無く無事領都へと到着しました。





領都ブラムデン。


領主であるブランバウアー辺境伯の居城がある辺境伯領の都であり、かつてここにあったデルベルク王国の首都だった街だそうだ。


外堀を持ち十メートルを超える高さの城壁に囲まれ、街の中央に見える城を中心に広がる大きな城塞都市だ。

人口は、都市外縁である城壁の外にある農村部まで入れると二万にもなるらしい。


城壁は二重になっており、外側の城壁と内側の城壁の間に市街地があり、練兵場や兵舎、厩舎なども配されている。街道から都市内部に繋がる街路には外側城壁、内側城壁それぞれに頑丈そうな城門があり、来る者を迎える。


城門の外側には近隣から来た者たちが露店を開いている楽市の様なものまであり、随分活気がある街の様だな。そんな露店の一つで動物の毛皮を売っている女に、俺は目が吸い寄せられた。


「猫耳…!?」


俺は思わず口に出してしまい、マジマジと見つめてしまった。

そんな俺をみて隣を行くリッケルトが不思議そうに声を掛けてくる。


「ああ多分、トライバルエリアから来ている獣人でしょう。

 ヴァイス殿には獣人が珍しいのですか?」


「え?

 ああ、いや。

 そんな訳では…」


ゲーム中には勿論獣人は普通に居たし、プレーヤーが使える種族にも猫人とか犬人といった亜人種が居た。

平均的な能力の人間種に比べて、亜人種は種族特有のスキルを持っていたりする。しかし特定の能力値が秀でているが、別の能力値は劣っていたりもする。最初は使えなかったが、二度目の機能拡張で亜人種の能力値が開放されたんだっけか。


とはいえ、あくまでそれはゲーム内でコンピューターグラフィックスとしての映像で獣人を見ただけで、実物を見たわけじゃない。リアルだと言われて話題になった半実写の映画ですら、獣人は一目でコンピューターグラフィックスだとわかる程度だった。


しかし、今目の前にいる猫耳の女は、当たり前だが完全に実物。

俺にとっては違和感ありまくりだが、そんな猫耳獣人がさも当たり前の様にそこに居て、元気に売り子をしているのだから…。


そして、悩ましげに揺れる尻尾が余りにも魅惑的で…。


ああ、触ってみたい…。


俺が見ていることに気が付いた猫人の女は、早速と俺に売り込みを掛ける。


「ニャニャ、そこのハンサムなお兄さん。

 毛皮買うニャー。

 今日だったら、珍しいブラックパンサーの毛皮もあるニャ」


「ほう、ブラックパンサーか、確かに珍しいな」


リッケルトが横から売り子に声を掛けると、奥に置いてあった黒く艶やかな毛皮を出してきた。確かに、これは素人目に見ても魅力的に感じる。

でも、ブラックパンサーってひょっとしてネコ科じゃないのか。猫人としてそれは大丈夫なのか?


「これだけの品は中々手に入らないニャ」


「ふむ…。そうだな今は仕事中だから、後で『歌う狼亭』まで売りに来てくれないか。

 夜にはそこの酒場で良く飲んでいるんだ」


「わかったニャ。

 夜にその酒場までいくニャー」

 

「うむ。では、今夜また会おう」


リッケルトが手早く話を纏めると、売り子の猫女は次のお客の物色を始めた。


「あっ。

 ヴァイス殿、失礼した。

 丁度今、良さそうな毛皮を探していたもので。申し訳ない」


「いやいや。

 ところで、前に言っていた〝蛮族〟というのは獣人の事を云うのですか?」


「必ずしもそういう訳では無いのです。このルロイシュ王国では獣人は辺境伯領から西ではあまり見かけませんが、我がバノック男爵領の更に東のトライバルエリアで暮らしている者に獣人が多いというだけです。

 元々獣人の多くはトライバルエリアの部族社会で暮らしていて、町暮らしをしている獣人は出稼ぎに来ている者が殆どですよ。だからある程度稼ぐと、結婚などでトライバルエリアに帰るものが多いのです」

 

「なるほど…」


獣人が部族社会で暮らしているというのはゲームの設定にちょっと似ているな。

もっともゲームだとあまり意識する必要も無かったから、設定程度の意味合いしかなかったのだが、思い出せば確かに獣人の村というのは部族社会だったのかも知れないな。


俺がそんな事を考えていたら橋を渡り、外側城門が目の前だった。

十メートルを超える程度の建物なら前世で幾らでも見た事があるが、この城壁や城門の存在感には圧倒される。

実際、ゲームの中ならいざ知らず、これを攻めろと言われたらげんなりする事請け合いだ。



城門での検問は、此方が男爵家の馬車だけに特に問題も無く、城兵の敬礼で迎え入れらた。

流石貴族だな。俺一人だったら一悶着あったかもしれん。


車列はそのまま活気ある商店が軒を連ねるメインストリートを抜けていく。

この街並みの空気は、ショッピングモールなんかが出来る前の昔の商店街の空気に似ている気がする。店の前に一杯せり出すように商品を並べると、その商品の前で売り子が元気に道行く人に声を掛けている。

そんな売り子たちを相手に買い物かごを下げた人たちが丁々発止。なんだかこういうのって良いよな。


時間があれば俺もこういう所をぶらついてみたいものだ。


何しろゲームの中とは違って、本物の異世界なんだからな。見るものすべてが新鮮だ。



街の中に入って気が付いたが、ブラムデンの街は市街地と貴族など上流階級が暮らす区画とを内側の城壁で分けている様で、俺達は更に内側城壁の城門を通り抜けてその区画へと入っていった。


内側城壁の城門を抜けてすぐの所には四階建て位のしゃれた洋館が立ち並び、更に進むと広い敷地を持つ貴族の屋敷が連なる区画に入った。


その屋敷の一つへと車列が入っていく。


「ここがバノック男爵家のブラムデン屋敷になります」


この国では貴族は領地と寄り親の領都の両方に屋敷を構えているそうで、辺境伯もまた王都に屋敷があるそうだ。


と言っても、意味合い的に領都の屋敷は別宅の様な物で、当主が領都で役職にでも就いていなければ自分の領地の方で領地運営に専念しているのが普通らしい。


ならば、ホテル代わりにしか使っていないのかというと勿論そんなことは無く、例えば貴族の子弟は十二歳位までは自分の領地で家庭教師に師事するが、上の学校などは寄り親の領都にある関係で領都の別宅に滞在して学校に通う事になるそうだ。


つまり、アメリアは現在この別宅に住み、ブラムデンの上の学校に通っているという事だな。


車列は広い敷地を進んでいたが、任務を終えた護衛達はもう一台の馬車と共に途中から分かれて敷地の奥へと向かっていった。


一方騎乗のリッケルトと俺はアメリア達の乗った馬車に付き従い、館のエントランスへと向かった。


エントランスに馬車が横付けされると、まるで映画の様に整列していた使用人たちが恭しく馬車の扉を開けると、アメリアを屋敷に迎え入れた。


俺はリッケルトと共に脇の方でその光景を見物していた訳だが、なんだかこういうのを目の前で見るとちょっと感動してしまうな。


アメリア達一行が屋敷へと入り、使用人たちが仕事に戻った後で、俺はリッケルトに案内されて客間らしい一室に通される。


リッケルトの役目はここ迄で、俺の対応は屋敷のメイドに引き継がれた。

客間でメイドがお茶を出してくれたが、待つように言われた。



ここのメイドは如何にも〝貴族のメイド〟という感じで、その作法は流麗だが無表情で冷たく感じるな。

当たり前だが電気街のメイド喫茶のメイドとは全く別モノだな。


辺りを見回せば客間は豪華な調度品で綺麗に整えられ掃除も行き届いている。

こういう所だと、子供の頃見たアニメに出て来たような怖いメイド長みたいな人が目を光らせたりしているのだろうか。


しかし、道中リッケルトに色々と話を聞けたのでずいぶん助かった。


ラノベ世界も作者の数だけ存在し、そこに共通設定なんか無いからな。

これからも少しずつ見聞きして情報収集して行かないと。異世界で生きていくのも簡単じゃない。



お茶を飲みながら色々と物思いに耽っていると、すっかり旅装束から貴族のお姫様らしいドレスへと着替えたアメリアと、折り目の整った執事の恰好をした使用人の男性の二人が客間へと入ってきた。


「ヴァイス様、お待たせいたしました」


俺は慌てて立ち上がると胸に手を当ててお辞儀をする。


「いえ」


リッケルトのやっていたお辞儀に倣ってみたがこれであっているのだろうか。

心配になって執事の方をちらりと見ると、特に表情の変化は無く思わずため息をつきそうになる。

こんな場は当たり前だが人生で初めてで、緊張感が半端ない。



「どうぞ、お掛けになって」



改めて、椅子に掛けるとアメリアも正面の椅子に座る。


執事は直立不動で傍に立ったままだ。

これが多分、作法なんだろうけど、どうも落ち着かないな。



「この度は、我らの窮状を救って頂き有難うございました。

 ヴァイス様が居なければ、どうなって居た事か…」

 

執事が胸に手を当て深々と頭を下げる。


「私からもお礼を言わせてください。

 ヴァイス様は当家にとって恩人となりました」


アメリアも一度立ち上がると優雅にお辞儀をする。


「いえいえ。

 私も姫様を無事に送り届けることが出来て胸をなでおろしています」

 

「さて、ヴァイス様。

 約束の報酬の方を。

 こちらになります」


そういうと、執事は小袋を俺の前に置く。


「有難く頂きます」


俺は受け取りながら中を少し覗いてみたが、金貨らしい硬貨が入っていた。

この世界の通貨やその価値が全く分らないから硬貨や枚数を確認したところで無意味なので、特に中を改めることなく仕舞いこんだ。


多分、前の世界の財産も所持している筈だから、特にお金には困っていないだろうしな。

寧ろ俺としてはこの世界の貴族に伝手が出来た事が有難い。


「ところで、ヴァイス様。

 この後のご予定は何かございますか」


執事にそう聞かれたが、俺には特に予定はない。

折角領都に来たのだから、異世界の街並みを散策したいくらいか。


「いえ、特に予定は決めていませんが」


「そうですか。

 実は、まだはっきりとしたことは言えないのですが…。

 改めて仕事をお願いできればと…」


「仕事の内容にもよりますが…。

 決まりましたら、また改めて聞かせて頂くという事でも?」


「有難うございます。それで構いません。

 勿論、お願いする時にはお仕事の内容はお話しします。

 では、後日連絡を取らせて頂きますので、それ迄領都に滞在していただければ」


俺もその間領都を色々と見て回れるな。


「わかりました」


「宿は既に予定されて居ますか?」


宿か。全く決まって居ないが…。

そう言えばリッケルトが『歌う狼亭』とか言う所に飲みに行くって言ってたな。

リッケルトの行きつけに外れは無いだろう。


「歌う狼亭に宿をとろうかと」


「ああ、あそこですか。

 わかりました。

 それでは、後日連絡差し上げます」

 

「わかりました」


アメリアからも言葉を掛けられる。


「ヴァイス様、よろしくお願いします」


「はい。では失礼します」



俺は客間を出るとリッケルトを呼んで貰い、一緒に歌う狼亭に向かうことになった。


さて、どんなところなんだろうな。



男爵家から報酬を貰いました。

これから領都の街へと繰り出します。


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