~赤坂雪乃×柊ももか~◇出会い編◇
赤坂雪乃は退屈していた。彼女が知る限り硬派な友人、一条雅でさえ最近ニエを作ったというし、軽薄そうに見えて実は一途な宍戸倫子もまたニエを手に入れたという報告を受けて、二年生の中でニエを持たない少数派のヴァンプとなった彼女は、いつにもまして時間をもてあましていた。
二人とも、否、一条雅に関しては主導権を完全にニエ側に握られているような気がしてならないが、一条雅も宍戸倫子も新しく手に入れたニエを構うことに夢中で、最近は放課後も活動を終えるとすぐに行方をくらませてしまう。
(二人ともつれないわ。ああ、つまらない。馨に関しては、どこで何をしているのかちっとも把握できないんだもの。一匹狼をこじらせちゃって、可愛くないんだから。……ああ、目の前を私のニエがのこのこ歩いているというのなら、簡単に掴まえてしまうのだけれど、そんなことって早々ないものよね。雅の子は……後々面倒くさそうだし、私の手には負えないわ。となると、ここはやっぱり、倫子のニエを横取りして遊ぼうかしら)
そんなことをあれこれ考えながら、寄宿舎までの道のりを一人寂しく歩いていると、ふと、前から見慣れない少女がとことこと軽快な足取りでこちらへ歩いてくるのが目に入った。まだあどけなさの残る可愛らしい容姿にツインテールを揺らして歩く姿に、赤坂雪乃の心がぴくりと動いた。
(あらまあ。……可愛い子がのこのこ歩いているじゃない)
赤坂雪乃の単なる好みな相手というだけで、この日、新入生の柊ももかは不運というべきか、幸運というべきか、彼女の人生を大きく変えられようとしていた。
「ねえ。そんなに急いでどこへ行こうというの?」
全く知らない相手であるというのに、赤坂雪乃はクインテットであるという自尊心から臆することなく、通り過ぎようとした見知らぬ少女へ声をかけた。
「えっ?わ、私ですかっ?……あ、あの、忘れ物を取りに、ちょっと教室へ……」
声をかけられた少女は酷く動揺しながら、その場に足を止めて、まず辺りを見回した。だが、当然のことながら授業が終わって数時間も経っている為に下校する生徒の姿はない。少女は緊張した面持ちで答えた。
まるでオオカミを前にしたウサギのように縮こまる相手に、赤坂雪乃はますます微笑みを濃くして言った。
「そんなことなら明日になさい。それよりも、私の部屋で美味しい紅茶でもいかが?クッキーもあるの」
相手との距離をじりじりと詰めながら、赤坂雪乃は古典的な手法で相手を誘った。
(今夜のディナーはこの子で決まりね)
誘いを断られるなどという選択肢を微塵も持たない赤坂雪乃は密かに舌なめずりをした。今まで何度もこのやり方で、まだ何も知らないうぶな少女達を快楽の渦へと落としてきたのだ。口うるさい一条雅は正体がバレないよう必要最低限に、とやかましいがそう言われてやめるつもりは毛頭ない。
(何も考えられなくなるくらいに気持ちよくしてあげればいいんだもの。手際よくやれば、大抵の子は気付きもしないし、勘のいい子にはそういう“行為”だと教えてあげればいいわ)
赤坂雪乃は、何人もの清らかな少女達が自分の前で甘い悲鳴を上げる姿を思い出し、思わず、ごくりと喉を鳴らした。
赤坂雪乃の企みを知らない少女は、小動物のようにまん丸の目を更に見開くと、困惑した様子で答えた。
「え、それ、わ、私に仰っているんですか?もしかして、誰かとお間違えになってるんじゃ…?」
「いいえ。名前も知らないあなたに言っているのよ」
赤坂雪乃がはっきりそう言うと、少女は自己紹介もまだなことに気付き、急いで頭を下げた。
「あ、私、柊ももかと言いますっ。一年生です!あの、お誘いは嬉しいんですけれど、私……私……やっぱり、今日はちょっと忙しいので、また違う日にして下さい!ごめんなさい、すみませんっ!」
柊ももかと名乗った少女は早口でそうまくし立てると、赤坂雪乃が何か言う前に風のように彼女の真横をすり抜けて、ぱたぱたと校舎の方へと駆けて行ってしまった。
「………まあ」
その場に一人残された赤坂雪乃はまさか自分から声をかけた相手に逃げられるとは思ってもおらず、唖然としながら次第に小さくなる少女の後ろ姿を見つめ続けた。
(この私がご馳走に逃げられてしまうなんて……。それにしても、私より忘れ物を取るなんて、一体どんな感性をしているのかしら、あの子)
餌に逃げられた屈辱感よりも、自分の甘い言葉になびかず、逃げるように去っていった少女への興味が赤坂雪乃の中で急激に膨れ上がっていった。
*
その日から、赤坂雪乃と柊ももかの大胆な攻防戦が始まった。
まず、最初に仕掛けたのは赤坂雪乃だった。
「ごきげんよう。こちらに柊ももかさんはいらっしゃるかしら」
「きゃああ!雪乃お姉様っ!」
突然、一年生の教室に現れた赤坂雪乃に他のクラスメイトは色めき立った。だが肝心の柊ももかは赤坂雪乃の姿を見るや否や、飛び上がらんばかりに驚くと、赤坂雪乃の周囲に群がり始めた人ごみを逆走し、いち早く姿をくらました。
「あ、あら。さっきまで、そこに座っていらしたんですけれど……」
「……そう。有難う」
赤坂雪乃はにこやかに答えて、名残惜しそうに彼女の名前を呟く一年生の輪を離れ、さっさとその場から立ち去った。
(私から逃げようだなんてお馬鹿さんね。……でも、いつまでそうしていられるか、見ものだわ)
赤坂雪乃はその後もしつこく、柊ももかの後を追い続けたが、彼女もまたしぶとく、また、見かけ通りにすばしっこかった為にあの日以来、二人で会う機会は訪れなかった。
二人の追いかけっこは、やがて学年中の誰もが知るものとなり、赤坂雪乃は今やニエを持つ一条雅や宍戸倫子よりも忙しく、充実した放課後を過ごしていた。
この追いかけっこは一体いつまで続くのかと、少女達の中には柊ももかをやっかみ、嫉妬する者も多々いたが、柊ももかは友人の助言を頑なに受け入れようとせず、赤坂雪乃から逃げ続けた。
だが、とうとう、それも終わりのときがやってきた。赤坂雪乃の良き相棒であり悪友でもある宍戸倫子の力を借りて、彼女のニエである前園葵にその日の放課後、柊ももかを赤坂雪乃の待つ教室へと誘い出させた。
てっきり、前園葵が待っていると思い込んだ柊ももかは二年生の教室に何も知らずにのこのこと現れた。
「それにしても、どうして一年生じゃなくて、二年生の教室なんだろう。……葵ちゃーん、いるの?」
柊ももかは恐る恐る薄暗い教室へと一歩足を踏み入れた。本来の彼女は人を疑うということを知らない無垢な少女であった。その為に、何度その名を呼んでも決して現れることのない前園葵に代わって、薄暗い教室の中にぼんやりと佇んでいた、赤坂雪乃の姿を見て、初めて、自分が騙されたのだと気付いたのだった。
「ゆ、雪乃お姉様っ……!?」
「ももかちゃんが二年生の教室に呼び出された理由を教えてあげるわ。それはね、ももかちゃんをこの私のもとへおびき出す為よ」
赤坂雪乃は悪役よろしく、にんまりと微笑んだ。その笑顔に、柊ももかは小さな悲鳴をあげた。
「あらあら。どうして私を怖がるのかしら。他の子達は皆、喜んで私に会いに来るというのに」
「そ、それは……ゆ、雪乃お姉様がよくご存知なのではないのですかっ」
柊ももかは明らかに怯えた様子で、赤坂雪乃に向き合った。
「私が?どうして、そんなことを思うのかしら。さっぱり分からないわ」
赤坂雪乃は実際には数ある心当たりを全て消し去り、思い当たる節もないとわざとらしく怪訝な顔を浮かべた。
柊ももかは今にも逃げ出したい気持ちをぐっと堪えて、今まで胸に秘めていた言葉を震えながら吐き出した。
「わ、私のクラスメイトの…堀北なつ子さんをご存知のはずですっ。なつ子さんは雪乃お姉様に会って、それから、それから……前のなつ子さんではなくなってしまいました。な、なつ子さんだけじゃないです。他のクラスの子も雪乃お姉様に会って、別人みたいに変わってしまって…」
「変わったってどう変わったというの?」
「な、何だかいつもぼうっとして、夢見心地でふらふらして……私のことを雪乃お姉様なんて呼び間違えたり……」
「ふうん。それで、ももかちゃんは私が学生の姿をした悪魔か何かだと思っているの?」
「……っ!」
柊ももかがポケットから取り出しかけたロザリオがしゃらりと、床に落ちた。
「私が皆を堕落させる悪魔だから、ももかちゃんは私を恐れて、逃げ回っていたというわけ。全く、手間をかけさせてくれるわね」
「ひっ……」
落としたロザリオを慌てて拾おうと身を屈めた柊ももかの目の前に、赤坂雪乃が立ちはだかった。あれほど距離が離れていたのにいつの間に、と思いかけて、その疑念が柊ももかの中で確信に変わる。
「や、やっぱり、本当に……」
「ふふ。おかげで思った以上に楽しめたわ」
赤坂雪乃の瞳が柊ももかの目の前で赤く色づいた。
「なっ、う、嘘……!」
その変化に柊ももかが戸惑いを見せる。
「嘘じゃないわ。全部、本当のことよ。神に誓って、ね」
「か、神様……っ!」
逃げられないと分かった柊ももかはその場にぺたりと座り込み、ぎゅっと固く目を閉じた。
「その神様に見せつけてあげましょうか。ももかちゃんの乱れる姿をしっかりと、ね」
赤坂雪乃は地面に落ちたロザリオを拾うと、柊ももかの手の中へ戻すようにその手を重ね合わせた。自身も、座り込んだ柊ももかの前に腰を下ろすと、まずはゆっくりと目の前にあるその柔らかな唇を奪った。
「ふっ!?」
「ん……」
突然、始められた行為に目を見開いた柊ももかの視界に飛び込んできたのは、己の唇を貪る赤坂雪乃の妖艶な姿だった。敬虔なクリスチャンである柊ももかは、自分の身に降りかかった事態に戸惑い、生まれて初めて経験する背徳感に身をよじられるような衝撃を感じた。抵抗する間もなく、柊ももかは赤坂雪乃によって、後ろへ押し倒された。
「や、……や…あ……っ」
「ふふ……」
手練れな赤坂雪乃により与えられる初めての接吻は、そうした快楽をおよそ知らずに育った柊ももかに目を見張るほどの強烈な快感を与えた。
「や……っ…あ……」
「ん、……ちゅ…っ…」
やがて、互いの唇が名残惜し気に引き離されると、二人の唇から生々しい銀の糸が垂れた。赤坂雪乃は、酸素を求めて喘ぐ柊ももかの剝き出しにされた白い首筋へと躊躇うことなく顔を埋めた。
「……はあっ、はあっ、……ふえ?」
何もわからず、与えられる快感に身を震わせていた柊ももかは、突如、首筋に走った刺すような痛みにより、現実へと引き戻された。
「きゃああっ……!」
「いい子ね。すぐ終わるわ」
感じた痛みは一瞬だけで、次に柊ももかを責め立てたのは彼女の許容を大きく超える快楽だった。全てをその日に経験したばかりの彼女にとって、その快感は意識を保つことのできる量をはるかに超えていた。
「い、いや、いや、あ、ああああっ……」
ものの数秒で達してしまった無垢な少女は、この現実から逃れようと、自ら意識を手放した。赤坂雪乃はその悲鳴を耳にすると、満足げに口元を濡らした。
「逃がさないわ。夢の世界でも気持ちよくさせてあげる」
それからたっぷりと、ご馳走をお預けになった分だけの欲求を容赦なく柊ももかの身体に浴びせかけた赤坂雪乃は、時折、痙攣しながら夢の中でも快感に震えているらしい柊ももかを満足げに見下ろし、呟いた。
「じわじわと私のものにするのも悪くはないわね。神様に従順な少女を汚すこの背徳感、癖になりそうだわ」
ぐったりと横たわる柊ももかの手に握られた血まみれのロザリオを見つめながら、赤坂雪乃はこれまでとは違ったシチュエーション下の吸血に酷く興奮している自分に気付き、ほくそ笑んだ。
まんまと赤坂雪乃の快楽の罠に落ちた柊ももかの目元から、一筋の涙がはらりと光った。
*
「ってわけで、私、雪乃お姉様のことを最初は本気で悪魔だと思い込んでいたんだよね。でもまあ、実際はヴァンプだったわけだし、当たらずも遠からずってところかな」
柊ももかは、星野有栖を前にして恥ずかしそうに笑った。
「そうだったんですか……」
星野有栖は柊ももかの話を興味深そうに相槌を打ちながら、聞いていた。これまで聞いてきたお姉様方の話では、やはりどのお姉様も、ヴァンプのお姉様達から強引に吸血されてしまい、あれよあれよという間に気が付けばニエのポジションにおさまっていたんだとか。
「で、このロザリオが今の私の宝物なの。私と雪乃お姉様の思い出の品なんだ」
柊ももかがポケットから例のロザリオを取り出すと、はにかみながら星野有栖の前にひろげて見せた。黙ったまま頬を赤くしてロザリオを熱心に見つめる星野有栖の姿を見つめながら、柊ももかはいつか、この子もまた誰かのニエになるのだろうと目を細めた。ただし、それには自分が辿ってきた道よりもはるかに険しい二つの山を越えねばならないのだと、ある意味、目の前のこの少女を不憫に思いながらも、柊ももかは自分が信じる神へと少女の行く末をそっと祈ったのだった。




