66.相応しき者
テイラー嬢はアーヴィング公爵家使用人に悪態をついており、その様子は以前洋装店で見たものと同じだった。
「大変申し訳ございません。ですがここから先、お通しすることはできません」
「だから、誰に向かって物を言っているのかしら?」
この状況は見たことある。自分の主張が通らないとなった時、テイラー嬢は手を出す。
(さすがに公爵家使用人にまで手を出さないと信じたいが……仮にここで問題が起これば、模擬戦の遅延になりかねない。それはなんとしても避けねば……‼)
思考が駆け巡ると、護衛騎士に「少し行って来ます」とだけ告げた。テイラー嬢と向かい合っている使用人の前へと足早に移動した。
「お久しぶりですね、テイラー嬢」
「‼ アンジェリカ・レリオーズ……」
(おいおい、その呼び捨て聞こえてるぞ)
嫌いなのはわかるが、いつになく余裕のない様子だ。もはや隠すつもりもないようで、苛立つ表情を浮かべたあと、笑みを作ることなく目を合わせた。
「貴女もいらしてたのね」
「……えぇ」
「ちょうど良かったわ。レリオーズ嬢からも言ってくださる? この方々私が公開訓練を見学するのを止めるのよ。無礼にもほどがあるわ」
色々と言いたいことはあったが、ひとまず呑み込むことにした。
(……落ち着け。大切なのは威圧だが、中でも品のある圧だ。ここは姉様を想像するべきだ)
心の中で息を吐くと、もう一度背筋を伸ばしてテイラー嬢に視線を向けた。
「なぜ無礼なのでしょうか?」
「なぜ……ですって? そんな単純なこともわからないのかしら」
「少なくとも、テイラー嬢の意見は一つも」
「嫌だわ。この程度もわからない者。やはりアーヴィング公爵様にふさわしくないわ」
はっと鼻で笑うテイラー嬢。いつの間にか背後に立っていた護衛騎士が、動こうとしたので制する手を出した。
「あら。それならお聞かせ願いますか? そんな単純なことを」
「簡単なことよ。私は貴族。公開訓練を見るにふさわしい人間だからよ。にもかかわらず、止めるなどあり得ない話ね」
自信満々に、それが当たり前で正しいかと言わんばかりに答えた。
「それなら、間違っているのは貴女の方ですね」
「……なんですって?」
「ここはアーヴィング公爵領であり、アーヴィング公爵騎士団による公開訓練です」
「そんなことは知っているわ。馬鹿にしているのかしら?」
「そこまで知っているのに、まだわからないのですか。公開訓練は領民のために行われるものであって、貴族のためではありません」
私の意見は間違っていると言わんばかりに、すぐさま否定した。
「愚かね。公開訓練なのよ? 誰もが見れる訓練なら、優先されるべきは私のような貴族よ。平民ではなくてね!」
そう言い切られた瞬間、私の中で確かな不快感が生まれた。
「……公開訓練とは、貴族への見世物ではない。それはテイラー嬢はもちろん、私にも言えること。領民のためにーーアーヴィング領の未来のために行われるものよ。私はそれを覗かせてもらっているに過ぎない」
「未来? くだらないわね。重要なのは身分よ。侯爵令嬢である私のようなね」
テイラー嬢は、馬鹿にしたように笑いをこぼした。
今日、初めてアーヴィング領にきた際にギデオン様から聞いた思い。それに共感し、素晴らしいと思ったからこそ、テイラー嬢の言葉は聞き捨てならなかった。
「愚かなのは貴女の方ね、テイラー嬢。領民のための公開訓練だというのに、貴族が優先される理由にはならない。それに」
「な、何よっ」
私は少しずつテイラー嬢に近付いた。
「ここはアーヴィング公爵領です。貴族という立場を強調するのなら、しっかりと基本の礼儀は守るべきでしょう。にもかかわらず、今回の来訪、事前の連絡もなしに押し掛けた挙げ句、領民をしたに見た上で優先しろと詰め寄る……」
真正面に立つと、テイラー嬢から目をそらさずに告げた。
「テイラー嬢、貴女の方がよっぽどアーヴィング公爵様にふさわしくないわ」
「ーーっ‼」
ギリッと歯の音が聞こえたかと思えば、テイラー嬢は「このっ!」と言って手を振り上げた。
(……これは返しても正当防衛になるよな)
そんなことを考えていると、護衛騎士によってテイラー嬢の腕が押さえられた。
「なっ」
(さすがの反射速度だな)
テイラー嬢が赤面している間に、騎士はテイラー嬢を拘束した。
「何をするの! 私を誰だと思ってーー」
「ここはアーヴィング公爵領です。公爵様の大切なお客様に対して手を上げた者は、誰だあろうと拘束させていただきます」
テイラー嬢はその後も叫んでいたが、拘束した護衛騎士によって連れていかれた。彼女の後ろ姿を見ていると、使用人に声をかけられた。
「ありがとうございました、レリオーズ様」
「大したことはしていませんよ。それよりもお怪我はありませんか?」
「ほ、本当にありがとうございます……!」
怪我がないようなので安心していると、他の護衛騎士と目があった。
「レリオーズ様。そろそろ模擬戦が始まるかと」
「‼ すぐ戻ります!」
私はすぐさま駆け足でもと居た場所に戻るのだった。




