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お姉様はヴァンプ!~乙女の花園ミストレス女学院高等部より~  作者: 藤堂みちる
~第2章 ハーフヴァンプ!?な女学院生活~
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29.ピンチ到来

 授業の終わりを報せる鐘が鳴った。これで、午前の授業は全て終わり。あとは午後の授業に備えて、お昼休みという名の束の間の休息時間が与えられる。


 空腹に鳴くお腹をさすりながら、真理亜ちゃんを横目に見ると、真理亜ちゃんは淡々と教科書をしまい、机の上を片付けていた。後ろでは鄙乃ちゃんが小さな口で欠伸をしている。


(あ、そうだ。鄙乃ちゃんがヴァンプって分かってるなら、勿論クインテットのお姉様達とも一緒にお昼を食べることになるんだよね)


 昼食会は学年の違うクインテットのお姉様方とその日初めて顔を合わせて話すことのできる貴重な時間だ。それに私と真理亜ちゃんが行くとなれば当然、鄙乃ちゃんも一緒に行くと言い出すだろうし、ヴァンプである鄙乃ちゃんにはもとより昼食会に参加する資格がある。


(でも、一緒に食べるなんてなったら、すぐに私が真理亜ちゃんのニエじゃないってバレちゃうよね。うーん、何か良い案はないのかな)


 そのことを真理亜ちゃんに聞きたくても、真後ろに張本人がいるので、聞くに聞けない。


 倫子お姉様は勿論、雪乃お姉様も面白がって協力してくれそうだが、雅お姉様はどうにも嘘をつくのが苦手そうだし、馨お姉様だって話にのってくれる保証はない。うまく切り抜けられたとして、いつまで、シラを切り通せるだろうか。


「有栖ったら、なに、怖い顔しているの」


 あれこれと一人で悩んでいると、真理亜ちゃんが不思議そうに私を見つめて言った。


「あ、えーと……」


 まさか、鄙乃ちゃんの前で昼食会のことを話すこともできず、まごつきながら、彼女の方をちらりと見遣る。


「……何でも」


 ない、と言おうとして、真理亜ちゃんがふっと力を抜いた笑みを浮かべた。


「分かっているわ。有栖の言いたいことは全部、私が分からないわけないじゃない。安心しなさい。もう既に倫子お姉様が何とかしてくれているはずだから」


 真理亜ちゃんが自信満々に頷き、目配せした。


「何とかって?」


 声のボリュームを下げて、聞き返す。後ろで鄙乃ちゃんが猫のように小さく伸びをしている。


「何とかは何とかよ。まあ倫子お姉様の話を聞いたら、さすがのお姉様方も知らない顔はできないでしょうね」


「そうなの?」


 倫子お姉様の朝の慌てようが目に浮かぶ。倫子お姉様が他のお姉様方にもこのことをお話していてくれるのなら、何か対策を講じているのかもしれない。こう言っては失礼だが、倫子お姉様だけじゃ少し頼りない気もするけれど、他のお姉様方も一緒になって考えていてくれるのなら、少しは安心できる。


「二人して、何のお話をしているんですの?」


 すると、後ろから鄙乃ちゃんが私達の間に身を乗り出すようにして顔を出した。


「えっと、それは」


 何と言ったらいいか戸惑っていると、横からすかさず真理亜ちゃんのフォローが入る。


「倫子お姉様が、あなたも私達の昼食会にいらっしゃいって仰っていたから、その話よ」


 一切の動揺を見せずに真理亜ちゃんがさらりと答える。

 鄙乃ちゃんはくりりと大きな目を瞬かせると、ぱんと両手を打ち合わせた。


「まあ、嬉しい。鄙乃もご一緒して宜しいんですのね。……正直、お仲間に加えて頂けなかったら、どうしようかと思っていましたの」


 しゅんとしたように肩をすくめて見せた鄙乃ちゃんの姿に良心が疼いた。


「鄙乃ちゃんを誘わないなんて、そんなこと……」


 私の言葉に鄙乃ちゃんがふるふると首を振る。


「鄙乃、転入生ですもの。仲睦まじい有栖と真理亜の間に横入りして、邪魔者扱いされたらどうしようってずっと心配していたんですのよ」


「じゃ、邪魔者だなんて、思ってないよ」


「優しいんですのね、有栖は」


 鄙乃ちゃんが天使のように愛らしい笑みを浮かべた。間近でそれを目にして、思わず、ため息が出そうになる。こんなに可愛い子にお願いされたら、断れる自信がない。


「私は邪魔者だと思っているわよ」


「是非、末永く仲良くして欲しいですわ」


 私の横で懲りずに毒づいた真理亜ちゃんの言葉をあえて拾わず、鄙乃ちゃんは私に微笑みかけた。


「ほら。行くわよ、有栖。遅れるわ」


 真理亜ちゃんが立ち上がると、座る私の前に手を伸ばした。


「あ、うん」


 差し出された手を取って、立ち上がる。真理亜ちゃんに引っ張られるようにして、教室を出ようとすると、私の後ろに続いていた鄙乃ちゃんへ教卓の方から呼び声がかかった。


「あ、ちょっと、待って。鄙乃さんっ。言い忘れていたことがあるから、ちょっとこちらにいらっしゃい」


 シスター早坂が私達の方へ手招きをしている。

 鄙乃ちゃんは私達を見ると、お願いするように首を傾けた。


「だそうだから、待っていて下さる?」


「……」


「うん、分かった」


 何も言わない真理亜ちゃんに代わって答えると、鄙乃ちゃんはくるりと背を向け、教卓へと歩いて行った。


 一体、何の話をしているのだろう。気になって、鄙乃ちゃんとシスター早坂の方へと視線を飛ばす。


「……まずいわね」


 二人の姿を見ながら、真理亜ちゃんがぽつりと呟いた。


「え?」


 真理亜ちゃんを見つめると、真理亜ちゃんは眉間に皺を寄せて、困ったような表情を浮かべていた。


「何がまずいの?」


 真理亜ちゃんの視線は鄙乃ちゃんとシスター早坂の方を向いている。

私は首を傾げて尋ねた。


「有栖が転入してきたときのことを思い出して。この学校の制度について、初めに色々と説明されたでしょう」


「うん。校舎とか、寄宿舎の場所とか……あ、でも、真理亜ちゃんが案内してくれるからって寄宿舎の案内は断ったんだっけ」


「そうじゃなくて、この女学院の特殊な制度のことよ」


「あ、もしかして、パートナー制度のこと?」


「そう」


 真理亜ちゃんが顎を引く。


「つまり」


「鄙乃、パートナーには馨お姉様を指名しますわっ!鄙乃の良き道しるべになって下さる上級生の方は、馨お姉様のほかに考えられませんもの。絶対、絶対、馨お姉様ですわ」


 真理亜ちゃんの呟きを遮り、鄙乃ちゃんの声がクラス中に響いた。やっぱり、と言いたげに私と繋いでいる手とは反対の手で真理亜ちゃんが額をおさえて、ため息を吐く。


 私はというと、鄙乃ちゃんの口から馨お姉様の名前が出たことに、どきりと胸が鳴った。


「ど、どういうこと?」


「シスター早坂への口止めを忘れていたわ」


「!!」


 私は真理亜ちゃんの一言に目を見開いた。

 そのとき、この場で決して言ってはならないシスター早坂の言葉が私の耳にもはっきりと届いた。


「あら、それは困ったわねえ。馨さんなら、少し前に有栖さんとパートナーを組んでいるのよ。上級生一人につき下級生一人というルールがあるから、鄙乃さんには他のお姉様を探して貰わないと」


「なっ!?」


 その瞬間、鄙乃ちゃんの朗らかな表情が驚きに弾けた。


「嘘……ひ、鄙乃の馨お姉様が……」


「馨さんはしばらく下級生を持っていなかったんだけれど、縁あって有栖さんとパートナーを組んだのよ。惜しかったわね。鄙乃さんも、もう少し、早く転入していたら……なんてね」


 シスター早坂が茶目っ気たっぷりに言った。


「じゃ、じゃあ、有栖は……馨お姉様のパートナーなんですの?」


 鄙乃ちゃんが信じられない、というように唇を震わせた。


「ええ、そうよ。あ、そうだ。一か月の間にお姉様を決めておいてね。そうでないと、こちらで自動的に推薦されたお姉様との組み合わせになってしまうから」


「あ、有栖が……ど、どうして……鄙乃の馨お姉様が……」


「それじゃ、帰りの会でまた会いましょうね。私もお腹が空いちゃった。……鄙乃さんも、あんまり思い詰めちゃダメよ。素敵なお姉様はまだまだいらっしゃるんだから」


 ぶつぶつと何やら呟き始めた鄙乃ちゃんを心配そうに一瞥したシスター早坂は、優しく声をかけると、そのまま教室を出て行った。


(ああ、もう、どうしようっ)


「なるようにしかならないわね」


 私の心の声を読んだように真理亜ちゃんが口を開いた。

 すると、こちらに背を向けていた鄙乃ちゃんがものすごい勢いで私達の方を振り返った。


(ひい!怖い!)


 鄙乃ちゃんの視線が恐ろしく痛い。初めて見る鄙乃ちゃんの明らかに怒った様子に、背筋が寒くなった。

 鄙乃ちゃんはそのまま逃げる間もなく固まっていた私達へと一直線に歩いてくると、真理亜ちゃんの前に立ちはだかった。


「鄙乃に嘘をついたんですのね。有栖は馨お姉様のパートナーなんですって?」


「う……それは……」


 鄙乃ちゃんの責めるような視線が突き刺さる。


「馨お姉様は鄙乃だけのお姉様のはずなのに、一体どうやって、馨お姉様をたぶらかしたんですの?大方、何か毒でも盛って、馨お姉様を弱らせて弱みを握ったに違いありませんわ。人間の癖に小賢しいったらないですわね!」


 先程とは打って変わって、鄙乃ちゃんの態度が氷のように冷たい。


「ごめん。馨お姉様のこと、どうしても鄙乃ちゃんには言い辛くって、私……」


「言い訳は結構ですわ。この鄙乃を辱めるなんて許しませんわよ!」


「有栖は嘘なんかついていないわ」


 真理亜ちゃんがきゅっと私の手を握りしめると、鄙乃ちゃんに真っ向から言い返した。


「何を……」


「鄙乃が勝手に勘違いしたんじゃない。私は有栖をニエだとは言ったけれど、パートナーと言った覚えはないし、聞かれた覚えもないわ。言わなかっただけで、嘘を言ったことにはならないでしょ。聞かずにそうと信じ込んだ鄙乃にも非があるんじゃないかしら」


 済ました顔で真理亜ちゃんが言い放つ。

 鄙乃ちゃんは悔しそうに奥歯を噛み締めた。


「な……」


「それに、毒を盛る云々は、鄙乃。あなたの常套手段じゃない」


「真理亜……それ以上、言うと、あなたと言えど容赦しませんわよ。私は今、とても気が立っているんですの。有栖を飲み干してしまいたいくらいに」


 ここが教室であるというのに、鄙乃ちゃんは苛立った様子でとんでもないことを口にした。

 真理亜ちゃんが思わず、私の手を強く握りしめる。教室に残っているクラスメイトの何人かは遠巻きにこちらをはらはらした様子で見つめている。


「物騒なこと、言わないで。ここがどこだか忘れたの?」


「別にどこだろうと構いませんわ。自分の欲望を優先して何が悪いと言うんですの」


 鄙乃ちゃんは腕組みをすると、悪びれもなく言った。


 真理亜ちゃんは一つ、ため息を吐くと「だから厄介なのよ」と誰に言うでもなく呟いた。そして、私をぐいと自分の方へ引き寄せると、耳元に唇をかすめて、私だけに聞こえるように囁いた。


「……有栖。先にお姉様達のところへ行っていなさい。私達は後から行くわ」


「で、でも」


 そんなことをしたら、真理亜ちゃんが危ない目にあうかもしれない。けれども、真理亜ちゃんは私を安心させるように微笑んで見せた。


「私は大丈夫よ。有栖の方が今、ここにいてはいけないの。ほら、早く」


「うん……」


 頷くが早いか、真理亜ちゃんが私を送り出すようにして繋いでいた手を離した。私はそれを合図に一目散に、教室を飛び出した。


「ちょっと!お話はまだ終わっていませんわよ!」


 後ろで鄙乃ちゃんの怒声が聞こえるが、立ち止まってはいられない。


(真理亜ちゃん、本当に大丈夫かな……)


 後ろを振り向きたくなるのを我慢して、私はお姉様達の元へ一刻も早く辿り着き、この事態を告げるべく、廊下を駆け抜けた。


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