⨕24:才気ェ…(あるいは、破靱たる波陣は/セイ解無き場に降りしソーフィオ)
これでもかの煽りは、しかし壮年の傲岸笑みをmmほども揺るがせることは出来ずに。それでも俺の構えに合わせ、両拳をそのいかつい肩辺りまで上げては来てくれた。なぜ中距離拳闘に持ち込んだのかは自分でもよく分からなかった。がっぷり四つに組み合っての、そこからの首相撲もあったかも知れない。最悪そのまま相手に絡みついての味方の援護を待つってのも有効な作戦だったかも知れない。いや、「合わせてくれる」っつうことが大事だ。壮年嗜好であれば、こういうスマートな、いわゆるスポーツめいた「拳闘」……絶対好きだよな。ゆえに乗ってきてくれんだろう、とそういう考えが俺の脳裡にはあったからかも知れない。果たして一対一の図式。彼我間に横たわるは、緊迫してんだか弛緩してんだかよく分からない重い空気感。やるしかねえ。そして「光力が通用するか否か」もそうだが、もうひとつ、しっかりと確かめておかないとならねえことがある。
「……」
野郎が、「黒の輩」の「記憶」だか「経験」だ何だかを共有しているか、についてだ。確か前、姐ちゃんがそんなことを言っていたような……俺に関して言やぁ最近記憶についてはとんとままならねえものの、「個体間」で共有している「集団学習能力」とか何とかそんな感じの。そいつぁ羨ましい限りの「能力」だ。俺もそんな刻んだはずの知識や経験が端から無に帰してしまわないような脳に取っ換えたいもんだぜ……
なことを考えている場合でもない。先の「鳥野郎」には件の「合体機」の華麗なる拳撃を喰らわして決着と相成ったが、そいつがこいつにも通用するか否か。いや、とは言え愛機も変わっている、動きも間合いも何もかもが変わっている。単純には比較は出来ねえか……うぅぅん、攻めあぐね。まずは自分が先陣切るって言ったでしょぉぉん……
「……ッ!!」
やっぱ考えても無駄だ。俺は自機に左足を一歩、やや斜め右前方に向けて踏み込ませると、教本通り的な左を繰り出してみる。と、
「おっとぉ、なかなかの鋭さ、そのような『金属の身体』でも出来るものなんだねぇ、いやはや、それはまた『勉強』になる」
おちょくってんのか? 軽くその巨体を捩じって首も傾けると、いなすように躱して来やがった。パンチの鋭さに関しては日頃から無為無駄な独拳練を作業の合間合間にシッシ言いながら勤しんでいることもあって結構な自信は有ったつもりだったが、おいおい分からなくなってきた。これは「過去経験」によるものなのか? それとも元々持ち備えている「能力」的なもんによるのか? そして返す刀で煽り気味の反応。俺の方が揺らされちまってんじゃあねえかよ。いやそれより、
……「黒個体間のみで記憶共有」してるのか? どころか考えたくねえが、あるいは「喰らった奴の記憶をも共有」出来るまであるってのか?
突拍子も無い発想であったものの、何か腑に落ち感は強かった。ここまで「壮年」を、「人間の壮年」を見様見真似で出来るもんなのかっていう、己の先入観的考えも背を押す。その喋り方、口調、あるいは声色。それでもって「姿かたち」も。喰らったまんまで模造出来る、とかじゃあねえのか。でなければその態度、髪型、出で立ち、こうまでヒトを苛つかせることの出来る組み合わせをあの色気も何も無いぬるりとした黒い生命体が選択できるとでも言うのだろうか……(いや、無い)
一歩、万全を期してさらに一歩飛びすさって間合いを取る。野郎のその奥、雄大に広がる湖の表面を渡ってくる風は今やや強みを増してきて、周りの木々をぞうぞうと揺らしている。見た目爽やかな光景であるだけに、その真ん真ん中でまた素立ちの体勢に戻った「壮年」の巨大な姿は今更だがやはり相当異様であるが。相変わらずその姿はこちらに焦点を結ばせずに掠れ気味にそこにある。ぬうう、これもまたイラつく要素だぜくそぅ……いや落ち着けっての。
<……>
左右の画面からこちらに視線を飛ばしてくる姐ちゃんと若僧くんに軽く頷きを見せてみる。もう考えるとか様子見はやめだ。そういったので長引かせることが……「相手の情報を得過ぎてしまう」ことが、あまりこちらに利する事が無さそうという懸念が、俺の回らない首回り辺りをぐるぐると巡って来ているからであり。そして決定的な、絶対に「要らん情報」というものが呈示されちまうような予感も脊椎辺りを這い上って来ていた。俺の場合「予感」というものは九割が「悪い予感」であり、その内の八割が意に反して当たってしまうことが経験則より割り出されているわけでもあって、であれば初見の一発、「必殺光力拳」を早いとこ効果的にブッ沈めなけりゃあならねぇ……
相手は、苦も無くこちらの初手を躱してからは、それでもまだ凪いだ軽めの構え姿勢のままだ。これでもかのにやり微笑も浮かべたまま。一対一「拳闘」に、まだ乗っかっては来てくれているようだ。それで尚且つ「見」の構えと来た。舐められ過ぎでは。だが。
そう言えば「阿吽の呼吸」、が何だの、そんな慣用的文句も言い放ってきていたようだったが、それまた壮年臭ぇよな……とか今ここでは要らん考えを浮かべつつも、そのように称された、我ら三人の連携という奴をやっぱここは発揮すべきなのでは、いややってやろうべい、との我ながら乗せられやすい考えへと方向転換をカマしていく。どうにも思考があっちこっちに行ってしまいがちだが、俺はやっぱり迷ってんのか気圧されてんのか?
――昂燃メモその27:説明しようッ!! 思考の深みにたまに嵌まりかける時もあるのだが、自分でもよく把握できず、結局何も考えていなかったのと同様の中途半端な選択肢を選びとってしまうものなのであるッ!!――
ひるむな。こっちは頼り無い自分だけじゃあねえんだっつうの。左右の画面向けて、両手の甲をそれぞれ向けつつ、全指をぴらぴらと動かしてみせる。「何かやってくれ」という即席の合図だが、俺の先ほどの攻めあぐね具合も見て察してくれたんだろう、即応で両方からの「了解」のハンドサインが返って来る。おっしゃ、やっぱ頼りになる。そして俺はもう諸々考えるな。姐ちゃんからは以前「現場での指揮加減」がどーのこーの評価されてた気もするが、良くも悪くも「臨機応変」でやってるに過ぎねえんだ。動いて動いて、そこから諸々の状況に脊髄で対応していってやる。
「……ッ!!」
一歩、左にやや大仰に踏み出してからそこ起点で大きく重心を振って壁蹴りのような格好で右斜め前に鋭く跳躍。通じないだろうがフェイントも兼ねた初動作は、一拍遅れで来る機体の重量を鑑みた、必須アンド最適な入り。踏み込んだ柔らかな土面に右爪先を捩じ入れつつ回転を促すと、間合いを詰めての左をいま一度撃ち込むと見せかけてそのままの勢いも乗せ、大きく機体を時計回りに振らせる。ぐるり全身が半回転しての左右にフェイクを挟んでの右裏拳。その固めた拳を壮年の澄ました顔面の右頬部辺りに着弾するように。光力を……
「!!」
乗せずに。
「ッらああああああッ!!」
ガードされるか、避けられるかは分からなかった。が、どっちでも構わなかった。極限まで捻りを加えられた右軸足に、さらに上半身の振りかぶりを足して、力をそこに集約させて。同時に後方へと引き絞っていた左脚を突き込んでいく。
全力の、左下段蹴り、それを壮年の膝やや上辺りを狙って。おおおお、これがひとり時間差攻撃よぉぉぉぉッ!!
上段、右手甲にまず重い衝撃。右腕でおそらく受けたんだろう。キィンという金属音も同時に響いている。そしてえらい「硬さ」も機体越しに受け取った。こいつ……今更だが今までの「黒奴」らとは「材質」が全然異なるぜぇぇ……だがッ!!
続けざまのこの流れるような下段に対処できるかな? 蹴りも大したことねえとか見積もって膝でも立てて逆にこっちの脛でも折ろうとか丁寧かつ舐めた応対とかして来れるんだったら。
「!!」
俺の勝ちだ。
またしてもキィンと来る衝撃。だが先ほどの拳撃のように適当にぶち当てた際のものとは違う、「内部」から共鳴してくるような、そんな衝撃。案の定、この蹴りも受けてくれた。果たして。
「……」
キラキラと、細かい破片が破裂するように舞う。陽の光を反射して、それは幻想的に。だが現状は、壮年の右膝部、黒いスーツに包まれているように見えていたそこが、ばきり「割れている」絵面があるばかりで。テッカイトの右足裏土踏まず、そこに設置されている「光力の排出口」。桃色の煙の帯がそこから放出され、爪先まで巻き付くようにして漂っている。フェイントとフェイクを織り交ぜたやり取りを撒き餌に、撃ち込みたかった「必殺光力撃」は、
「……!!」
見事に、壮年の硬そうな「外殻」を貫いて芯まで衝撃が通った、そのように窺えた。木炭を叩き割った時の断面に似た、細い単体が束ねられているそれぞれが破断したかのような、そのような断面。ちらとそこを一瞥した壮年は、だが、その傲岸ヅラを少し歪ませたんだが緩めたんだが分からねえが、あまり感情の起伏を見せないまま、こちらを不気味に見返してくるばかりであったものの。
「!!」
ぷひょぷひょぷひょん、という間抜けな発射音はいつぞやの「杭打ち機」と何故かほぼ同じに聴こえたが、それらの弾速・弾道は全く異なっていた。右手奥面、若僧くんが続けざまに放っていてくれた、ええとそうだ「鉱剤具」だ。目測口径百mm、丸っこい楕円状の砲弾が二発、結構な速度と精密な直線軌道にて既にこちらを向いていた壮年の左背後から迫っていたわけで。が、
それも見越してましたよくらいの余裕の素振りを以てして。いささか芝居がかった所作にてそのコート越しでも分かる筋肉質の左腕を肩の高さくらいまで掲げると、迫る二発の砲弾をその掌で受け止める。炸裂衝撃が巻き起こるものの、壮年の挙動やら何やらに変化は窺えず、その余裕綽々の横顔に貼り付けたままのいやらしい笑みも健在だ。「鉱石粉」、今までも黒奴らの「摂取口以外のところの深奥に突っ込ま」ないと効果は無かったんだったっけか。この硬い外殻……やわいあの砲弾じゃあやっぱ割り貫くことは難しいか。
まあそれも見越してのことなんだが。
間抜けな発射音は確かに「三発」。若僧くんの例の「縄銃さばき」の軌道はそれこそ三六〇度。こちらの方がより精密な「ひとり時間差」だ。遥か上空。逆光も加味した天空からの後追いの一発は、右手で俺の裏拳、左手で若僧くんの「撒き餌弾」二発を受け止めたばかりの瞬の硬直状態で果たして防げるかな~? 気配で察知し上空を振り仰いだのは流石だが、そこから落下重力も足して加速してくる「砲弾」にゃあ、先ほど存分に譲渡したった桃色「光力」も纏わり付いてあんぜ? 触ったら今喰らった右膝のように「割られて」しまうんじゃあねえか?
「……」
壮年は秒の何十分の一くらいを思考に使用したようだった。そしてさして慌てもせずに相変わらずの凪いだ顔面のまま、すいと破断しかけている右脚を雑とも思える挙動にて、一歩前に出しつつその頽れ感も利用するかのように力をうまく移動させて全身を捻る。なるほどぉ、痛みとかその類いの感覚は無いまたは希薄なんだろね……
それによって想定着弾点からはおよそ半mほどずれた。ギリギリで躱してみせてやろうって肚かい。余裕挙作、腹立つねぇ。
が、
そういうのがはっきりの悪手だってことを、
<……ッ!!>
このお姐ちゃんが教えてくれるそうですぞ?
機体の背後、壮年からの死角から軽やかに跳び上がった薄緑色の肢体は。
「!!」
中空でコンパクトに前転をかますと、そのままの勢いのまま、その何故かハイヒールのような形状をした足部の、正に高くなっている踵の部分に桃色光力を絡ませつつ、それを壮年の左後頭部辺りに高角度から、撃ち込んでいったわけで。
三人時間差、波状攻撃って奴だ。打合せも何も無しでここまでやっちまえんだから、このふたりはやっぱ流石と言わざるを得ねえ。前方へ腰を折られ、やや前屈みにて硬直する焦げ茶色の巨体体躯の頭部からまたも破片と反射光が撒き散らされる。それでも、
「……」
効いてませんよ風情を醸し続けてんだよなぁ、あんたのその「弱みを見せたら負け」の姿勢は何か学ぶとこもありそうだったりするんだが。まあ実際そうなんだろう、「光力撃」もその「殻」のようなガワ一枚を砕くだけに過ぎねえのかも知れねえ。
だが、
<あああああッ!!>
姐ちゃんの雄叫び。それはおそらく恐怖を払おうっていう本能的なものなんだろうと俺はこの場においてそんな悠長なことを考えたりしている。やっぱ俺なんかの助太刀は不要だったかもなあ。
着弾させた右踵を滑らせ、既にその肉感的な右脚は壮年の首に巻き付け掛けられており、そしてそのしなやかな上半身を逆さになるまでぐいと反らせた姿勢へと移行している。そうだぜ。
「天空鉱剤弾」は囮じゃあねえ。一瞬前まではそうだったが、その役目を終えた後は、今この瞬間からは、
「!!」
とどめの一撃へと華麗に転身するんだぜッ……!!
光力だけじゃあおそらくそこまで致命なことにはなんねえと思ってた。だが何らかの傷、「流入口」は創れるんじゃあねえかと思っていた。そこに「鉱石粉」をブッ込む。これこそが、即応の判断での最適解って奴だ。行き当たりばったり過ぎて流石のおめえさんでも読めなかっただろうが。傷口に塩を塗る感じで少し気の毒に思えなくも無えが。
とくと味わい喰らうがいいぜぇぇぇぇぁああああッ!!
上空から降って来た砲弾。それが姐ちゃんの脚で固定された壮年の突き出された後頭部、そこに開いた破断面向けて一寸違わず撃ち込まれていくのが視認できた。
激しい金属音に混じって、肉が潰れるようなやけに有機的な音も重なって。
大柄な身体がまるで岩石から削り出した石像のように、今の今まで能動的に動いていたとは思えないほど「生」を感じさせない佇まいにて。
ただそこに「在る」だけみたいな状態になっていたのだが。
これは……やったかッ!?(やってねえんだろうけ↑ど→)




