第142話
兄にしては意外なことに今日サーキット跡のダンジョンに到達するまでの間には、オレの予想した倍以上の時間が掛かっていたらしい。
そんなに手強い相手が居たのかと思いきやかなり念入りに、ド田舎ダンジョン周辺でゾンビをはじめとするモンスターの間引きをしていたためだという。
当初、同地域の突破の援護を申し出てくれた佐藤さん率いる地元有志のメンバーや、柏木兄妹と行動を共にしていた兄だったが、かなりの確率で地元有志メンバーの中学校時代の同級生などがゾンビ化して現れたため、まともな戦闘にならなかったかららしい。
それを言うなら兄も同じ条件の筈だが、オレや兄ぐらいの世代は大半がこの辺りには住んでいないので、まだマシとも言える。
柏木兄妹に関しては、そもそも知り合いらしい知り合いも居ないため、かなり頑張ってくれていたという。
ド田舎ダンジョンの元になった小学校を出た生徒は、みんなウチの近所の中学校に進学する。
昔から中学校が無いからだ。
今では小学校から、こちらに通うようになっている。
今さら言うまでも無いかもしれないが、小学校も廃校になってしまったからだ。
何が言いたいのかというと、兄の息子……つまり上の甥っ子の同級生が、悲惨にもゾンビ化していたというのだ。
その子の両親は見つかっていないらしい。
父親の方はオレの同級生……中学校での部活が違ったため今ではすっかり疎遠で、オレよりむしろPTAの集まりなどを通じて兄との親交が深かった。
とは言うものの、当然オレにとっても知らない仲では無い。
出来ることなら生き延びて居て欲しいところだが…………状況を聞く限りは難しいだろう。
兄によるゾンビ掃討戦時には居なかったらしいので、まだ一縷の望みはある……といったところだろうか。
兄は顔に似合わず、子供や動物が大好きだ。
さすがに息子の友達を自らの刀で葬るのは、兄にとって辛い仕事だったことだろう。
その子の他にもゾンビ化した人々を倒して死後の呪縛から解き放つキツい作業を、それなりに強く知り合いも居ないと思われていた柏木兄妹を中心とした有志の人達と担当範囲を分担して頑張っていたというが、何やらそこでも一悶着あったらしい。
詳細を聞いてオレも少しばかり驚いたが、右京君が特に酷くショックを受けたらしく、そこで実質的に戦線から離脱してしまったという。
……何が有ったかと言えば、前に柏木兄妹とパーティを組んで活動していた剣持ちの彼(野田とか言うらしい)が、やはりゾンビ化して彼らの前に立ち塞がったというのだ。
茫然自失に陥った右京君とは違い、沙奈良ちゃんは毅然としたままで、実際にトドメを刺したのも彼女だという話だった。
オレに同じ真似が出来るか自問したが、ちょっと厳しいように思える。
兄はもちろんだが沙奈良ちゃんも、オレより遥かに精神的な強さを持っているようだ。
どうにかこうにか、屋外をさまよっていたモンスター達を軒並み排除し終えた兄は、柏木兄妹や佐藤さんの他数名にまで減っていた有志メンバーと別れ、独りその先へと足を伸ばした。
ド田舎ダンジョンとサーキット跡のダンジョン間は約6Km……つまり、中間地点に安全地帯は無い。
そのため兄の道行きは、常にモンスターとの戦闘が付きまとっていた。
ド田舎ダンジョンのエリアから、サーキット跡のダンジョンのエリアに到達した兄は、そこで恐ろしいモノを見たという。
マイコニドというモンスターの大群だ。
マイコニドというのは、平たく言うならばキノコ人間のことで、原種は人間の形をしたキノコだが、マイコニドに殺されたり、胞子を多く吸い込んだりすると、その人間も遠からずマイコニドと見た目の区別がつかない姿になってしまう。
兄の見たマイコニドの大群が、原種なのか地域住民の成れの果てなのかまでは分からない。
分からないが……不自然なほどにゾンビの姿を見なかったともいうから、恐らくかなりの地域住民がキノコ人間にされてしまったと見て間違いは無いのだろう。
魔法の発動体の杖は、オレが風属性も火属性も魔法スキルとして得たことで、今は兄が持っているライトインベリーに入っている。
マイコニドには【火魔法】が有効だろうと当たりを付けた兄は、かなりの数のマイコニドを炎で排除したらしいが、あまりにも数が多すぎて目眩を覚えるまで魔力を使ってしまう破目に陥ったという。
それでも持ち前の負けん気と恵まれた戦闘能力で、サーキット跡ダンジョンまで到達した兄だったが、そこで見たのは更に大量のマイコニドだった。
さすがに撤退することを決めた兄は最小限の戦闘で退路を切り開いたというが、それが簡単そうに聞こえるのは単に兄の戦闘能力が異常な水準に達しているからだ。
スタンピードで排除しきれなかったモンスターの群れをダンジョン2つ分も相手どって、無事でいられるだけでも本来なら凄い話なのだから……。
悪いことに、安全地帯が中間に無いことで兄を追ってきたマイコニド達は、ド田舎ダンジョンの周辺にも流入し始めたらしい。
そして……兄から正式に援護の要請を受けてしまった。
オレ以外のウチの家族は、あれからもスクロール(魔)が見つかるたびに魔力を上げてもらっているが、それでもモンスターを倒すたびに魔力だけでなく全能力が上昇していくオレほど、魔力量に余裕があるわけでも無い。
仮に兄、妻、父の3人が交代で魔杖を使ってマイコニドを焼いても、とても排除しきれる数では無いというのだ。
単なる強いだけのモンスターなら、兄だけでも縦横無尽に暴れて倒しきってしまうような気がするが、マイコニドのように武器で倒すと胞子が舞って、下手に胞子を吸い込み過ぎればキノコ人間の仲間入り……みたいなモンスターが相手では、兄の持ち味は半減してしまう。
マチルダの身の安全のこともあるし、最寄りのダンジョン探索を進めて彼女に代わる新しい守護者を討伐することで最寄りのダンジョンを壊し、早く周辺地域を安全なエリアに変えてしまいたいところだ。
しかし、兄や佐藤さん達の窮状を何とかしたい気持ちは当然ながらあるわけで……悩ましいところではある。
結局、マイコニドの流入は今後の予定に与える影響が極めて大きいため、兄の要請は断れそうになかった。
こうなったら一刻も早くキノコ人間を排除して、最寄りのダンジョンの探索を再開するしかないのかもしれない。
──そんなオレの葛藤をよそに、夜は更けていく。




