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40.決めつけるのはよくない


 クリスタ姉様の鋭い視線は続き、心なしか圧を感じ始めた。その空気に耐えられなくなった私は、聞かれてもいないのに弁明を始めた。


「きょ、競争と言っても荒々しいものではないというか。正々堂々、馬の速さを競うものです。なりふり構わず思い切り走るだけの競技で……ば、馬術に比べると華麗ではありませんが、決して上品でないわけではないです」


 なんて品のないことをというお小言が飛んでくることを恐れた私は、焦りからか少し早口で話した。何か強力な説得材料はないかと頭を回転させた時、王女様の顔が浮かんだ。


「……あ! ネスロダン国の王女殿下も嗜まれています。ですので――」


「アンジェ」


 私の声は途中で遮られてしまった。伝わらなかったかと思いながらクリスタ姉様を見ると、眉が少し下がっていた。


「怪我はなかったのね?」


「……えっ」


「競争……聞いたことはあるけれど、尋常じゃない速さで走るって安全ではないでしょう。特にティアラは速いだろうから。体に負担がかかってしまったのなら言いなさい。それならお茶などしないでゆっくり休むべきよ」


 意外にもクリスタ姉様から放たれたのは不安と心配する声だった。私は予想外の反応に素っ頓きょうな声が出てしまったが、クリスタ姉様は段々と深刻そうな表情へなっていった。


「ね、姉様」


「ごめんなさいね。もちろん今のティアラがアンジェと親しいのはわかっているのよ。だけど、どうしても暴れ馬という事実は残るでしょう。それで……」


 ティアラに対して、疑って申し訳ないという気持ちがあるのか姉様は目を伏せていた。


(……怒ってたんじゃなくて、純粋に心配してたのか)


 そうわかると、胸がじんわりと温かくなったのがわかった。先入観で怒られたとばかり思っていたので少し反省した。


(何と言うか……これは私が悪かったな)


 少なくとも競争は姉様的に好まないという決めつけから入ってしまったが故に、弁明から入ってしまった。競争が好きだからこそ、否定されたくないという気持ちが強く動いたのかもしれない。


「どこにも怪我はありませんよ。確かにティアラには暴れ馬という印象が残ることは十分に理解できます。実際、とんでもない速さではありました」


 怒られていないのだとわかった私は、嬉々としてレースでの一幕を語った。


「最終レースに欠員がでた関係で出場したんですけど、周りは全員経験者で。走り出しに経験の差が表れて、私とティアラが出遅れてしまって。それにもかかわらず、ティアラはぶっちぎりで一位だったんですよ……!」


「それは凄いわね」


「でも決して暴走とかじゃないです。ティアラは純粋に、楽しんで走っていたので。そのおかげで私も怪我することなく、一緒に楽しめることができました」


「……そう。とても素敵な競争だったのね。次があれば私も見てみたいわ」


「もちろんです……!」


 私の語りっぷりに安心したのか、クリスタ姉様の表情はどんどん穏やかなものへ変わっていった。「もう少し詳しく聞かせて」とまで言ってくれたので、私はより詳細に伝えた。姉様の反応は凄く良いものだった。


「アンジェにとって、この一日がいかに楽しかったのかよく伝わって来たわ」


「本当に、忘れられない一日になりました」


「……なるほどね。それなら確かに、アーヴィング公爵に同じように返したいと思うのも当然のことね」


「はい」


「先程も言ったけれど、私は協力を惜しまないから。何かあったらどんなに些細なことでも聞いてちょうだい」


「ありがとうございます!」


 ばっと頭を下げようとして、ギリギリで動きを止めた。〝品よく〟という言葉が過った私は、目を閉じてゆっくりと頭を下げ直した。それが功を奏したのか、初めて姉様との二人だけのお茶でお小言なしで終えることができたのだった。


(今日は総じて良い一日だったな)


 笑みをこぼしながら、私は自室へと戻るのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] クリスタ姉様が好きです。 この姉妹関係が素敵ですね〜 つぎの街歩きデート編も楽しみにしてます!
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