73.夜会のはじまり
翌日、朝一でギデオン様に夜会のパートナーの打診を送った。
すると、入れ違うように届いたのは、同じくギデオン様からパートナーの打診の手紙だった。
「……これが運命ってやつだったりして」
「絶対そうですよ、お嬢様!」
ミラが目を輝かせながら頷いてくれた。
「これで返事も同じタイミングだったら素敵ですね」
「よし、今すぐ書く」
レベッカの言葉に頷くと、急いでデスクへと向かった。
その後、夜会当日までの間、クリスタ姉様によるスパルタ指導が続いた。ダンス練習はもちろん、作法や知識をよりレベルを上げて教えてくれた。猛特訓の日々の中、夜会前日に衝撃的な話が舞い込んできた。
「アンジェ。テイラー嬢は侯爵家から出されたそうよ」
「出されたって……追放ですか?」
「実質そうね」
クリスタ姉様が聞いた話では、テイラー侯爵と夫人が離婚したということだった。
どうやらテイラー侯爵家の財政状況が悪かったのは、夫人と娘のテイラー嬢の浪費が酷かったからだそう。
伯爵家出身の夫人は実家に戻るしかないのだが、仲の悪い兄が当主になっているようで、出戻りを許されなかったらしい。今はテイラー侯爵の手切れ金を手に、どこかでひっそりと暮らしているという噂だ。
「でも、それならテイラー嬢は侯爵家に残ればいいですよね? どうして追い出されたんですか」
「それよりもアンジェ。私は初めて聞いたのだけど、テイラー嬢に手を上げられたというのは本当かしら?」
「えっ」
ギデオン様経由で、我が家にあの日の詳細が送られてきていたとクリスタ姉様が教えてくれた。
「手を上げられたといっても、ぶたれる前にアーヴィング公爵家の騎士の方に守っていただきましたから」
「……未遂だとしても大問題なのよ」
苛立ちが抑えられていない姉様だったが、そのままテイラー嬢の話を続けた。
「なんでも、テイラー侯爵が娘を許す条件に、アンジェへの謝罪が入っていたそうよ。でも彼女は来なかったでしょう?」
「来てないですね……」
「その様子を見た侯爵が、あきれた上に失望して家から出したそうよ。今は母と暮らしているか、修道院に行っているかのどちらかじゃないかしら」
「そうだったんですね」
個人的にテイラー嬢には、言いたいことが言えたので、正直そこまで興味はなかった。ただ、修道院に行くほうが、彼女自身のためになるとは思う。
「さ、この話はここまで。ダンスの練習、再開するわよ」
「はい、お願いします」
夜会当日。
いつも以上に、侍女三人が丁寧に準備に力を入れてくれた。
ドレスは、以前姉様と一緒に行った洋装店で注文したデザイン案のものだった。
準備を済ませると、私は玄関前で待機していた。クリスタ姉様から、これから迎えに来る暫定婚約者の方を紹介してもらうためだった。
クリスタ姉様のお相手は、同じ侯爵家の令息だった。
次男の方で、婿入りするのは問題ないとのこと。意外だったのは、付き合い自体は長く、お互いのことをよく知っているということだった。
(……姉様が凄い幸せそうだから、何も問題ないな)
美男美女だったこともあり、二人並ぶと美しい絵になっていた。個人的に相手男性の印象はよいものだったので、クリスタ姉様を幸せにしてくださいと伝えた。
「それじゃあ、先に行くわね」
「はい。お気を付けて」
私は姉様を見送ると、そのまま玄関でギデオン様を待つことにした。
(……駄目だ、緊張する)
ギデオン様への想いを自覚した上でのパートナーだからか、まだ会っていないというのに鼓動が速くなっていた。
馬車の音が聞こえると、私はすぐに玄関付近の窓から外を見つめた。
「ギデオン様の馬車だ……!」
見覚えのある馬車は、アーヴィング公爵家の馬車だった。玄関を開けて外に出ると、ちょうど馬車が目の前で止まった。中から出てきたギデオン様の姿に、私は衝撃を受けた。
(オ、オールバック……‼)
以前半分ほどかき上げられた前髪と違って、今回は全て後ろ側に退かしている状態だった。隠すものが何もなくなったおかげで、凛々しい眉毛と鋭くも素敵な眼差しがハッキリと見えるようになっていた。
(……破壊力が凄ぇ)
予想外のスタイルに、私は心を持ってかれた。
「お待たせしました、アンジェリカ嬢」
「本日はよろしくお願いします、ギデオン様」
挨拶を済ませると、ギデオン様のエスコートを受けながら馬車に乗りこんだ。馬車はすぐに出発し、王城を目指した。
「全部後ろに前髪を上げたんですね」
「はい。……アンジェリカ嬢のおかげで、少しずつ自信を持てたので」
「凄く素敵ですし、よく似合っているかと」
「ありがとうございます」
嬉しそうな反応をしてくれるギデオン様。
いつもと雰囲気が違うのでさらに緊張していたのだが、優しい声色と笑みは変わらないままだった。
(……今のギデオン様と睨み合いの対決したら、勝てんのかな)
眉毛がハッキリと見えるようになったことで、より凄みに迫力が増しそうだった、
「やはりアンジェリカ嬢には赤いドレスが似合いますね」
「本当ですか?」
「はい。アンジェリカ嬢の美しい赤髪をより引き立てるドレスだと思います」
私もこの髪色は気に入っているので、褒め言葉がもらえるのは嬉しかった。ただ、それと同時に胸への負担が大きくなっていく。
緊張をほぐすためにも、どうにか他愛のない会話に話を持っていくと、王城までを過ごした。
王城へ到着すると、既に多くの貴族がいた。
馬車から降りると、ギデオン様はすぐに手を差し出した。
「行きましょう、アンジェリカ嬢」
「はい」
緊張を振り払うように反応すると、ギデオン様と一緒に城内の会場へと向かった。
エスコート自体は初めての食事の時も観劇の時も、してくれていた。しかしなぜか今日は、あの時とは全く違う感覚を抱いており、鼓動はずっとうるさいままだった。




