68.ここは気合いだ
ずっと鼓動が速かったのは、騎士団を見れるのが楽しみで、そわそわしていたからだと思っていた。模擬戦が終わった後も鼓動が収まらなかったのは、余韻なのだと思っていたのに――。
(なんで収まらないんだ? 新手の病気か⁉)
ギデオン様が戻ってきた今でも、鼓動は収まることを知らなかった。
(おいおい、なんか速くなってないか……⁉)
ギデオン様が戻ってくるのには、領民への挨拶と見送り、そして自身の着替えがあった。余韻は抜けていてもおかしくない。それにもかかわらず、胸の中がうるさいままなのだ。
「お疲れ様でした、ギデオン様」
「ありがとうございます」
平静を装って話し始めたのだが、ギデオン様を前にすると、より鼓動が大きくなってしまった。
(駄目だ、収まらねぇ。……でも今はギデオン様との会話に集中しないと)
ギデオン様の模擬戦をせっかく見れたのだ。感想で伝えたいことは山程ある。
(よし、ここは気合いだ!)
ぐっと手に力を入れると、いつも通りギデオン様の目を見て伝え始めた。
「凄くカッコ良かったです。私は剣を握ったことのない素人なのですが、それでもギデオン様の剣さばきが素晴らしいものなのは見ていてわかりました。もう本当に一秒たりとも見逃せないほど、覇気のある勇ましい姿だったなと。とても素敵でした」
(な、なんか早口になっちゃった。それに緊張してるよな……どうしたんだ一体)
興奮が冷めないからなのか、今朝と比べて自分の様子がおかしいのがわかった。ただ、理解できたのはそこまでで、原因まではわからなかった。
「……ありがとうございます、アンジェリカ嬢。正直、領を案内すると言っておきながら貴女を一人にしてしまうことが心苦しかったのですが、これほどまでに嬉しい言葉をいただけると、剣を振った甲斐があるものですね」
はにかんだ笑顔は、今まで見たことのないギデオン様の表情だった。私はそれに驚いたようで、鼓動が一気に跳ねあがった。
(こんなギデオン様、初めて見た。……いいな、今の笑顔)
思わず私も口角が上がっており、不思議と幸福感を抱いていた。
「アンジェリカ嬢。話が変わるのですが、当家の使用人を助けていただき、ありがとうございます」
「あ、いえ。当然のことをしただけですよ」
「同時に謝罪を。申し出のない貴族が来ていたのを知っていたにもかかわらず、対応が遅くなってしまったことで、貴女に迷惑をかけてしまいました」
深々と頭を下げるギデオン様。自分の判断ミスだと言いたいのはわかるのだが、心情的に納得できなかった。ギデオン様が悪いことなど何一つなく、迷惑をかけたのはテイラー嬢なのだから。
「おやめくださいギデオン様。……その、首を突っ込んだのは私の方なので」
苦笑いを浮かべながら伝えつつ、ギデオン様に頭を上げてもらった。
「テイラー嬢とは知り合いなんです。放置をしてしまうと騒ぎが大きくなると思った上で、私の意志で介入しました。ですので、迷惑をかけたという表現は違うかと」
(それに、せっかくの公開訓練と模擬戦だったから……あれ以上騒ぎが大きくなると、支障が出ると思ったんだよな)
謝罪する必要はないと暗に伝えると、ギデオン様はもう一度「ありがとうございます」という言葉で、話に区切りがついた。
「ここに来る前に馬車の手配をしましたので、これから本格的に領内を案内させてください」
「よろしくお願いします」
こうして私達は騎士団見学を終え、屋敷の前へと移動した。その間、先程の模擬戦全体に関して話していた。騎士の動きの良さや、模擬戦を見られて良かったと、心を落ち着かせながら伝えた。終始和やかな雰囲気で会話が弾んでいたのだが、私の胸の中だけは穏やかではなかった。
馬車が走り出すと、ギデオン様による領地案内が始まった。
「屋敷を出てすぐにある坂を下ると、町が広がっています。領民の多くがそこに住んでおり、ほとんどの店も町に集まっています」
坂を下りきったところで、複数の領民が歩いている様子が見えた。
「公開訓練後ですので、ちょうど家に帰っている領民が多いかと」
「みたいですね」
歩いている領民の多くが満足そうな表情や、興奮している顔をしていた。間違いなく、ギデオン様と副団長を始めとした模擬戦があったからこその顔だった。ふとギデオン様に視線を戻すと、彼は優しい眼差しで領民を見つめていた。
(ギデオン様は、本当に領民やこの領地が大切なんだな。……確かに、あの笑顔は守りたくなるな)
彼らの横を通り過ぎて、町に入る手前で馬車を停めた。
「アンジェリカ嬢、少しお待ちください」
すぐに下りることなく、ギデオン様は窓の外を見下ろしていた。どうしたのだろうと視線を向ければ、そこには複数人の子ども達が並んで馬車をじっと見つめていた。




