9.影のお姉様達
「ここよ」
真理亜ちゃんに連れられて来られた先は、私が考えていた学食とは似て非なるものだった。
「ここが、食堂…?」
「そうよ。この人数だと、少し狭いかしら」
「ううん!そんなことないよ!むしろ、広いくらい…」
全学年の生徒が入っても余裕で席があまりそうなほど広く、とても学食とは思えない華やかさに溢れている。品の良さを感じさせる細かい装飾はひょっとすると、ホテルのラウンジかと思わせるほど、豪華で立派なものだ。
(さすが、お金持ちの学校…)
「あそこの奥の個室がそうよ」
「こ、個室?」
「ええ。私達は特別に個室を与えられているの。人数も多いし、あそこなら何を話しているか聞かれずに心を落ち着けて話すことができるから」
「…なるほど」
真理亜ちゃんの示した先の一角にはスモークガラスで中が見えない仕様の個室があった。
「有栖は何が食べたい?」
「えっと、そうだなあ…。パスタ、とか食べたいかも」
「パスタね。クリーム系?それともトマトとか、オイル?」
「クリームソースのパスタ!」
「分かったわ。じゃあ、有栖は先に部屋に入っていて。あの個室は認証された学生証で開くようになっているから、試しに使ってみるといいわ」
「ええー?私一人で?」
「大丈夫よ。あなたが一人で部屋に入れば、周りの生徒は有栖が正式にクインテットに入ったと思うわ。そうすれば、私の側に有栖がいてもおかしくないし、逆もまた然り」
「で、でも」
「今ならまだクインテットのお姉様方はいないんじゃないかしら。誰かいるとしても、お世話係の上級生だけよ」
「お、お金!ほら、私の学生証が必要なんじゃなかったっけ」
「有栖の分くらい、構わないわ」
「私が構うよ!」
「それなら、言っておくからまた後で清算すればいいわ」
「でも…」
「じゃあ、また後でね。有栖」
真理亜ちゃんはにっこりと微笑んで、私の肩に触れた後、踵を返して料理を頼みに行ってしまった。
(うう、一人でなんて…もう既に視線が痛いのに)
食堂に入った時から、びしびしと感じる視線で身がすくむ。といって、いつまでもこの場に突っ立っているわけにもいかないので、私は恐る恐る真理亜ちゃんが指し示していた部屋の前まで歩み寄った。壁にそれらしきカードリーダーが設置されている。
(な、何か、ざわついているような…)
ポケットからこわごわと学生証を取り出すと、半信半疑でそこへ通してみる。
(本当に開くのかな。これで開かなかったら相当恥ずかしいけど…)
『ピッ』
私の心配に反して、システムの音と共に扉の鍵がカチャリと外れる音がした。
(あ、開いた…!本当に、開いた…)
ドアノブに手を掛けると、周囲のざわつきがぴたりと止んでいることに気が付いた。だが後ろを振り向いて、確かめる勇気は私にはない。
(…よ、よし…)
ドアノブを握る手に力をこめると、あっけなく扉が開いた。中へ入ると、後ろ手に扉が閉まり、カチャリと鍵のかかる音がした。
室内は、予想通り外と同じく豪奢な造りで、とても一つの委員会の為にあるとは思えないほどの広さと贅沢さを兼ね備えた部屋だった。
その室内に、三人の先客がいた。クインテットであって、クインテットではない彼女達は確か、雅お姉様からお手伝いさんと呼ばれていたその人達であった。
(わ、どうしよう…)
「ごきげんよう」
私が挨拶を口にする前に、まず向こうが先に口を開いた。
「っごきげんよう!」
私も慌てて会釈を添えて、挨拶を返す。直接こうして言葉を交わすのは初めてで緊張でうまく言葉が出てこない。クインテットの先輩達と比べてしまうと確かにその顔立ちの美しさには差があるかもしれないが、それでも目の前に並んだ彼女達もまた、世間一般で言うところの美人の部類に入る顔の女性達だ。
「ごきげんよう。有栖さん。クインテット、入会おめでとう」
狼狽える私に、三人は優しく微笑んで、歓迎の言葉を口にした。
(本当に入会したことになってるんだ…)
「あ、有難うございます…」
「お話しするのは初めてですよね。私は雅お姉様の…パートナーという名のお手伝いさんで、二年生の江藤芙美と言います」
雅お姉様とは対照的な黒色のさらさらな長い髪をした、和風な雰囲気の落ち着きある女性が名乗った。口元のえくぼが印象的だ。
「私は、雪乃お姉様のパートナーの柊ももかです。二年生です!」
私よりも背が低い可愛らしい女性がふわふわの茶髪を揺らして胸を張った。くりりとした黒く丸い瞳が小動物のようだ。
「私は倫子お姉様の奴隷もといパートナーで二年の前園葵です…」
どこか覇気のない顔でさらりと毒を吐いた肩につくくらいの黒髪の女性がぺこりと頭を下げた。
(い、今、奴隷って?)
何かの聞き間違いかと思ったら、ももかお姉様が高い声で「葵ちゃんたら、ひどーい」と声を上げ、続いて「倫子お姉様が悲しむわよ」と芙美お姉様が優しくたしなめた。
(…聞き間違いじゃなかった…)
私が黙っていると上級生の方々は逆に期待するような目で私を見つめ返した。慌てて、頭を下げて自己紹介をする。
「い、一年生の星野有栖です。どうぞよろしくお願いします…!」
緊張で少し声が上ずってしまった。そろそろと顔を上げていくと、柔らかな笑みを浮かべた芙美お姉様と目が合った。
「有栖さん、て呼んでも良いですか?」
芙美お姉様はそう言うと小さく首を傾げた。
「じゃあ私は、有栖ちゃんって呼んでも…いいかな?」
「私は有栖で…」
頷くより前に、ももかお姉様と葵お姉様が口を開き、私は二人の呼び名に「勿論です」とこくこく頷いた。
「大変でしたね。あ、今も…ですけれど、色々と、その、馨お姉様と真理亜さんのお二人から求愛…じゃなくて、パートナーを希望されるなんて」
「きゅ?」
「いえ、私ったら、ごめんなさい。あの、困ったことがあれば何でも言って下さいね。力になりますから」
芙美お姉様は私に歩み寄ると、ぎゅっと私の手を両手で包んだ。温かな手の感触がじんわりと心に響く。
「うんうん。私達、多分、有栖ちゃんと同じ立場だから、分かりあえるよ」
ももかお姉様が頷いた。
「無理しないで…」
葵お姉様も自己紹介の時とは微妙に表情が変化している。
「…あ、有難うございます。私、その、クインテットとかパートナーとか、この学院のことすらまだ全然分かっていなくて、正直色々と頭が追いついてないんですけど…風紀委員の一員として、色々と教えて頂ければ嬉しいです。これから宜しくお願いします」
私がもう一度深く頭を下げた時、カチャリと後ろで扉が開いた。
「「「ごきげんよう」」」
私が振り返るより早く、二年のお姉様方が揃って挨拶を口にし、お辞儀をした。
「ごきげんよう」
それに応えるように聞こえた透明感溢れる上品な響きの声は、確かに聞き覚えのある、私が今、一番会いたくないと願うその人の声に違いなかった。
「…馨お姉様」
出遅れた私はようやく振り返り、挨拶を返した声の主と視線を交わした。
「…ご、ごきげんよう」
私が会釈をすると、馨お姉様は冷静そのものといった表情で昨日のような熱烈な態度を私に向けるわけでもなく、淡々とした口調で言った。
「ごきげんよう」
馨お姉様はそのまま私の横をすっと通り過ぎて、あっけなく席についた。




