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お姉様はヴァンプ!~乙女の花園ミストレス女学院高等部より~  作者: 藤堂みちる
~第2章 ハーフヴァンプ!?な女学院生活~
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26.悪魔な転入生


 手紙について報せてくれた倫子お姉様は、何やら暗い顔をしてぶつぶつ呟き始めた真理亜ちゃんを見ると、自身もがっくりと肩を落として、挨拶もそこそこに部屋から出て行った。


 去り際に、私の肩に手を置いて、「気を強く持つのよ」と励ましてくれたが、明らかに倫子お姉様の方がその言葉を実践した方が良い気がした。


「ね。真理亜ちゃん、大丈夫?」


 倫子お姉様が帰った後、部屋の中をぶつぶつと呟きながら右往左往する真理亜ちゃんに声をかける。


「…あの悪魔が、ミストレスに…信じられないわ、なんて悪夢なの…」


「真理亜ちゃん?」


「おぞましいことこの上ないわ…鄙乃が…あの子がここへ来るなんて…」


「おーい。真理亜ちゃんってば」


 何度目かの呼びかけで、真理亜ちゃんはようやく焦点の合った目で私を振り返った。


「ああ、有栖…」


「ねえ。そんなに怖い人達なの?玖珂姉妹って」


 いまいち、倫子お姉様の説明では想像し難い玖珂姉妹のイメージに首を傾げながら、真理亜ちゃんに尋ねる。


 あの馨お姉様の親戚なのだから、それはもうとんでもなく美形な容姿は想像できるけど、真理亜ちゃんはともかく、倫子お姉様までが怯えるほどの性格というのはどうも想像し難い。


「ええ、それはもう。有栖もじきに分かるわ。…特に、妹の鄙乃は私達と同じ学年だもの。一緒のクラスになるなんてことはないでしょうけれど、用心するに越したことはないわね」


 真理亜ちゃんは眉間に皺を寄せて、腕を組んだ。


「同じ学年ってことは、鄙乃さん…は一年生?」


「そうよ。あの子と同じ年に生まれたことをこれほど後悔したことはないわ」


 真理亜ちゃんの端正な顔立ちが途端に歪む。あの真理亜ちゃんがそこまで言うなんて、聞けば聞くほど、どんな子なのか想像できない。


「…お、お姉さんは何年生なの?」


「三年生よ。だから、馨お姉様や倫子お姉様と同じ」


「なるほど。…その、真理亜ちゃん達はどこで会ったことがあるの?馨お姉様の親戚なんでしょう」


 そういえば、とふと浮かんだ疑問を口にする。真理亜ちゃんも倫子姉様も、どうして馨お姉様の親戚の人とそんなに親しいのだろう。


 そんな私の疑問に真理亜ちゃんは優しく答えてくれる。


「ああ。私達、ヴァンプの一族は年に数回集まりがあるのよ。集まりといっても、まとめ役の上のお姉様達が顔を揃えて難しいことを話し合ったり、新しい仲間をお披露目したりするくらいで、下っ端の私達は特にすることもないから、食べたり飲んだりして、久しぶりの再会を楽しむものなんだけれど。人間もやるでしょう。私達の場合は、まあ、それよりも少し大きい親戚付き合いってところかしら。…だから、この学院に入る前から、倫子お姉様や馨お姉様、雅お姉様や雪乃お姉様、あと、シスター早坂とは小さい頃から知っているの。顔馴染みってやつね」


「なるほど…」


 私は納得して、頷いた。道理で、親しいわけだ。


「それで、当然、馨お姉様の従妹である玖珂姉妹とも一緒だったというわけ。妹の玖珂鄙乃はね……悪魔よ」


「あ、悪魔ぁ?」


 真理亜ちゃんは内緒話でもするかのようにぐっと顔を近付けると、声を潜めて言った。


「ええ。己の可愛さを武器にして、何でも手に入れるような強欲な娘。私も何度、自分の物を横取りされたか分からないわ。皆、あの微笑みにころっと騙されちゃうんだから」


「ころっと…」


「そうよ。周りが甘やかすものだから、彼女の我儘も留まるところを知らないのよね。有栖も気をつけなさい。見た目に騙されてはダメよ」


 真理亜ちゃんは右手の人差し指を一本立てると、顔をしかめて、怖い顔をした。


「う、うん。お姉さんの方も、そんな感じなの…?」


「静花お姉様は………」


 そう言って口を開いたまま、真理亜ちゃんが何かを考えるように静止した。視線はどこか宙を見つめている。


「静花お姉様は?」


 真理亜ちゃんの言葉をまんま復唱して、その続きを促す。


「…よく言えば、馨お姉様に似ているわね」


 ぽつりと呟くように真理亜ちゃんが言った。


「ええっ。馨お姉様に?」


 馨お姉様に似ているなんて、親戚なのだから当然といえば当然かもしれないけれど、馨お姉様と同じような人がこの世に二人もいたら、多分、私の心臓が持たない。


「まあ…そうね。あの方も、馨お姉様と同じで、ある意味、女子を泣かせる人なのよ。そういう意味で言うと、静花お姉様は正統派かしら。馨お姉様は有栖には別として、もともとあまり人に関心がないのよ。まあ、来るもの拒まずなところはあるけれど、決して自分から追いかけたりしない人だわ。最初から冷めているのね。それに、飽き性だから、一度遊んだ子にはもう見向きもしないし、優しくするどころか、冷たくあしらうの。かわいそうに、泣いている女の子達を何人も見かけたわ。ああ、これは昔話だから、有栖が気にすることはないわよ」


「く、来るもの拒まずで冷たくあしらう……馨お姉様が…」


 何となく、その気だるげな態度から想像はしていたけれど、それほどとは。過去にそんな目にあった女の子達の姿を思い描いて、かわいそうに、と呟かずにはいられなかった。もしも、自分が他の女の子達と同様に馨お姉様から冷たくあしらわれていたらと思うと、胸がきゅっと切なく痛む。


「だから、最初の頃は私もクインテットのお姉様方も、まさか馨お姉様の方から積極的に有栖を追い掛け回しているなんて、信じられなかったのよ」


「そうだったんだ…」


 真理亜ちゃんが、まるで随分昔のことを懐かしむかのような微笑みを浮かべながら「ええ」と相槌を打った。


「で。話を戻すけれど、静花お姉様もまた、馨お姉様に負けず劣らず、たくさんの女の子から言い寄られるような魅力を持った方なの。馨お姉様と違って、ご自分から気に入った女の子はどんどん囲いにいくし、その子と親しくしている子がいれば平気で仲を裂くようなことはするし、甘い言葉だって欠かさないわ。つまり、お気に入りの子達への愛情は絶やさない代わりに、一人だけを愛するのではなく、全員を一度に愛そうとする人なの。…そのせいで、トラブルが絶えないのだけれど」


「ぜ、全員って…それはまた、すごいね」


 真理亜ちゃんの話を聞く限り、馨お姉様とはまるで正反対のような人に思える。


「小学生の頃はそれで苦労したわ。ようやく、離れられたと思ったら、また同じ学院に通うことになるなんて、生き地獄よ」


「しょ、小学生でそれ!?っていうか、真理亜ちゃん達も小学校に通ってたんだ…!」


 驚きの新事実に目を丸くしていると、真理亜ちゃんがふっと笑顔を見せた。


「ふふ。早いうちから、人間と共存していく為に、私達も人間の子と同じように学校へ通わされるの。まあ、問題が起きてもいいように、ここの系列の学校なのだけれど」


「も、問題…それって、つまり、そういうことだよね。というか、系列の学校って?」


「あら、知らなかった?ヴァンプのお姉様やそのニエが管理しているのよ、ミストレス女学院は。だからこうして、私達も心置きなく人間と交じって学校生活を送れるんだから」


「えええ、ミストレス女学院って、そうなの?私、今、初めて聞いたよ…!」


 真理亜ちゃんと話していると、知らない事実がわんさか出てきそうだ。


「ああ、有栖は人間だったんだものね。知らなくて当然だわ」


 そんな風に満面の笑みを浮かべながら、過去形で言われても、曖昧に頷くことしかできない。


「だから、あの二人にはくれぐれも用心なさい。静花お姉様は馨お姉様と張り合っているみたいだけれど、それも裏を返せば馨お姉様のことが気になってしょうがないのだし、鄙乃は鄙乃で昔から馨お姉様にまとわりつくのが趣味なようなものなんだから。…玖珂姉妹に目をつけられたら、この先の学院生活台無しになること間違いなしよ!」


 自信満々の表情で断言した真理亜ちゃんは、うんうんと頷きながら、私が何か言う前にくるりと背を向け、再び部屋の中を徘徊し始めた。


「…まずは鄙乃を追い出す作戦を考えなくちゃならないわね」


 ぶつぶつと呟き始めた真理亜ちゃんの尋常でない様子に、私は急にぞっとするような嫌な予感を感じ始めていた。





 翌日はあっけなくやってきた。真理亜ちゃんは目の下にクマを作った顔で、笑顔をひきつらせながら朝の挨拶をしてくれた。登校のときも、私の手を片時も離さずに、辺りを警戒しながら歩いていた。


 その様子を見て、真理亜ちゃんを心配すると同時に、他のクインテットのお姉様達は大丈夫なのかと思わずにはいられなかった。特に、馨お姉様には玖珂姉妹の話を聞いてからまだ一度も会っていない。


 朝食を食べに寮の食堂に行ったときも当然ながら、クインテットのお姉様達は誰もいなかった。もともと、混乱を避ける為という名目で、お姉様達はあまり食堂を利用しないのだそう。だから、朝も夜も大抵、寮の自室でルームサービスのように食事を取ることが多いのだと、寮の食堂で滅多に会わないことを不思議に思った私が馨お姉様から聞いて、その優雅さに改めて腰を抜かしそうになったわけだが、こういう状況で会えないというのは、やっぱり、じれったい。


(馨お姉様達、大丈夫かなあ…)


 色んな心配事に気を飛ばしていたら、いつの間にか、教室に着いていた。寮を出てから繋ぎっ放しだった真理亜ちゃんの手がすっと離れる。長い間握られていた手からは、真理亜ちゃんの温もりが消えない。


 席に着いて、辺りを見回してみても、別段、いつもと変わった様子はなかった。遠巻きに真理亜ちゃんのことを熱っぽく見つめる子達やクインテットの話題に花を咲かせる同級生の姿から、どうやら、転入生が来るというのは、手紙を読んだ私や真理亜ちゃんと、クインテットのお姉様だけが知っている話らしい。


 そうこうしていると、シスター早坂がいつものようにクラスに現れた。


「皆さん、ごきげんよう」


「ごきげんよう、シスター早坂」


 全員で声を揃えて挨拶を返すと、シスター早坂が咳払いをした。


「こほん。今日は、皆さんにお知らせがあります。今日から皆さんと同じく、この教室で一緒に学ぶ転入生を紹介します」


 転入生、という言葉を聞いて、クラスがざわつく。隣の席の真理亜ちゃんをちらりと見ると、横顔が強張っているのが分かった。私も緊張で胸がどきどきと高鳴っている。


「さあ、入って」


 シスター早坂の合図で、扉が開かれる。途端に、クラスの皆が息を呑む音が響いた。そして、ほうっとため息を吐くような音がクラス中から漏れる。話を聞いていた私でさえ、生で見るその迫力に見惚れずにはいられなかった。


玖珂鄙乃くがひなのさんよ」


 シスター早坂が入ってきた玖珂さんを見て、にこりと笑う。


「自己紹介をしてね」


 親しげに交わされる視線のやりとりで、二人が既に親密な関係だと分かる。それもそのはず。シスター早坂も馨お姉様や真理亜ちゃんと同じヴァンプなのだから、玖珂さんとも面識があるのだろう。


「初めまして、皆さん。玖珂鄙乃と申しますわ。鄙乃ひなの、皆さんと早く仲良しになりたいと思っていますの。昔からのお友達のように親しくして下さると、鄙乃はとっても嬉しいですわ」


 柔らかなウェーブがかったツインテールを弾ませ、ぱっちりと大きな目と長い睫毛にぽてりとした唇、透き通るような肌の白さといった可愛らしい容姿にイメージ通りのやや舌足らずなこれまた可愛らしい声で自己紹介をした玖珂さんは子猫のように愛らしい笑みを浮かべた。


 真理亜ちゃんや倫子お姉様から話を聞いていなかったら、とっくに私もころっとこの笑顔の奴隷になっていたんじゃないかと思うくらいに、初めて見る玖珂鄙乃さんは話に違わず、見る者を虜にする魔性の同級生に見えた。


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