74.運命的な二人
会場に足を踏み入れると、貴族の視線を集める。
「アンジェリカ様よ。お隣に居るのは……」
「もしかして、アーヴィング公爵様?」
「嘘……別人みたい」
ギデオン様の変貌ぶりに、驚きの声も聞こえた。
「……すみませんアンジェリカ嬢。私の人相が悪いので、もしかしたらより近寄りがたくなってしまったのかもしれないです」
(いや、あまりのカッコよさに驚いてるんじゃないですかね)
チラリと令嬢方を見ると、中には頬を赤くしている人もいた。そこから心情を正確に読み取れるわけではないが、以前よりも好印象である可能性は高い。
「そんなことありませんよ。眉毛は偉大ですから」
「眉毛……そうでした」
ギデオン様の方を見上げながら頷くと、安心するように頷き返してくれた。
「堂々とします」
「私も一緒に」
二人で改めて背筋を伸ばすと、人まだそこまで密集していない場所を目指して歩き続けた。
開始時刻になると、国王陛下が姿を現した。短めのお話の後、すぐに夜会の開始を告げた。それを皮切りに、会場内に美しい音楽が響き始める。
(ダンスが始まったみたいだ)
既に何組かの貴族は、ダンスホールに出て踊りを楽しんでいた。
私達はどうするのかとギデオン様を見れば、彼は一度手を離した。そして、軽くお辞儀をしながら、再び手を出して告げた。
「アンジェリカ嬢。よければ私と一曲、踊ってくださいませんか?」
「……よろこんで」
これでもかという程の満面笑顔でギデオン様の手を取ると、ダンスホールに移動する。
デビュタントで踊らなかった私は、これが正真正銘のファーストダンスだ。その相手がギデオン様であることが、たまらなく嬉しい。
「……私、実はこのダンスが初めてなんです」
「アンジェリカ嬢もですか」
「……も? もしかしてギデオン様も」
そっと尋ねてみれば、ギデオン様は目を伏せながら、首を縦に振った。
「はい。怖がられていたので、誰も誘うことなく今日を迎えてしまいました。……お恥ず
かしいです」
「なるほど。ということは私達、ファーストダンス同士なんですね。運命的でいいですね」
「運命的……それは嬉しいですね」
ギデオン様の表情が心なしか明るくなったように見えた。
そんな運命的なファーストダンスが始まった。ギデオン様と両手を繋いだ状態で、ステップを合わせて踊り始める。
「お上手ですね、アンジェリカ嬢」
「ギデオン様のリードが完璧だからですよ」
「そんなことは。……上手く踊れるのは、相手がアンジェリカ嬢だからです。とても踊りやすくて」
(それは嬉しいな……姉様のスパルタ指導のおかげだ)
さすがに声に出すことはできなかったが、嬉しさのあまり顔がにやけてしまう。
(ギデオン様とするダンス、楽しいな)
一曲があっという間に感じてしまう程、夢中になって踊っていた。連続で踊ることができるのは婚約者という決まりがあるので、私達は一度ダンスホールから離れて休憩を取ることにした。
「アンジェリカ嬢。静かな場所に移動しましょうか」
「そうですね」
ギデオン様の手に引かれて、私達は会場の外に抜け出した。
向かったのは、王城内の庭園。
月の光に照らされた花々がとても美しい場所で、その庭園をゆっくりと歩き始めた。
(ここなら告白するのにいい場所なんじゃないか⁉)
個人的に満足できる場所に、嬉しくなっていた。しかし、それと同時にどんどん緊張が高まっていく。何か話さなければいけないのに、何も思い浮かばない。浮かぶのは、告白の言葉だけ。
(……告白する時って、何か前置きっているのか?)
考え過ぎたせいか、どうすればいかわからなくなってしまった。
ギデオン様は庭園に視線が向いており、静かなままだった。沈黙が流れる中で、鼓動が速くなっていく。
(いや、ビビるな。好きって気持ちがわかったんだ。告白しなくてどうする。…………行くぞ)
覚悟を決めた私は、呼吸を整えた。ギデオン様の視線が私に向いて目があった瞬間、私は彼の名前を呼んだ。
「ギデオン様」
「は、はい。どうかされましたか」
「……私は、ギデオン様のことを――」
「アンジェリカ嬢」
私の言葉は、ギデオン様によって遮られてしまった。
(な、何でだ?)
最後まで言わせてもらえなかったことに不安を覚えると、ギデオン様は私の手を離した。
「そこから先は、私から言わせていただけませんか?」
「えっ」
ギデオン様は私と向き合うと、優しく手を掬い取った。
「アンジェリカ・レリオーズ様。私は貴女の全てに惹かれています。この目を怖がらずに、
カッコいいと言ってくれたその温かさに何度も救われました。一緒にいる時間が心地よくて、これから先もずっと隣に居てほしいと思っております。……どうか、私と婚約してくださいませんか?」
「‼」
(え……えぇ⁉)
まさかギデオン様から告白を受けるとは思いもしなかったので、激しく動揺してしまう。夢ではないか、聞き間違いではないかと思ったけれど、ギデオン様の真剣な目と優しく包み込まれた手を見る限り、起こっている出来事は現実のようだった。
婚約を申し込まれた。それを理解できると、私はくしゃりと笑うとそのまま大きく頷いた。
「お受けします……‼」
答えた瞬間に、ギデオン様は私をそっと引き寄せた。
「……良かった」
安堵する声が耳元で聞こえると、ギデオン様が私自身を想ってくれていたんだとい実感できた。
ギデオン様の腕の中は温かく心地よかった。
しばらくの間抱きしめられていたが、ギデオン様はそっと体を離して宣言した。
「……必ず、アンジェリカ嬢を幸せにします」
「それなら私も。ギデオン様を幸せにします」
「では……二人で幸せになりましょう」
「はいっ」
私達はお互い見つめ合って笑みをこぼした。
「アンジェリカ嬢。ありがとうございます、あの時私を見つけてくれて」
「……先に見つけたのは公爵様ですよ」
本当は睨まれたから、睨み返したのだ。最初は絞められるものだと思って、まずいことになったと頭を抱えていた。けれども結局、それがあったからこそ、ギデオン様と結ばれたのだ。
「アンジェリカ嬢。これから先、俺の傍を離れないでくださいね」
再びぎゅっと私を抱きしめたギデオン様は、耳元でそう呟いた。
あぁ、やっぱり。
この公爵様にガン飛ばしたら、大変なことに――最高に幸せなことになったな。
月の光に照らされながら、私は口元を綻ばせて、幸せを噛み締めるのだった。




