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53.感覚はまだ庶民



 洋装店に到着すると、二階にある個室に通された。きょろきょろと辺りを見回す私に対して、クリスタ姉様は慣れた様子で店員からデザイン案を受け取っていた。


「それにしても嬉しいわ。アンジェが自分でドレスを選ぶようになったみたいで」


「今まですみません。……着たい色があって」


 ドレスに無頓着だった私は、クリスタ姉様が定期的に用意してくれるものを着ていた。前世からひらひらしたものを着てこなかったので、興味を持つのはなかなか難しかった。


(……でも、ギデオン様の前で着るドレスは赤が良いからな)


 自分に一番似合う色が赤だと思っているからこそ、今度お会いする時に備えて仕立てておきたかった。中でも次は公爵領訪問。恐らくお会いするのはギデオン様だけじゃない。好印象を与えるドレスを選ばなくてはならない。


「これもいい機会よ。好きなだけ注文しなさい。お父様から許可はもらっているわ」


「そんな。一着だけでいいですよ」

 

 あくまでも今回はギデオン様と出かけるのに必要なドレスが欲しいというだけだ。今までドレスを自分で頼むなんてことがなかったのと、屋敷にいてばかりで買い物の経験がない私は、制限のない購入に申し訳なくなってしまった。


「何言ってるの。これからもアーヴィング公爵様とは色々な場所に出かけるんでしょう? それにパーティーだって何回か参加するんだか、何着か仕立ててもらいなさい。もちろん気になった既製品のドレスがあったら、購入してもいいわ」


「……ありがとうございます」


 クリスタ姉様からデザイン案を受け取ると、一つ一つ見ていった。紙の端に書かれた推定の値段が目に入ると、私は目を疑った。


(な、何だこの値段……‼ ドレスってこんなに高いのか⁉)


 初めて知る驚愕の事実に、私は固まってしまった。

 貴族の買い物に慣れておらず、庶民的な感覚が残っていた私はあまりの高さに恐怖した。


(……い、いや。侯爵令嬢がこんな値段でビビっちゃ駄目だろ。現に姉様は何着も即決で買ってるわけだし……!)


 紙を持つ手が危うく震えそうになったが、目を閉じて落ち着かせると、改めてデザイン案と向き合った。


「姉様。これ全部、注文します……!」


「気に入ったものが多いみたいね。もちろんいいわ」


(多いって……待ってください姉様。もしかして私買い過ぎました⁉)


 しかし、一度宣言したからには撤回するのも野暮というもの。私は唾を吞み込んで購入を進めることにした。店員がやってきて、念のため改めて寸法を測ることになった。じっとしていればすぐ終わるということだったので、木のようにどっしり構えていると、本当にあっという間に終了した。


(これで私の買い物は終わりだな。……後は姉様を待とう)


 ひと段落ついたので、ソファーに座り直せば、クリスタ姉様がデザイン案から顔を上げた。


「アンジェ。一階には既製品が売っているのよ。採寸が見終わったのなら、少し見てきたら?」


「ですが、もう購入はいいかなと」


「見るだけならお金はかからないし、気になるものがあるのなら片っ端から買いなさい。お父様が喜ぶわ」


「私がドレスを買うとお父様が喜ぶんですか……? それどんな仕組みですか」


「アンジェは普段何もねだらないでしょう。お父様はそれを気にしてるのよ」


 初耳である。

 思い返してみれば、私がお父様に頼んで買ってもらったのは乗馬服くらいだった。

 確かに貴族令嬢――娘というものは、父親に何度か何かをねだるものなのだろう。しかし私はそれをやってこなかった。決してお父様が嫌いというわけではなく、本当に欲しいものがないだけなのだ。


(金を使わないに越したことはねぇもんだと思ってたが……そっか、今は貴族だもんな)


 どこか感覚が前世のヤンキー兼庶民のままだったということに気付かされた。


(……いい機会だな。どうせ今日以外お金を使う場所もないんだし、お父様のためにももう少しだけ買ってみるか)


 仕組みが理解できたところで、私はすっと立ち上がった。


「……わかりました。少し既製品の方も見てきますね」


「えぇ。気を付けてね」


 姉様に見送られながら、私は一階へと向かった。

 既に出来上がっているドレスは、デザイン案とはまた違ったよさがあった。


(やっぱり赤いドレスはいいな。勝負の色って感じがして)


 色とりどりのドレスが並んでいたが、やはり目を引くのは赤色のドレスだった。

 店内にはドレスだけでなく、男性用の礼装も置いてあった。


(……この礼装、ギデオン様に似合いそうだな)


 シンプルなデザインは、ギデオン様の顔が映えるものだと思った。

 今度は装飾品を見始めると、好みのものを見つける。


(赤い装飾品か。これならドレスに合いそうだな)


 装飾品は滅多につけてこなかったのだが、いざ目にすると悪くないと感じた。


(買う買わないは置いといて、意外と商品を見るのは楽しいもんだな)


 穏やかな気持ちで装飾品を眺めていたその時だった。


「どういうことよ‼」

 

 女性の甲高い声が、店内に響くのだった。




 いつも読んでくださり誠にありがとうございます。

 大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ございません。お待ちいただいた皆様に深く感謝申し上げます。

 本日より毎日更新を再開とさせていただきます。よろしくお願い致します。



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