早春:道端の花々(むらさき)
温暖な瀬戸内の春は、足元からそっとやってくる。
まだ肌寒さの残る中、まずはスミレが花ひらく。
アスファルトの隙間から、点々と春を告げる。
次いではこちら。
ツタバウンラン。
石垣にへばりつくようにして咲く、とても小さな淑女である。
「ここがあたくしの城。他の場所へは行きません」 とでも言いそうだ。
そして、ぐん、と暖かくなってきた陽射しの中で、ホトケノザの鮮やかな赤紫が頭をもたげる。
この花を見るとついでに観たくなるのが蓮華だが、こちらはついぞ道端では見掛けない。
幼い頃の春の記憶に、一面の蓮華田がある。畔道の端に群がり咲く蓮華を摘んで持ち帰ると、祖母や母が牛乳瓶に入れて窓際に飾ったものだ。
何年もたって、いつの間にか田に蓮華が咲かなくなった時初めて、あれは人の手によって種が蒔かれていたのだと知った。
それからまた、数十年。
蓮華田はすっかり、思い出の中だけの景色になってしまった。
春がくる。当たり前のように、去年咲いた花が同じ場所で咲く。
お帰りと言いたくなるような、言ってもらっているような。
しかしまたどこかでは、春がくる度、当たり前でなくなる景色も増えているのかもしれない。




